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魔法剣士ガイア  作者: ふぉるて
第5章「冬の夜明け」
87/156

5─IX

─受注クエスト情報─


◎ランクE昇格試験

依頼主:冒険者ギルドマスター・アドル

ランク:FX

優先度:任意

場所:アインハルト王国領/ローネル森林地帯西部・エリアH

達成条件:ピクシー1体の討伐、及び60時間以内の帰還、並びに試験官による合格判定の認可。

特記事項:指名受注者が希望する「受注資格を持つランクF冒険者一名」が揃った場合のみ受注可。

指名:アスナ

受注資格:ベズアーとタミアスタイガーの討伐実績があり、ギルドマスターが挑戦するに相応しいと判断した者。


○依頼文

本日、貴殿の実績を(かんが)みて、ここにランクE昇格試験を発行することと相成った。

この依頼には、こちらが指名した試験官一名が同行する。

試験官は、本人に自衛の必要があると判断しない限り、受注者達の戦闘には一切加担しない。

尚、これは昇格試験であるため、指定された制限時間以内にギルドへの報告ができなかった場合や、試験官が不合格と見なした場合も失格となる。

それらの事を念頭に置きつつ、試験を遂行するようにしてほしい。

貴殿らの奮闘に期待する。


アインハルト王国城下町冒険者ギルドマスター・アドル



713年15月29日 発行

714年1月25日 受注希望書受理

同年2月3日 9時13分 検閲所にて、試験開始申請受理



▼メンバー

アスナ(F/★)

ガイア(F)


▼試験官

マグナ(S)

 年が明けてからも、ガイアの日常にこれと言った変化は起こらなかった。

 依頼を消化して手取りを貰ったり、訓練に励んだり、TRPG等の遊びに真面目に興じたり──。

 冒険者としての生活に慣れ始めたばかりの頃は、インターネットという文明の利器が無い世界に退屈を感じる事もあった。

 しかし、異世界に転生して何ヶ月も経過した今となっては、「別に無くてもどうにかなる」と感じるようになっていた。


 ──そして、(きた)る霊神暦714年、2月3日。

 この日、ガイアとアスナは試験官として同行することになったマグナとの三人で、ランクE昇格試験に臨むこととなった。


 普通馬術免許を取ったばかりの、やや初々しさの残る手綱と鞭捌きで馬を走らせながら、ガイアはふと鞭と手綱を左手で握り、空いた右手で道具袋の隅に入れておいたロケットペンダントに、袋越しに手を触れる。


──俺に……、少しだけ、勇気を分けてくれ。


 忘れもしない、あの花畑が存在する、エリアH。

 ガイアは昇格試験の指定エリアがそこであるからなのか、彼女から唯一受け継いだ形見であるロケットペンダントを、お守り代わりに道具袋へと突っ込んでいた。


 そして、休憩を挟みつつ馬を走らせること、およそ半日。

 ニコラが吉報を受け取ること無く息を引き取ったその小屋に到着したことで、長く続いた白銀の世界の馬旅に一旦の終わりが訪れる。

 客車を引いていない分、馬たちの足は速かった。


「……よし、行こう」


 年明けに新調した得物と防具の調子を確認したガイアは、腰の左側へと場所を移した鞘に剣を納刀し、二人と共に森の中を進んで行く。

 そして、十分と歩かぬ内に出会ったゴブリンを数匹討伐した二人は、その死体から出た血液を、装備や肌に塗りつける。

 それは、嗅覚に優れた魔物が寄ってくるリスクを下げる為の方策であり、ガイアはその臭いに顔をしかめながらも、自身が経験した過ちを犯さぬようにするためにも、鼻で息をし続けながら歩みを進めて行った。


 そして、エリアHに到着し、標的の痕跡を辿りながら捜索すること数時間。

 日が暮れ始め、当たりが薄暗くなって来ていたその時、二人は真っ白い人型の本体に蝶の羽が生えた、自分達のおよそ三分の二程の身長を持つ魔物──ピクシーの姿を、その目に捉えていた。

 ステンドグラスのような半透明の羽に、特徴的なピンク色の塗料が付着したその個体は、ガイア達に背を向けて樹液を啜っている。

 マグナは何も言わずに少し離れたところの草(やぶ)に身を隠し、ガイアとアスナは得物を手に、その魔物へと近付いていく。

 その足音に気付いたピクシーが振り返り、二人の姿をその目に捉え、警戒態勢に移る。

 そして──


「行くぞ!」


「応っ!」


「「"魔闘衣"っ!!」」


アスナの返事に合わせ、二人は同時に魔闘衣を全身に張り巡らせる。

 ガイアはそのまま正面から、アスナは右側から回り込むように二手に分かれ、攻撃圏内にピクシーを捉えたガイアが、先手必勝と言わんばかりに抜刀袈裟斬りを繰り出そうとする。

 しかし、ピクシーはそれをすんでの所で左側へ回避し、ガイアの剣は虚しく空を斬るのみ。

 そして、ピクシーがガイアから見て左側に避けたのは、アスナの追撃を受けにくくするためでもあった。


 ──だが、それを予測していない二人では無い。

 ガイアはすぐさまその場に伏せ、右側から回り込むように迫っていたアスナがその真上を飛び越えながら、ピクシー目掛けて突きを繰り出す。


「"穿閃"!!」


「!!」


 回避した直後を鋭い一撃が襲い、次の回避が遅れたピクシーの左脇腹から青白い血が噴き出す。

 そして、ピクシーの方へと駆けながら立ち上がったガイアも、その剣で突きを繰り出す。

 だが、その一撃は無理な体勢から放ったために狙いが逸れ、飛行するために展開された堅い羽に当たって弾かれてしまう。


 すると、羽の展開を終えたピクシーは、バックステップしながら魔力を纏わせた羽で浮遊し、二人に背を向けて森の奥へと移動し始めてしまった。


「追うわよ!」


「ああ!」


 二人も、その姿を見失わぬように後を追う。

 その戦闘をずっと影から観察していたマグナもまた、その後を追った。


(さて……、お二人さん。ピクシーが厄介なんは、こっからやで)


 この後、厄介さを増すであろうピクシーに、適切に対処出来るかどうかということ。

 それこそが、この試験の肝であった。




◇ ◇ ◇




 二人が経路に木の枝を折るなどの目印を残しながらピクシーを追うこと、およそ五分。

 一同は、巨木が何本か生い茂る森の広場に脚を踏み入れていた。

 巨木の合間を抜けて飛んでいたピクシーは、その広場の最奥で二人の方へと振り返り、得物の射程圏外の高度にホバリングし始める。


 そしてこの時、二人はこの広間に入った時点で、ピクシーのこの行動が誘導であることを察していた。

 それは、周囲の物陰から注がれる無数の視線と、嗅ぎ覚えのある独特な臭い。

 ピクシーと共生関係にある魔物の中で、唯一ピクシーと敵対しない、言うなれば従順な"駒"であった。


「「「ギキィィィィイッ!!」」」


 耳障りな奇声と共に、ゴブリン達は一斉に物影から飛び出し、二人へと襲い掛かった。その数、およそ三十。

 二人はすぐに分かれ、ゴブリンの殲滅を開始する。

 数は多いが、それ自体は大した問題では無い。

 ここで厄介なのは、ピクシーがその戦闘の最中、上空から刃物状の羽の縁を用いた急襲を織り交ぜてくるという事にある。

 こういう時、フルフェイスタイプの兜を被っていない場合は首を両断される恐れがあるため、ゴブリンの対応をしながら、ピクシーの動向にも注意を払う必要が生まれる。


 だが、無数のゴブリンに対し、ピクシーは一匹。

 ピクシーに、今誰が狙われているのか。

 数と状況に気圧されて慌てることもなく、素早く声を掛け合いながら戦うという基本がしっかりと出来ていれば、さほど苦戦はしなくなる。

 結果、ピクシーの攻撃は当たることもなく、ゴブリンはあっと言う間に一匹、また一匹と数を減らしていった。


「アスナ、後ろ!」


「! ふっ!!」


 数匹減らしたところで戦闘の最中にガイアの声が響き、アスナは一瞬ピクシーの姿をその目に捉え、タイミングを合わせて後方宙転(バックフリップ)を行う。

 弧を描いて後方へと飛び退くアスナと地面の間の空間をピクシーが通過し、すれ違う。

 アスナは着地と同時に足のバネを使ってピクシーへと肉薄しようとするが──


「ギヒャイ!!」


その進路上に数匹のゴブリンが割り込み、アスナは土をめくらせながら急停止する。

 そして、好機とばかりに後方からゴブリンが飛び掛かるが、アスナは慌てずに槍の柄を地面に突き立て、それをそのまま両手でがっしと掴む。


「はッ!!」


 右足で地面を蹴って飛び上がったアスナは、飛び掛かってきていたゴブリンの鳩尾(みぞおち)目掛け、構えた左足で蹴りを叩き込む。

 そして、着地して槍を素早く抜いたアスナは、前方に割り込んで立ち塞がったゴブリン達が眼前に迫っていたと言うこともあって、槍を構え直さずにそのまま柄の先端を使って打撃を打ち込む。

 荒い打ち方になったが為に狙いこそ定まっていなかったものの、その攻撃はゴブリン達を怯ませるには十分なものであった。

 しかし──


「……! 左だっ!!」


「っ!?」


攻撃を躱されたピクシーは既に旋回し、アスナに狙いを定めていた。

 しなやかで頑丈な羽が、アスナの左前方の上空から襲来する。

 アスナは咄嗟に槍を構えてそれを受け止めようとするものの、加速の勢いをつけた衝撃に軽装備のアスナが踏ん張りきれるはずもなく、身体は宙に放り出され、そのまま巨木に背中から叩きつけられてしまう。


「がっ……!」


 アスナの後頭部を大きな衝撃が襲い、上下の方向感覚を失ったまま身体が地面へと落ちる。

 それは、魔力体術を頻繁に交えることで軽快に立ち回るアスナの戦法の都合上、軽くするために兜を着けていないとう事の欠点でもあった。


 しかし、アスナがここで意識を手放すわけにはいかなかった。

 槍で防いだこともあって、刃状に発達した羽の(ふち)は身体に当たっておらず、傷を負うには至っていない。

 息を整えて歯を食いしばり、彼女は片手を膝につきながらも両の足で真っ直ぐに地面を捉え、立ち上がる。

 その瞳に宿る闘志は衰えるどころか、より一層激しさを増していた。


 そして、アスナは巨木を背にして槍を構え、"受け"の構えを取る。

 巨大な物を背にすることで攻撃される角度を絞り、カウンターに徹するこの戦法は、ジリ貧になりかねない危険な賭けであった。

 しかし、今はガイアという信頼できる相方がいる。だからこそ、アスナはその構えを取ることにしたのだ。


 敵という名の波が、一斉に視界を埋め尽くす。

 だが、アスナは焦ること無く攻撃を防ぎ、弾いてはその一撃一撃でしっかりと敵の命を絡め取っていく。


 そして──攻撃の通らぬアスナにとうとう業を煮やしたのか、ピクシーが標的をガイアへと切り替えた。


「ガイア、四時の方向ッ!!」


 アスナのその声にガイアの動きが一瞬止まり、その脅威に対応するための行動へと切り替わる。

 ガイアはすかさず空いていた左手で正面のゴブリンの頭をがっしと掴むと、右斜め後方へと素早く視線を動かす。

 そして、自身に向かってくるピクシーを捉えたガイアは、そのまま左手で掴んだゴブリンを手前に引き、ピクシーと自分の射線上に突き出した。

 その結果、ピクシーの羽がゴブリンの肩甲骨から脇腹に掛けて深く食い込み、ピクシーはその勢いを止められてしまう。

 そして──


「おらぁ!!」


ガイアはその手に掴んでいたゴブリンを手すり代わりに補助に使って跳び上がり、ピクシーの背中に降り立つことで、全体重を掛けて地面に引きずり下ろす。

 そして、剣を掴んでいた右手を素早く引いて、その切っ先を首へと差し込んだ。

 そして、ピクシーは一瞬大きく痙攣し──そのままゆっくりと力を失い、ピクリとも動かなくなった。


「ギイィッ!!」


 だが、剣を抜こうとしていたその隙を突かんと、残っていたゴブリンが襲い掛かる。

 ガイアは素早く剣から手を離し、籠手を纏った拳を突き出してゴブリンの鼻の頭を砕く。

 日々欠かすことの無かった鍛錬──その中にある、徒手空拳で得物を持った相手に立ち回るための稽古。

 その成果は武器を奪われたり落とされたりした時だけでなく、こう言った状況下でも重宝する。


「シッ!」


 ガイアは向かってきたゴブリンに対し、逆に一気に距離を詰めることで怯ませ、その隙だらけの顎目掛けて膝蹴りを見舞う。

 そのまま蹴った足を突き出してその個体を蹴り飛ばし、次の個体に再び拳を振るい──その拳を振るわれ、怯んだゴブリンの背後からアスナの槍が突かれ、穂先がはらわたと共に顔を出す。

 ガイアは自分の手が空いたことを確認し、ピクシーに突き刺したままの剣の柄を掴み、抜き取った。

 そして、槍を振るって貫いたゴブリンを(ほう)ったアスナと剣を構え治したガイアは背中合わせになり──


殲滅(せんめつ)するわよ!」


「言われなくても!」


そう素早く交わし、二人はそれぞれ真反対の方向へと駆け出していった──。

業を煮やす:事が思うように運ばず、腹を立てること。




─魔物データ─


◎ピクシー

弱点属性:炎、水

討伐難度:E


真っ白い人型の本体から、ステンドグラスのような美しい半透明の羽が生えている魔物。

そのしなやかで頑丈な羽は飛行する際に扇子のように展開し、上部の(ふち)は刃物のようになっている。

その上、素早い身のこなしでひらりひらりと攻撃を躱すため、近接武器では魔闘衣や相方との連携が無ければ攻撃を当てるだけでも苦労することになる。


主食は樹液や木の実、そして赤色の血液(特に人間)。

しかし、性格は魔物の中では温厚な方であり、襲ってくる人間や飢えている時は例外として、腹も減っていないのに人間を自分から襲うようなことはまず無い。

また、ゴブリン、ベズアー、並びにタミアスタイガーとは共生関係にあり、彼らのノミを取り除く代わりに血液を吸わせて貰っている。

だが、ゴブリン以外の二種とは餌と定めた人間を巡って奪い合いを起こす事があるため、共生はしていても協力はしていない模様。

流石にベズアーとタミアスタイガーの二匹を同時に敵対する三つ巴となると負けてしまう事もあるが、一対一の状況であれば軽く傷を負いながらも余裕で撃退する姿が目撃されている。


尚、その美しい羽は型にはめて三日三晩乾燥させることで、皮以上に軽くて丈夫な防具になるため、女性からの人気が非常に高い。

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