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魔法剣士ガイア  作者: ふぉるて
第5.5章「渡り人は斯く語りき」
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5.5─Prologue

 霊神暦713年、16月21日。

 この日、ガイアとアスナの二人はとある依頼を受注し、アインハルト王国の王城の一角──アストリッドの研究室へと足を運んでいた。


「アストリッドさん、これは?」


 山のように溢れている書類の一部を担いだガイアが、アストリッドに処分の判断を仰ぐ。


「それは……ああ、大分前の実験レポートだね。捨てといとくれ」


「分かりました」


 それを聞いたガイアはその書類を応接室へと持って行き、捨てる分の書類を集めた場所で紐を使い、蝶結びで縛って既に置かれている紙ゴミの上へと積み上げる。

 本日二人が行っているのは、「アストリッドの研究室と書斎の大掃除の手伝い」という内容の依頼であった。

 紙の山で溢れていた書斎から必要な書類と不要な書類を仕分け、ガイアとアスナは仕分けと纏めの作業を着々と進めていた。


(しっかし、よくこんなになるまで放置してたもんだ……うん?)


 そんな中、書類の下に埋もれている何か(・・)に気付いたガイアが、邪魔な書類を自分の右側へと退()け纏めていく。

 それらの書類の下から姿を現したのは、大層な年季を感じさせる、古い木箱であった。


(これは……?)


 普段のガイアであれば、その中身を覗くようなことはしなかっただろう。

 しかし、今は整理整頓の出来ないアストリッドの研究室の大掃除を行っている最中であり、その中身が何なのか分からなければ、アストリッドにも答えようが無い。

 もし何か、ガイアが見て恥ずかしいような物であれば、すぐに蓋を閉める。その心つもりで、ガイアは恐る恐るその蓋を開けた。


「……!?」


 そこに入れられていたのは、一冊の本。

 しかし、それがただの本であれば、ガイアも驚きはしなかっただろう。

 何故なら、その本のタイトルを見てからガイアが真っ先に思い浮かんだのが、病院で読んだ本──『伝記 賢人ゼノン』だったのだから、無理も無いだろう。


「手が止まってるわよ。何かあったの?」


 近付いてきたアスナがそう言って、ガイアの手元にあるその本を背中越しに覗き込む。


「え、これって……」


 そして、本のタイトルを見たアスナもまた、驚愕をその顔に浮かべる。


「何か見つけたのかい?」


 アスナのその声で二人が固まっている事に気付いたアストリッドが、静かに二人の後ろで歩みを止める。

 ガイアは箱ごとその本を持ち、アストリッドの目の前へとそれを差し出した。


「そこにあったのかい?」


「はい……」


 アストリッドはその瞳を細め、静かにその本の入った箱を受け取る。

 そして、どこか悲しげで、懐かしむような表情のまま、本を開いてペラペラとページをめくっていく。

 その表情から、ガイアはこの目の前の人物が誰であるのか、それがほぼ確信に変わってしまっていた。


「あの、その本って……」


 だが、それでももしかすると、別人と言うこともある。

 ガイアはおそるおそる、その本が何なのか、アストリッドに訪ねかける。

 すると、アストリッドはその重い口を開き──


「これは、私の"罪"の記録さ。

見付けてくれて、ありがとうね……」


その瞳から涙を流しながら、そう言った。

 これで、ガイアの予感はほぼ確実な物となってしまった。

 だからこそ、確認するために、ガイアはそれを訪ねる必要があった。


「一つ、お伺いしたい事があります」


「何だい?」


 そう答えたアストリッドの顔は、嬉しさと申し訳なさが入り交じったような、複雑な表情をしていた。


「アストリッドさん……。あなたは、本当に賢人ゼノンのお弟子さんだったんですか?」


 今から300年以上前──大魔法時代と呼ばれた発展期が到来する少し前に、そのきっかけとなる様々な功績を残したとして歴史に名を刻んだ偉人・ゼノンには、二人の弟子が居た。

 一人は、マックスという男。そして、もう一人は──


「……休憩ついでに、少し昔話をしようか」


美しかった水色の髪の毛は本来なら起こり得ない変色現象を起こし、雪のような、影のある白い色へと変貌してしまった。

 だが、恩師や兄弟子、そして町の者達の事を、彼女は今もしっかりと覚えている。

 日々の日常で交わした挨拶。大笑いしたときの笑顔。そして──その表情を苦痛に歪ませながら、自分の手(・・・・)によって殺されていく凄惨な光景を、彼女は片時も忘れた事は無い。


「なあに……ただちょっと裕福な家に生まれただけの、魔法に憧れていた少女の物語さ」


 大魔法時代の(いしずえ)を築いた賢人──ゼノンが教えを説いた、二人の弟子の片割れ。

 不老不死となってしまった彼女は、数世紀もの時間を孤独に生き続け、今では世にその名を轟かせる研究者として、活動を続けている。


 ──その二人の名を出さずして、魔法史を語る事など出来ない。


 今や世間の常識と化したその言葉を一番最初に言い出したのは、一体どこの誰だっただろうか。


 ここから暫しの間語られるのは、一人の人間が身をもって体験した、紛れもない真実の物語である。




◇ ◇ ◇




 ──時は、ガイア達が生きている時代から四世紀近く(さかのぼ)る。


 霊神暦338年5月某日、エピオス王国領の片田舎にある静かな村の長を務める貴族・クランマーベル家の屋敷に、けたたましい赤子の泣き声が響き渡った。


「旦那様、旦那様っ!!」


 女性の使用人が息を切らしながら、産声を聞いて妻の元へ馳せ参じようとしていた男の元へと駆け寄った。

 しかし、その男──サイモン・クランマーベルは、第一子が生まれるという人生初にならざるを得ない経験を前に、嬉しさと困惑が入り交じったような、複雑な表情をしている。


「お……っ、お生まれになりましたっ!」


「う、うむっ!」


(たま)のように可愛い、女の子です!」


「そうか……!」


 使用人の報告を聞き終えたサイモンは、とうとう堪えていた衝動を抑えきれなくなったのだろう。

 屋敷に敷かれた廊下の絨毯の上を駆け抜け、妻ウィニアと娘が居る部屋の扉をノックもせずに勢いよく開け放った。


「オギャア、オギャア、オギャア──!」


 壁に阻まれてくぐもっていた産声が一気に鮮明になり、サイモンはその現実を確かめようと、おくるみに包まれて母親に抱かれている赤子の顔を覗き込む。


「あなた……、もう少し静かにして下さい。恐がってるじゃありませんか」


「……すまない」


 母親となったウィニアが苦言を呈し、サイモンが謝罪する。

 しかし、その視線は赤子の顔からは離れていなかった。


「名前を、付けないとな」


 サイモンはウィニアの隣に腰を下ろし、静かにそう言った。

 すると、ウィニアはサイモンにこう返した。


「この子の名前は、あなたが決めてくれませんか?」


 その提案に、サイモンは目を丸くさせた。

 大切な第一子の名前を自分だけで付けても良いのかと、困惑していたのだ。


「……いいのか?」


 絞り出したようにそう言ったサイモンに、ウィニアは優しく微笑んでこう言った。


「ふふっ、毎晩必死に(うな)ってたじゃないですか」


 妻から告げられたその言葉に、サイモンは柄にもなく赤面する。

 サイモンは妊娠中のウィニアを、使用人と共にサポートしていた。

 日々の仕事の合間を縫って自分にに尽くしてくれていることを、ウィニアは分かっていた。

 そして、疲労でヘトヘトになりながらも、夜寝静まる前に男女それぞれの名前を必死に思案していたのだ。


「……ありがとう」


 サイモンはそう言うと、絞りに絞った名前の中から一つを選出すべく立ち上がり、ベッドの周囲を円を描くように歩き始める。


 そして──


「……よし」


意を決したサイモンは足を止めてウィニアに向き直り、その腕に抱かれていた赤子を自分の腕で優しく抱きかかえ、最終決定を下したその名前を口に出した。


「お前の名前は、"アストリッド"だ」


 父親の水色の髪と、母親のエルフという種族を受け継いで生まれた、一人の少女。

 その者は、名をアストリッド・クランマーベルと言った。

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