馬子にも衣装
「完了致しました。パーティの十日ほど前に完成致しますので、そのときにニーナ様にはこちらで試着をして頂きます」
「わかりました。なにからなにまでありがとうございます」
ぺこりとお辞儀をしてお礼を言うと、カミルさんは「お付き合い頂き、感謝します」と逆にお礼を返されてしまった。本当にエリシアちゃんが好きなんだって伝わってくる。
「ニーナ、こちらへいらしてくださいまし」
「うん」
差し伸べられた手に誘われるまま、傍に寄っていく。
気分はご主人大好きなわんこだ。
「ドレスの大まかなデザインイメージは、実は既に伝えてありますの」
「そうだったんだ……いつの間に」
素直に感心していると、エリシアちゃんが私の手をきゅっと握った。作られたばかりのお人形みたいに綺麗な手が、私の手をやわらかく包んでいる。
「以前、ニーナの当たり前の世界を教えて頂きましたでしょう?」
「うん……あんまり楽しい話じゃなかったと思うけど……」
平民の中でもわりと人生アウェイなほうだと思ってるから、綺麗なものに囲まれてきたエリシアちゃんにはショックだったみたいで、泣かしてしまったときの話だ。
「あのあと、庶民の暮らしについて少しだけ学びましたの。わたくしは将来、王家に嫁ぐことが決まっておりますけれど、それなら尚更、民の暮らしぶりについて知らなければと思ったのですわ」
「そっか。そういう人がいてくれると、庶民側も暮らしやすいだろうし、いいと思うな。……それで、どうだった?」
「……あまりにも違いすぎる世界で、驚いてしまいましたわ」
無知だったことが恥ずかしそうに、はにかみながら言った。
それはそうだと思う。私だって貴族の暮らしなんて知らずに育ったし。この学園に来て色々知る度に驚いてるもん。
エリシアちゃんはその庶民の暮らしを知る中で、庶民の娘はドレスを一着も持ってないこととか、パーティという文化がないこととか、一般的な庶民の家がどれくらいかとか、そういうのを知ったらしい。で、私も同じなのではと思ったという。
「せっかくのパーティですもの。ニーナにはドレスも靴も良いものを用意させますから、楽しみにしていらしてくださいまし」
「き、緊張するなぁ……」
――――……なんて話していたのが、遠い昔のことのよう。
パーティ前の、最後の休日。
ドレスが出来たとの報せを受けて、私はエリシアちゃんの部屋に来ていた。この階には部屋の主たる選ばれし貴族がいないとエレベーターが上がっていかないので、お邪魔するときは毎回エリシアちゃんが迎えに来てくれるんだけど、それもまた慣れない。
部屋に入ると、ドレスを着たトルソーが二つ、私を待ち構えていた。
「す……っごい……!」
急に言葉を忘れたみたいに、なにも言えなくなってしまった。絵本とかプリンセス系のアニメとかそういうのでしか見たことがないものが、目の前に存在している。しかも形は殆ど同じで、色違いのお揃いみたいなドレスだ。
「これは……ええと、両方エリシアちゃんのじゃないの……?」
「片方はニーナのですわ」
にこやかに言いながら、私をドレスの傍へと導いていく。
淡いピンク色のドレスとミントグリーンのドレスが並んでいて、凄く綺麗。なんかもうそれしか言えない。可愛い。空間全部が可愛い成分で埋め尽くされている。
「こちらがニーナのドレスですわ。せっかくですから、合わせてみましょう」
「う、うん……」
頷きはしたものの、こんな立派なドレスなんて着たことどころか見たこともないから、どう着替えればいいのかわからない。
カミルさんに手を引かれて鏡の前に立つエリシアちゃんを見送りながらどうしようかと思っていると、もう一人のカミルさんが私の傍に立って「こちらへ」と部屋の奥を示して誘導した。
「お召し替えを致します」
「あ……ありがとうございます」
さすがはお姫様部屋。鏡が一つとは限らなかった。
ちょっと私が慣れなくて恥ずかしかったから、制服を脱ぐのは自分でやらせてもらったあとで、カミルさんがトルソーからドレスを丁寧に剥ぎ取った。
布がたっぷり使われているのにふわっふわで、全然重たく見えない。ウェストがかなり細くて入るか心配だったけど、二次元補正が入ったこの体には問題なく着ることが出来て安心しつつ切なくなった。たぶん、元の体だったら苦しかったと思うから。
カミルさんの着付けは丁寧で、自分までお嬢様になったんじゃないかなって図々しくも勘違いしそうなくらいだった。
「如何でございましょう。苦しいところや違和感などございませんか?」
「全っ然ないです……すごい……ありがとうございます」
「お似合いですよ」
カミルさんは鏡越しに微笑みながら、穏やかにそう言ってくれた。
でも鏡に映っているのは、なんていうか、ドレスに着られている庶民だ。中身のせいで変に立ち姿が勇ましくなってしまうのが哀しい。どうすればいいんだろう。
「そうだ、エリシアちゃんは……」
エリシアちゃんが着替えに行ったほうを振り向いたとき、私の目に映ったのは、紛れもなく本物のお姫様だった。




