そんなこんなで
突然泣き出した私に驚いて、エリシアちゃんは甲斐甲斐しくお世話をしてくれた。体についた泡を流して、手を引いて洗面所まで連れ出してくれて、いつの間にか用意されてた服を渡してくれた。着替えにもたついてた私を急かしたりせず待っててくれて、それから部屋に戻ったら、従者さんがエリシアちゃんのついでに私の髪も整えてくれた。
その頃にはすっかり涙も止まってたんだけど、エリシアちゃんは離してくれなかった。
「エリシアちゃん……ごめんね、驚かせて……」
「いえ……ニーナは、とても優しいのですね」
エリシアちゃんに抱きしめられて、子供を宥めるみたいに髪を優しく撫でられながら、私はなんでいきなり泣きたくなったのか自問した。
ずっと、公爵令嬢として生きるのが当たり前だって言ってた。エリシアちゃんだけじゃなく、この学園の子息令嬢全員がそうなんだと思う。特別なことじゃなくて、私が実家で暮らして、地元に近い高校に通ってたのと同じくらい、何でもないことだった。
でも、なんでだろう。
私はに綺麗に真っ直ぐ立ってるはずのエリシアちゃんが、苦しそうに見えたんだよね。勝手に同情されて、いきなり泣かれて……驚いただろうな。
「わたくしがニーナとお友達になりたいと思った理由を、ご存知なのかと思いましたわ」
なんて思ってたら、エリシアちゃんが気になることを言った。
「理由?」
「ええ」
私を撫でる手を止めず、エリシアちゃんは告解みたいに言葉を零していった。
「ニーナもご存知の通り、貴族は貴族として、王族は王族として……立場に見合った者と相応しい交流をすることが求められる世界に生きていましたわ。けれど、ニーナはそんなわたくしの世界に現れた、身分に囚われないたった一人の存在でしたの」
そう語るエリシアちゃんの声が、ほんのり熱っぽい気がして、横を見た。そしたら馬と併走したときに見た、あのとろけるような顔がすぐ傍にあって、私は思わず固まった。
「あの日……お友達になりたいとわたくしが言ったとき、ニーナは公爵令嬢相手だからと断りませんでしたわ。願いを言うように告げ、わたくしに勇気をくれたばかりか、孤独が当たり前のわたくしの世界に、ニーナは光をもたらしてくださいましたの」
エリシアちゃんの言葉が、何だか新手の宗教にはまっちゃった人みたいになり出して、私は止めようかどうしようかちょっと本気で悩んだ。
だって私は、本当にそんな大それたことはしてない。謙遜とかじゃなく。公爵令嬢っていう存在のことも「なんかすごいお嬢様」くらいにしか思ってなかっただけ。
聖女なんて凄い設定がついてるだけの平民でしかないことは、私が一番よく知ってる。
なのに。
なのに、なんで……こんなに胸が苦しいんだろう。
エリシアちゃんのことを思うだけで、息の仕方を忘れたみたいになる。呼吸の代わりに涙が出そうになる。孤独を埋めてあげたい。真っ直ぐ立てるように支えてあげたい。凛と咲く高貴な花の、支柱の一つになれたらって思う。
でも実際は、私のほうが救われてばっかりだ。こと貴族社会を凝縮したような学園では私の力なんか皆無どころかマイナスだから。
「私は、エリシアちゃんの傍にいるよ。ずっと……孤独なんか感じてる暇もないくらい、一緒に色んなことしよう」
せめて、学校にいるあいだくらいは。
私は聖女として、エリシアちゃんは公爵令嬢として、用意された未来があるとしても。子供じみた現実逃避だとしても。それでもいいから。
「……ええ、ニーナ。あなたの世界をわたくしに見せてくださるのなら、わたくしはこの手を離さず、あなたの傍にいますわ。いつか、あなたが永遠を共にする騎士を見つける、そのときまで……」
そうだ。
私は見つけなきゃ行けないんだ。永遠を共にする太陽の騎士を。月の聖女が持つ魔力を祈りという形でその身に受けて、百年後か千年後かもわからない次の聖女が現れるまで、共に生き続ける騎士になる人物を。
改めて、結構重たいテーマなんだなぁ……そして相手も慎重に選ばないと。途中で嫌になっても騎士の契約を結んだら離ればなれにはなれないんだもん。
「まさか、エリシアちゃんに騎士様になってなんて言えないしなぁ……」
こんなお花みたいなお嬢様を騎士にだなんて、それこそ公爵家から焼き討ちに遭ってもおかしくないし。エリシアちゃんにはきっと相応しい王子様がいるんだろうから。
ていうか、婚約者なら既にいるんだよね。文字通りの王子様が。
うぅ……なんか、自分で想像してて哀しくなってきちゃった。
平民の私はエリシアちゃんの結婚式には呼ばれないんだろうな……つらい。
「ニーナ……?」
「……はぇ? どしたの?」
目をまん丸にして私を見つめているから何事かと思ったけど、エリシアちゃんはじっと私を見つめてから、小さく首を振った。
「いえ……なにか、考え事をしているようでしたから」
「あ……うん、何だかこの学園で騎士様を見つけないといけないんだって思ったら、今更重圧を感じちゃって……私はそういうのとは無縁の生活をしてたから、婚約者とかだって遠い世界の話だったし」
ちょっと誤魔化すみたいになっちゃったけど、これも本当のこと。
「そう……そうですわね。わたくしは、ニーナならきっと相応しい相手を見つけられると信じていますわ」
「ありがとう、エリシアちゃ…………っ!?」
ぎゅっと抱きしめられて、耳元で微かな声がした。
――――わたくしでは、だめなのかしら。
このとき私は、エリシアちゃんに騎士になってっていうあの考え事の内容が声に漏れていたことなんて自覚していなかったから、固まったまま動けなかった。




