noob!
エリシアちゃんと夢のようなお茶会をしてから数日。
私は、平穏無事……とはいかないけど、比較的平和に日常を過ごしていた。もう陰口はゲームのBGMくらいに思ってないとやってらんないって学んだから、いちいち気にして不機嫌になるのも馬鹿らしくなって無視することにしている。
そして今日は、待ちに待った乗馬の授業の日。
貴族子息は令嬢以上に馬術を身につけていて、一年生でも自力で馬に乗れて当たり前。並足駆け足も特別手ほどきを必要としない人が殆どで、私はこの時点で既にだいぶ遅れていることになる。
自分の馬を持ってない一部の貴族の人たちに紛れて、私は厩舎の端に向かった。
「イベルニカ、久しぶり」
手を伸ばして頬を撫でると、イベルニカはうれしそうにすり寄ってきた。他の血統種を選んでいる貴族たちから聞こえよがしな笑い声が届けられたけど、厩舎専用BGMだって思えばどうってことない。
そんなことより、私はイベルニカと一緒に走れるのがうれしい。しかも、今度は合法。怒られる心配がないのだ。
「ニーナ」
厩舎を出ると、乗馬専用の衣服を纏ったエリシアちゃんが、白馬に跨がって寄ってきてくれた。
「エリシアちゃん、その子がアリステラ?」
「ええ。イベルニカ、あの日以来ですわね」
エリシアちゃんはわざわざ馬から降りて私の隣に立ち、イベルニカに挨拶をした。横に並んだ二頭の馬も、互いに顔を寄せてなにか確かめるような仕草をしている。
「ニーナ、馬の乗り方はご存知ですの?」
「うぅん……ちょっと、自信ないかな……」
「では、わたくしがお見せ致しますわ」
そう言うと、エリシアちゃんはわかりやすいようにわざとゆっくり脚をかけて、慣れた所作で乗って見せた。何となく、自転車の乗り方に近いようなそうでもないような。
見様見真似でやってみると、イベルニカが鼻を鳴らして振り向いた。
「……及第点、もらえたのかな」
「ふふ。初めてなのに、お上手でしたわ」
馬術教師の号令で、生徒たちは一箇所に集められる。といっても馬に乗った状態だから密集するわけにはいかなくて、ある程度距離があるんだけど。
「今日は、二人一組で足並み揃えて走らせる練習をして頂きます。競べ馬の種目にもある併走は、いかにパートナーと息を合わせられるかが重要となっています。社交ダンスにも通じる所作になるので、皆さんしっかり身につけてください」
馬術場は、先生の話を聞いたり順番を待機したりするスペースと、実際に走るコースに分かれている。競馬場みたいなトラックがあって、その中央が待機場所なんだけど、柵はスタート地点の傍と厩舎に通じるところが開くようになっている。
私とエリシアちゃんは最後に合流したから、厩舎近くで話を聞いていた。
「ニーナ、わたくしと一緒に走ってくださる?」
「うん、もちろん」
秒で承諾すると、エリシアちゃんは花が咲いたような笑顔になった。可愛い。
併走は口で言うより難しいらしく、息が合わなかったり馬が興奮して駆け出しちゃった挙げ句に落馬して、馬を先生に止められてたりと、大変そうだった。
「このッ! 役立たず! 使えない馬は父様に言って処分してもらうからな! 馬なんかいくらでも買い直せるんだ!」
さっき駆け出しちゃった馬に乗っていた男子が、馬に当たり散らしている。貴族子息もピンキリなのか、それとも彼が特別庶民臭いのか、元の世界で見た癇癪ボーイそのもので何だか懐かしくなってしまう。
オンラインゲームをやってると、あんなのいくらでもいたから。
そんなことを思いながら見ていたせいか、視線に気付いてその男子が私を睨み付けた。
「なんだ? 平民風情が、この僕のすることに文句があるのか?」
「文句っていうか、走り出したのはあなたが脇腹を思いっきり蹴ったせいなのに、なんで馬のせいにしてるのかなって思っただけ」
「なんだと!? 僕に口答えをするのか!?」
思ったことっていうか事実をそのまま言ったら、顔を真っ赤にして怒られてしまった。ザコはやめろって言われたら回線を物理的に切っていそうなくらい煽り耐性がない彼は、真っ赤な顔のまま私を指差して吼えた。
「だったら、お前が手本を見せてみろ! その薄汚い雑種と平民に出来るものならな!」
「見せたら処分しないって約束するならいいけど、ただ吼えるだけならお断り」
「ッ……ああ、いいとも! 馬も騎手も雑種では無理だろうがな!!」
憤慨しながら去って行く男子の背中を見送ってから、隣のエリシアちゃんを見た。彼の剣幕に驚いているか、私が彼の喧嘩を買ったことに呆れているかと思ったけど、真っ直ぐ私を見つめ返して頷いてくれた。
そして、私たちの番が来た。
「では、並足で横並びのままコースを一周してください」
「はい」
整列し、合図と共に歩き出す。
一緒に走ったときも思ったけど、イベルニカは本当に賢い馬だ。アリステラは人を背に乗せて歩くのに慣れてて、足運びが凄く綺麗。イベルニカは、そんなアリステラの優雅な歩調に合わせてなるべく揺れないように歩いてくれている。
私が自力で歩くよりも滑らかな足運びは、乗馬のイメージにあった上下に揺れる動きを全く感じさせなかった。
問題なくぐるっと回って、最後の直線に差し掛かったとき、視界の端でなにかが小さく光った気がした。その直後、
「きゃ……!」
イベルニカがなにかに怯えたように後ろ足だけで立ち上がり、駆け出してしまった。




