アフタヌーンティー
人って、処理できないことが起きると本当に固まって動けなくなるんだ。
ホラー映画とかで、化物を前にしながらフリーズしてる人を見て、ぼーっとしてないで早く逃げればいいのにって思ってたけど、訂正したい。だって、埒外の化物でもなくて、目の前で人が爆発したとかでもなくて、ただエリシアちゃんが思ってもみなかったことを呟いただけなのに、私は声も出せない。
あの言葉は、どういう意味だろう。
エリシアちゃんには、エリシアちゃんの家族が用意した人生があると思ってた。それに不満があるようなことは言ってなかった。と、思う。少し寂しくはあったみたいだけど。
「え、エリシアちゃん……」
「いけない、わたくしったら!」
私があの言葉の意味を訊ねようとしたとき、エリシアちゃんは慌てたように、明らかにわざとだとわかるような明るい声を上げて体を離した。笑顔が作り物めいて見えるのに、私はそれを指摘する勇気すら持てない。
「ニーナをお茶に誘っておきながら、なにもおもてなししていませんでしたわ」
「えっ、そんな、お構いなく」
「そういうわけにはいきませんわ」
ほっぺたを膨らませて、ちょっとだけ眉を吊り上げて見せるけど、その顔も可愛いから迫力がない。
「お客様をお招きしてなにもせずにお帰しするなんて、とんでもないことですもの」
そっか……その辺も礼儀として叩き込まれてるんだ。
ただ「お客様」っていう言葉にちょっと距離を感じて寂しくなったなんて言えなくて、私は立ち上がったエリシアちゃんを目で追った。さっきの従者さんを呼んでお茶の用意を言いつけている背中をぼんやり眺めていると、一瞬従者さんと目が合った。気がした。
「……?」
何だろう。貴族でもない奴にお茶を用意するなんてとか思われてる?
目が合ったのはほんの一瞬だったから、彼がなにを思って私を見たのかはわからない。私もエリシアちゃんに視線を移して、貴族令嬢としての姿を目に焼き付けていた。
「ニーナ」
「うん?」
従者さんとの話が終わって、エリシアちゃんが私を振り向いた。さっきの毅然とした、お嬢様らしい姿から一瞬でやわらかな雰囲気に変わっているのに、私は少しだけ驚いた。
「……お友達とお茶をするの、わたくしの夢でしたの。お礼なんて言って優しいニーナが断れないようにして、無理矢理連れ込んでしまってごめんなさい」
エリシアちゃんは眉を下げてそういうと、私に手を差し伸べた。困惑しながらその手を取ると、うれしそうな笑みを見せてくれた。
私は、この笑顔に弱い。エリシアちゃんが笑ってくれるなら、何でもしたいって思う。出会ったばかりの私でさえこうなんだから、昔からエリシアちゃんを知ってる貴族たちはよく正気を保ってるなって思う。
「あのね、エリシアちゃん。私も、エリシアちゃんとお友達になれてうれしいんだから、無理矢理だなんて感じなくていいんだからね」
「ええ……ありがとう、ニーナ」
そう言ったときの、エリシアちゃんの微笑がどこか寂しそうに見えた気がして。でも、すぐにまたにっこりと微笑みながら「お茶にしましょう」ってテーブルに手を引かれて。私は言葉の意味を問う勇気も、一瞬見えた表情の意味を訊ねる勇気も一切持てないまま、人生初の令嬢式ティータイムを過ごすことになった。
「今回はセルフ式のティータイムにしましたの。正式にお客様をお招きするときは給仕が常に全て整える形式なのですけれど、お友達とのお茶ですもの」
エリシアちゃん曰く、よく貴族のティータイムとか高級ホテルのシーンなんかで見る、三段のティーセット。これがセルフサービス式のときに使うものらしい。給仕の人がいるティータイムは自分で取り分けないから、こういうお皿はテーブルに乗らないんだって。
一番下にはサンドイッチ、二段目にはスコーン、一番上にケーキがそれぞれ乗ってて、どれもいま作ったばかりみたいに綺麗で美味しそう。
「わたくしは気安いティータイムが好きですから、順序は気にしないのですけれど、一応マナーとしてお教え致しますわね」
「ありがとう、助かるよ」
私が心から安堵してお礼を言うと、エリシアちゃんはにっこり笑ってお茶をするときのマナーを教えてくれた。学園で他の貴族とお茶会なんてする機会は無いと思うんだけど、ここで生活するなら知って置いたほうがいいからって。
「下から順に……最後に甘いのっていうのはわかりやすくていいね」
「場合によってはスコーンが上に乗っていることもありますけれど、最後はケーキということに変わりはありませんわ」
話しながら、エリシアちゃんは自分のお皿にナイフとフォークを使ってサンドイッチを移した。たったそれだけの所作が本当に綺麗で、私は思わず見入ってしまった。
「ニーナ、どうかなさいまして?」
「えっ……! あ、ううん、何でも……ただ、エリシアちゃんってなにをしてても綺麗で絵になるなあって思って」
思ったままを口にしたら、エリシアちゃんの顔が燃えたかと思うくらい思いっきり赤くなって、私のほうが驚いた。
「だ、大丈夫……? なんか変なこと言ってたらごめんね」
「えっ、ええ、何でもありませんわ。褒めて頂けたのがうれしいだけで……」
「そっか、良かった」
何だかお互い似たようなことを言い合ってて、おかしくなって笑っちゃった。そしたらエリシアちゃんも笑ってくれて、真っ赤だったほっぺたも少し落ち着いてきた。
私はエリシアちゃんの見様見真似でサンドイッチやお茶菓子を食べながら、従者さんが淹れてくれる紅茶を楽しんだ。
楽しい時間はあっという間に過ぎて、ティーセットの上が綺麗になった頃にはすっかり日が傾きかける時間になっていた。名残を惜しむように飲み干した最後の一口も消えて、カップも空になる。夕飯まで少し時間はあるけど、今日はあまり食べられそうにない。
ソファに移動して食後の休憩をしているあいだもエリシアちゃんは私にくっついてて、何だかその仕草が可愛かったから手を握ってみたら、肩を寄せて頭を預けてきた。
「…………エリシアちゃん、眠い?」
「いえ……もう少しで、ニーナはお部屋に帰ってしまいますでしょう? ですから、もう少しだけこうしていたいのです」
「そっか。……うん。私も、もう少しだけ、エリシアちゃんと一緒にいたい」
どちらからともなく手を握って、指を絡めて、肩を寄せ合って。
外の声が一切届かない部屋の中、私たちは束の間の静かな時を過ごした。




