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魔法剣士ガイア  作者: ふぉるて
第5.5章「渡り人は斯く語りき」
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5.5─VIII

 マックスは突然の出来事に、何も対応することが出来なかった。


「うぶっ!?」


 そして、顔面から倒れる──その衝撃と共に、マックスは突然の息苦しさと、良い香り(・・・・)を認識する。


(な、なんだこりゃ……。何が、どうなって──)


 マックスは状況確認と自分の呼吸の確保を行うため、左手でやや遠い位置(・・・・・・)にある地面を。そして──


 ──もにゅっ。


(……うん?)


衣服の布のような物越しにその右手で掴んだ、桃ほどの大きさの人肌の暖かさを持つソレの感覚に、マックスは戸惑いを覚える。


「……………………え?」


 するとその直後、聞き慣れた声が頭の方から聞こえてくる。

 マックスは、右手でもにゅもにゅとその柔らかいモノの感覚を分析しながら顔を上げ、その人物のシルエットを捕捉する。

 そして──


「おい、大丈夫……」


こちらに気付いたニーナが、松明の明かりで二人の姿を映し出す。

 それによって、二人(・・)にも自身の視界の映像が鮮明に映し出される。

 そこに浮かび上がったのは、次第に顔を赤くさせながら涙目になっていくアストリッドの顔であった。


 マックスは、五感をフル回転させて瞬時に自分の状況を整理する。


 ──右手に伝わる、ローブ越しの柔らかい桃のような形状のモノの感触。

 ──その柔らかい二つ(・・)のモノの谷間に顔を埋めた事よって生じていた息苦しさ。

 ──鼻に直接入って来た、女の汗の香り。

 ──そして、涙を浮かべて顔を真っ赤にした妹弟子(アストリッド)


 完全に状況を理解したマックスは、アストリッドの左胸からパッと手を離し、急いで立ち上がろうと試みる。


 しかし、涙目で顔を真っ赤にさせたアストリッドがそれを逃がすはずも無く。

 アストリッドは素早く立ち上がって背中を向けようとしていたマックスの右腕を掴み、そこから地面を大きく蹴りながらその右足を首の後ろに回して関節を曲げて引っかけ、そのまま掴んでいた右腕ごと全身を使って身体を(ねじ)り、足で掴んだマックスの上半身をそのまま引き込む。

 そして──


「何してくれとんじゃこのカバチタレがぁぁぁぁぁあ!!!」


臀部(でんぶ)から着地したアストリッドは、その両足で掴んだままのマックスを、頭から地面に叩きつけた。

 その余りの衝撃に、マックスは気絶する──が、直ぐに顔面に飛んできた鋭い痛みによって、すぐに意識を引き戻される。

 そこには、馬乗りになって自分を殺そうとしている、"般若"の姿があった。


「よくも……、よくも(けが)してくれたわね……!

返せ……っ! 私の純潔を返せぇぇぇぇえ!!」


 鬼気迫る形相で泣き叫びながら、半狂乱になったアストリッドの拳が繰り出される。

 だが、マックスも黙って凶拳を受け続けるつもりなど無く、両手で防御しながら必死に語りかけるが──


「だっ……待てアストリッド、話を聞け!

お前の胸は平均よりも明らかに大きい! 一度も女の胸に触れたことの無い俺が、普通の胸どころか滅多に無い豊満なお前のモノを、一発で判別できるわけが無いだろう!?

それに、今のは不可抗力だ!! お前の自業自tぶほぉっ!?」


あくまで理知的に制しようとしたその言葉がアストリッドの怒りの炎に油を注いだ結果になってしまったのは、最早言うまでも無い。


「揉んだじゃない! その右手でしっかりガッツリ揉みしだいてたじゃない!!

いつも……いつもっ! いつもいつもいつもッ、興味ないフリをしながら通りすがりにその目で私の胸をしっかり見てるんじゃないわよこのムッツリスケベがぁぁぁぁ!!」


 逆上したアストリッドは、凄まじい剣幕で捲し立てながら日頃の鬱憤をぶつけていく。

 その様子は、ニーナとグスタフも思わず物陰に隠れてしまうほどの、凄まじいまでの怒りようであった。


 そして、その怒りの拳に命の危機を感じ始めたマックスは、どうすればアストリッドを止められるかという答えを今放ったその言葉に見出し、こう言った。


「まっ、待てっ、待て、アストリッド! お前は一つ勘違いしている!!」


「何よっ!?」


 勘違いという言葉に、アストリッドの凶拳の雨が止まる。

 そして、顔の至る所にあざが出来たマックスは、一つ大きく深呼吸をして、こう言った。

 しかし──


「いいか、アストリッド。この際だから言っとくが、俺は今のお前には欲情せん。

お前は確かに顔や腰のくびれなんかは俺にとっても最上級だが、その身体全体のバランスを、桃のようなその胸が崩している!

金床(かなとこ)以上普通以下……それが俺の絶対に譲れない条件だ。

ほら、"好きな相手ほどちょっかいを掛けたくなる"と言うだろう? 俺は正直、お前に惚れていたんだ!

だが二年前、お前の胸がCからDに膨らんでから魅力をぱったりと感じなぶっほぉ!?」


理知的に制しようとしたマックスが言ったその内容は、アストリッドを違う意味で怒らせてしまうだけに過ぎなかった。


「この……、ド変態孤児野郎がぁぁぁぁぁぁ!!」


 幾重もの拳の打撃音と共に、瞳に涙を浮かべた一人の少女の絶叫が、洞窟の中に反響し続けていた。


 ──そして、夕刻。


「おお、帰ったか…………何があった?」


 依頼を終え、屋敷に帰り着いた二人を見たゼノンの第一声は、呆れた人のソレであった。

 アストリッドはマックスの方を決して見ないようそっぽを向いており、一方のマックスは、顔面に幾つもの青痣を作っていたのだから無理も無い。

 ゼノンはそんな二人を数秒観察し、何も触れない方が得策だろうと判断し──


「……今夜の食事はちと豪勢じゃ。食事までに、その辛気臭い顔だけでも直しておくように」


そう言って、屋敷の奥へと姿を消したのだった。




◇ ◇ ◇




「で、話って何?」


 マックスの部屋に呼ばれたアストリッドは、扉を閉めるなり開口一番にそう言った。

 身体を拭いて服を着替えたアストリッド。しかし──


「その前に、せめてその手に付けてる物をだな……」


「お断りよ、これは譲れないわ」


その両手には、木製のナックル(メリケンサック)が握られていた。

 その口も目も笑っておらず、「ゴゴゴゴゴ」という擬音が似合いそうな無言の重圧が、マックスを襲う。


「で、話って何なのよ。遺言ならとっとと言え、変態」


 両手のナックルをカツンカツンと合わせて音を立てながら、アストリッドはその殺意を隠そうともせず、マックスを睨み付けながらそう言った。

 その殺気にマックスは思わず萎縮してしまうが、決意を固めた以上、ここで引き下がるわけには行かなかった。


「…………。

最初は、単純な嫉妬だったんだ。何でもかんでもすぐにモノにしちまうお前が……、羨ましくて仕方なかったんだ」


 マックスの告白に、アストリッドは殺気を納め、静かに耳を傾ける。

 それは、今まで明かされることの無かった──否、知ろうとすら思わなかった、腐れ縁の相手の本音であった。


「俺が半年かけてモノにしてきた修行を、お前はどんどん覚えていったよな。

それが悔しくて、でも眩しくて……、"天才って本当に居るんだな"って事を、二月(ふたつき)ぐらいで否応なく思い知らされたよ。

そしたら、コツを教えて欲しいのにそれを邪魔する兄弟子としての変なプライドと、お前のやってることが一々気になっちまってる俺が出てきて……、どう関わったら良いのか分かんなくなっちまって、気を引くためにお前にちょっかいを掛けるようになっちまったんだ。

……それが"好き"って感情なんだって気付いたときには、とっくに手遅れな状態だったけどな」


 そう言って、マックスは乾いた笑いをその顔に浮かべ、下げていた視線をアストリッドに向ける。


「俺は……、お前に憧れていたんだ、アストリッド」


 その言葉に、アストリッドは思わず視線を逸らし、左手で口と頬を覆った。

 何故なら──そうしなければ、赤くなった顔をマックスに見られてしまうから。

 アストリッドは、僅かとは言え、マックスにときめいてしまった自分が嫌になったのだ。


「今はもう、興味無いんでしょ?」


 逸らしていた視線を戻し、アストリッドはマックスが黙ったまま頷いた事を視認する。

 そして、アストリッドは静かに言い放つ。


「アンタ、つくづく最低な男ね」


 それは、アストリッドが今までの経験から導き出した、紛れもない結論。


「ああ……、最低だな」


 下手くそなアプローチの数々を思い出すと、この男をもう一度殴りたくなる。


「こっちの気も知らないで、いつも好き勝手に邪魔してきて……」


 貴族として、良き村長としての義務を果たす為の努力を、いつも邪魔してきた憎き相手。


「そうだな」


 もっと他にやり方はあっただろうに、何故それが出来なかったのかと、疑問に思わずには居られない。


「その上、勝手に好きになった挙げ句、アンタの性的嗜好に合致しないって理由で勝手に見捨てられて……」


 もし、もっと他の手段をこの男が取っていたならば、こんな複雑で、微妙な気持ちを抱くことなど無かっただろう。


「……そうだな」


 だが、関係が良い物になっていたとしたら、余計に辛い出来事が待ち受けていただろう。


「……ほんと、最っ低の腐れ縁だわ」


 "腐れ縁で良かった"。一瞬でもそう思ってしまった自分に、無性に腹が立つ。

 だが、同時に感謝もしていた。


「まあ、アンタは期限なんて無いんだから、ゆっくりやれば良いわ。

けど、私に対する態度の反省も含めて、いつか行う私の研究を手伝って貰うわ」


 アストリッドのその言葉に、マックスは一瞬唖然となる。

 だが、その言葉こそアストリッドが自分を許すための"譲歩"であるということに気付かぬほど、マックスも鈍くは無い。


「だから、研究の邪魔にならない程度の努力はすること。良いわね?」


 そう言って、アストリッドはマックスの顔を覗き込む。

 ゆさっとたゆむ二つの桃さえ無ければ完璧なのに──そんな事を一瞬だけ考えながら、マックスは観念したようにこう言った。


「愚問だな。

ま、そっちもせいぜい頑張れよ、お嬢様」


 この日、二人の関係に、大きな変化が訪れた。

 切っても切れない腐れ縁の二人は、お互いに減らず口を叩きながらも互いを認め、大きな一歩を踏み出すことに成功したのだ。


 ()しくもそれは、クロノス王国の城下町に設置されている魔法管理委員会と技術研究管理委員会に、ゼノンとその弟子達が着手しようとしていた"魔術式の文字としての体系化"についての研究を行うに当たっての届け出が、公に認められたという吉報を持ち帰った日と同じ日の出来事であった。

カバチタレ:減らず口や屁理屈を言う人。バカタレ。


金床(かなとこ):鍛冶や金属加工を行う際の平らな作業台。


奇しくも:不思議にも。

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