夢の中でも一緒に
なにが起きたのか把握する前に、涙声が上から振ってくる。
「わ……わたくし……今更、自分がどれほど恵まれていたか、思い知りましたわ……」
啜り泣きながら、エリシアちゃんが私を撫でる。泣いてるのは私じゃないのに。
「わたくしは、この気持ちを表わす言葉を、持ち合わせておりません……ニーナを思うと胸が張り裂けそうに痛むのに、あなたと離れることも考えられないんですの……」
「エリシアちゃん……?」
名前を呼ぶと、ぎゅっと抱きしめる腕に力がこもる。逃がすまいとするかのような力はエリシアちゃんらしくない気がして、動揺してしまう。
「ごめんなさい……ごめんなさい、ニーナ……わたくしといるせいで、あなたを傷つけてしまうとわかっているのに……」
違う。そんなのは違う。エリシアちゃんのせいじゃない。
確かに、公爵令嬢と平民が仲良くしてることに嫉妬する人はいるかも知れない。でも、だとしてもそれは、エリシアちゃんのせいなんかじゃないのに。
「エリシアちゃん……お願いだから、そんなふうに思わないで。私も貴族や王族ばかりの世界に飛び込んだ時点で、歓迎されないのは覚悟の上だったんだから」
「でも、ニーナ……」
「それにね、エリシアちゃん。歓迎されないはずのこの学園で、エリシアちゃんっていうお友達が出来て、私、凄くうれしいんだよ」
顔を上げてエリシアちゃんを見ると、涙に濡れた顔がすぐ近くにあった。
「ずっと独りぼっちだったのがそうじゃなくなったのは、エリシアちゃんのお陰なの」
そっと赤くなったほっぺたを撫でたら、また涙が転がり落ちて私の手を濡らした。
泣きはらした目を冷やしてから、私たちは揃ってベッドに入った。
自分の部屋のベッドもすごいと思ったけど、エリシアちゃんのお部屋のベッドは格別に凄かった。ふかふかっていうかふわふわで、雲の上で寝ているみたいな感覚。やわらかくどこまでも体が沈む気がするのに、実際はそんなことなくて、全然疲れない。すごい。
「ニーナ、手を繋いでいてくださいまし……」
「うん」
向かい合って手を繋いで、指を絡める。
涙の痕が痛々しい頬を撫でたら、少しだけ微笑んでくれた。
「エリシアちゃんは、そうやって笑ってたほうが可愛いよ。泣きたいのを我慢してほしいわけじゃないけど、でも、やっぱり笑顔のほうが好きだな」
「っ……ニーナは……どこまでわたくしを夢中にさせるおつもりですの……?」
思ったことを言っただけなのに、なんか口説いたみたいな反応をされちゃった。赤みが差した頬と、切なげに寄せられた眉と、濡れて揺れる視線が、私をとらえようとする。
「夢中なのは私のほうだし、エリシアちゃんが思うよりずっと大好きだよ」
「もう……これ以上は、わたくしの心が保ちそうにありませんわ……」
そう言って、エリシアちゃんは枕に顔を埋めてしまった。
「そんなことしても可愛いだけだよ?」
「……っ!」
耳まで赤くなったのを見てもう一度同じことを言おうかとも思ったんだけど、そろそろ本当に爆発しちゃいそうだったから、繋いだ手を撫でて呼びかけた。
「エリシアちゃん、もう言わないから隠れないで」
「ほんとうですの……?」
「うん。今日はもう言わない」
明日以降の保証はしないけど。
っていう私の内心が漏れていたのか、エリシアちゃんはちょっと怒ったような顔をして見せたけど、諦めて私と向かい合う格好に戻ってくれた。
「おやすみ、エリシアちゃん」
「お休みなさいまし、ニーナ」
祈りを捧げるときのように、互いの手を包んで眠る。
目を閉じてもエリシアちゃんは綺麗で、天使像とか教会に飾られてる女神の絵みたいに現実味がなくて、つい見入ってしまいそうになる。けど、眠らないと。
エリシアちゃんは見た目だけじゃなく心も綺麗で、身分だけじゃなく魂も高貴で、私はやっぱりエリシアちゃんが悪役令嬢なのはなにかの間違いだと思った。
(他はともかく、あのルートイベントだけは絶対に阻止しなきゃ……立場が逆になるなら上等、そうじゃないなら徹底的に避けてやる)
公爵令嬢であるエリシアちゃんは、親同士が決めて俺様王子様と婚約者の状態にある。あの王子とエリシアちゃんが結婚してしあわせになれるとは思えないけど、そこは余計なお世話だろうから、まあ、いいとして。
ヒロインが王子様と婚約するルートに入ったとき、エリシアちゃんがパーティの場で、皆の前で、晒し者のように婚約破棄を言い渡されるイベントがある。ゲーム中でもあまり王子の印象が良くなかった私は、あのイベントが苦手だった。
俺様キャラで、自分のすることに周りは誰も反対しないって自信に満ちあふれていて、実際彼の取り巻きは、王子がやることなすこと全肯定botみたいに持ち上げていた。
きっとそのうち遭遇することになる。最初は私の好感度が低いから、私が晒し者に遭うイベントが起きるはず。それはいい。問題はそのあとだ。
彼の好感度が最も高い状態で卒業パーティを迎えると、あのイベントが起きてしまう。優雅に一礼し、涙も流さずパーティ会場を去って行くエリシアちゃんに「泣きもしない、可愛げのない女だ」とヒロインの肩を抱いて王子が吐き捨てる、あのイベントが。
いまならわかる。あれは、公爵令嬢としての最後の矜持を示したんだ。きっと、部屋に帰ったら独りで泣いていたかも知れないと思うと胸が痛む。
私は、彼の単独ルートを全力で避けなきゃいけない。
ゲームのように好感度操作が単純に出来るとは思わないけど、それでもやらなきゃ。
エリシアちゃんを、失脚確定ルートに乗った悪役令嬢にしてしまわないためにも。




