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魔法剣士ガイア  作者: ふぉるて
第5.5章「渡り人は斯く語りき」
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5.5─I

 それから時は流れ、霊神暦352年、春。

 両親や使用人、そして村民など多くの人間と共にすくすくと育って十四歳になったアストリッドは、両親や二つ下の弟・ベルクと共に村民の中に混じり、田植えの作業を進めていた。


 ──貴族たる者、奢るべからず。民は己を映す(かがみ)也。


 紀元前の時代から伝わる伝統と共に育ってきたアストリッドは、村民達からも慕われる、愛らしい少女へと成長していた。


「嬢ちゃん、田植えが大分板に付いてきたんじゃねぇか?」


 作業が一段落ついて休憩していた所で、アストリッドは一人の男に声を掛けられた。

 男はアストリッドに農業の指導を行っている人物で、名をジュードと言った。


「えっ……、そうですか? だとしたら、それはきっとジュードさんのお陰ですよ」


 作業着に身を包んでいたアストリッドは、顔や手足を泥まみれにさせながらも、その愛らしい顔でジュードにお礼を告げる。


「よせやい……、照れるじゃねぇか」


 ジュードは褒められ慣れていないのか、照れくさそうに顔を俯かせながら、坊主頭を洗ったばかりの手でポリポリと掻く。

 アストリッドはそんなジュードの心境を察し、別の話題を持ち掛ける。


「ベルクはどうですか?」


「ん? ああ……坊ちゃんもよく頑張ってくれてるぜ。

ただ……」


 どう伝えようかと迷っているのか、ジュードはそこで言葉に詰まってしまう。

 すると──


「……私と違って、不器用でしょう?」


言い辛かった内容をアストリッドの口から聞くことになったジュードは、一瞬面食らったように目を丸くさせた。

 アストリッドはジュードの心境を察し、先手を打ったのだ。


「ベルクには、辛抱強く付きあってあげて下さい。

あの子は、ゆっくり教えてあげる方が合ってるみたいですから」


──本当に、つくづく出来た娘だ。


 ジュードはこれまでのアストリッドとの思い出を振り返り、改めて感嘆の溜め息をついた。

 その胸は既に膨らみ始めており、顔付きは将来美人になるであろう事が容易く想像できる程だ。

 彼女の夫になれた者は、どれだけ幸せ者だろう。

 ジュードは、子を見守る親のような気持ちで、アストリッドの将来に胸を馳せていた。


 しかし──


「……ん?」


ふと顔を上げたジュードは、視界の端に見慣れぬ物が映っている事に気付く。


(……馬車?)


 ジュードは目を細め、田舎の農村に現れた珍客を見定める。

 しかし、今日は都会から商隊が来るとは伝えられておらず、村の誰かが近場の町の冒険者ギルドに依頼を出しているわけでも無い。

 だからと言って、個人の商人と言うには馬車の大きさや荷が小さく、護衛の傭兵も見当たらない。


「嬢ちゃん、今日は誰か来る日だったか?」


「え……?」


 ジュードのその問いが予想外だったのか、アストリッドは訳が分からないと言った様子で困惑している。

 なら、一体あの馬車は何者なのだろうか。

 門で検閲を済ませたとは言え、村の者が誰も知らないとなると流石に怪しまざるを得ない。


 魔法具など存在しないこの時代の検閲の精度はお世辞にも高いとは言えず、時たま検閲をすり抜けて賊が入り込むと言った事例は、割と珍しくない現象であった。


 周囲の村人達も次第に近付いてくる馬車の存在に気付き、休憩中で和やかだった空気が不穏に包まれてゆく。

 だが、その手綱を引く人物の人相を視認出来る距離になって、一同は違和感を覚えた。


 その人物を賊と呼称するには、(いささ)か──否、大分歳が(・・)行き(・・)過ぎ(・・)ていた(・・・)のだ。


 そして──一向に正体が掴めぬ内に、小さな馬車は一同が休憩している田んぼのあぜ道へと差し掛かった。

 その男は小柄で肌は褐色。髪色はアストリッドの母・ウィニアに酷似した明るい緑色で、顔には深い(しわ)が幾つも刻まれている。

 かなり旅慣れているのか、羽織っていたマントはかなり年季を感じさせる汚れ方をしていた。

 だが、何故だろうか。アストリッドはその男性が、どこか見覚えがあるような気がしてならなかった。


 ──そんな中、不穏の静寂を破る、若い男子の声が一つ。


「あんた何者(なにもん)だ!」


 アストリッドよりも馬車に近い手前の位置に居た一人の子供が、指を指してそう叫んだ。

 そしてそれは、この場においてアストリッドが誰よりもよく知る者であった。


(ベルク!?)


 その声の主がアストリッドの実弟・ベルクである事に、アストリッドは戸惑う。

 老人を疑わないというわけにもいかず、しかし賊では無いという確証があるわけでも無く、アストリッドはどうしたものかと葛藤した。

 しかし──


「……のわぁっ!?」


不器用であるが故に人一倍努力をするため、一足先に休憩を終えて田んぼの作業を再開していたベルクは、馬車の男に向かっていく途中で泥に足を取られ、顔面から田んぼの泥の中へと突っ伏してしまった。

 その現場を目にした一同に、笑いそうになるけども笑えぬ、そんな微妙な空気が漂う。


「おうおう、大丈夫か少年」


 すると、そんな空気の中、少年に声を掛けて手を差し伸べた者が一人。

 それは他でもない、馬車の手綱を握っていたドワーフの老人その人であった。


 老人に手を引かれ、泥まみれになったベルクは、恥ずかしさからか顔を斜め下に俯かせていた。


 すると次の瞬間、一同は信じられない光景を目にすることになる。


「……ふむ。どれ、綺麗にしてやろう」


 ドワーフの老人がそう言った次の瞬間、その身体を円で囲うように不可思議な文字列が出現する。


「えっ!? うわ、うわ、うわっ、何だぁ!?」


 瞬く間にその文字列を構築していた一文字一文字がベルクの全身に張り付いていき──困惑する当事者はおろか、周囲の人間も何が起こったのか理解しきれぬ内に、全て張り付き終えた文字らしき物達が光を放つ。

 そして、光が治まり──そこには、泥は一つ無い作業着に身を包んだベルクの姿があった。


「な……、何だ、今の……?」


 ジュードも困惑した様子で立ち尽くし、その言葉を絞り出すのがやっとと言った状態であった。

 すると、隣に立っていたアストリッドが、小さくこう漏らした。


「魔法…………」


 アストリッドは、かつてこの村を訪れた商隊の一人から、こんな話を聞いたことがあった。

 この世界には"魔法"なる術を操り、不可思議な現象を実現させる者達が居ると。


 だが──


「皆無事か!? 報告にあった不審者とは誰だ!?」


不意に後方から、護衛と共に駆け付けた父・サイモンの声が響いたことにより、アストリッドは一気に現実へと引き戻される。

 得体の知れぬ老ドワーフの人間が、魔法を操る存在なのだ。

 もし、商隊の人間の話にあった通りの魔法の数々が実現し、あの人物が賊だったとするのなら──この村は未知の力を前に、為す術無く蹂躙されてしまうだろう。


 その事に気付いてしまったアストリッドに、冷や汗が流れた。


 しかし──


「……サイモン、わしに向かって不審者呼ばわりはちと酷くないか?」


「え……、あっ、お義父(とう)さん!?」


先程の台詞に対して愚痴をつける老ドワーフを前に、サイモンは完全に困惑しきっていた。


 そしてこれこそが、彼女と魔法を繋ぐことになる運命の出会いとなった。

─魔法データ─


洗泥(ディールッシュ)

水・風属性の他分類魔法。

衣服の泥汚れを綺麗さっぱり落としきる事が出来る。

利便性は高そうに見えるが、複合属性魔法という枷があるせいで詠唱難易度と消費魔力量が高く、一般人にはまず使用できない。

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