5─VI
その日の朝のガイアの眠りは、一つの衝撃によって覚醒へと導かれた。
「ガイア、起きろー!」
その声と共に乾いた音が発せられるのと同時に、ガイアは自分の頬に痛みを知覚する。
「ん……、先輩……?」
朧気な意識のまま目を覚ますと、そこには自分を見下ろすシュウの姿があった。
しかし、二重窓の外は暗く、未だに日が昇っていない時間帯であることをガイアは悟る。
「……Zzz……」
そのまま眠気に負け、ガイアは再び夢の世界へ旅立とうとする。
そして、それを見たシュウは──
「あっ……。ったく……、それっ!」
その掛け声と共に、ガイアが包まっている掛け布団を一気に剥ぎ取った。
「……寒いですよちょっとぉ!!」
布団の暖かさから一転。一気に全身を包み込んだ寒気に驚き、ガイアの意識は完全に覚醒せざるを得なくなった。
「ちょ……今何時ですか……?」
枕元に用意しておいた靴下とポンチョを渋々身に付けながら、ガイアはシュウに問い掛ける。
「四時半だ。
そろそろ起き始めねーと、東城壁に登れなくなるぞ?」
(東城壁……?)
未だ眠気の残る頭を必至に働かせ、ガイアはその言葉の意味を考える。
何故東城壁と言ったのか。何故こんな早朝に起こされたのか。そして、今日がいつなのか。
それらを考えれば、自ずと答えは導き出される。
(714年か……)
そう。
霊神暦713年は、昨日で終わりを告げたのだ。
今日は、霊神暦714年1月1日「年興し」の日である。
そして、その日の早朝から行われるのが「初日の出参詣」であるが、この異世界において、もう一つ必ず行われる風習がある。
それは──
「ガイア、18年目明けましておめでとう」
「先輩こそ、19年目明けましておめでとうございます……。
今日も寝癖が絶好調ですね……」
この挨拶である。
別に、ガイアもシュウも、1月1日が誕生日という訳ではない。
そもそも、この異世界には"誕生日を祝う"という概念そのものが存在しない。
と言うのも、この世界では冒険者や傭兵、商人と言ったような、家を長期間空けたり、一箇所に留まる時間よりも旅をしている時間の方が長くなる仕事に就いている人間の数が結構多い。
その為、長期の遠征が終わって家に帰ったら子供が増えていたり、旅の途中で何日に誰が生まれたのか一々覚えていられないといったような背景があり、"誕生日を迎えた回数=年齢"という概念が存在しないのだ。
では、どうやって年を数えて居るのかというと、先程の二人の会話から察せられる通り、この世界では年を跨いだ数がそのまま年齢として数えられるのだ。
ちなみに余談だが、本日のシュウの髪形は、世紀末という言葉がとてもよく似合いそうなモヒカンである。
「おはよーございまーす……」
着替えを終え、洗面所で顔や髪を整えて一階に降りたガイアは、眠気の残る声でリビングに集まっていた一同に新年の挨拶をする。
「おはよ、はいこれ」
「おー、ありがと」
アスナから差し出されたホットミルクを受け取り、それを飲んで体を温めながら、ガイアは同居人達と共に軽めの朝食を摂る。
そして、それが終わると一同は用意しておいた防寒具に袖を通し、各々の装備を身に付け、冒険者や傭兵しか目覚めていない薄暗い早朝の町へと繰り出して行く。
しんと冷え切った空気が襲って来るが、マキナ薬湯を飲み、持参もしているガイア達に死角は無い。
やがて東側の城壁に着くと、その最上部の巡回路へと続く階段への入口や、利用者からの魔力供給による動力で動き続けている昇降リフトの前には、見事な長蛇の列が出来上がっていた。
『本日年興し当日につき、大変混雑しております!
初日の出参詣の皆様、絶対に押したり駆けたりせず、足下に注意してゆっくりとお上り下さい!
また、お手洗いも大変な混雑が──』
王国兵団の兵士達は拡声の魔法具を使い、注意喚起と列の整理を行っている。
恐らく、下側で誘導をしている兵士達が階段を上るのは最後になるのだろう。
ガイア達は心の中で「お疲れ様です」と彼らの労を労りつつ、階段の列の最後尾に入る。
そうしておよそ十分以上掛けてゆっくりと階段を上り、階段の終点にある扉を潜ったガイア達は、巡回路の適当な場所を見繕い、その場所に固まって腰を下ろす。
だが、普段は外側からの脅威に警戒するための兵士が巡回している場所であるため、ただ和気藹々と待っているだけで済まないのは、自明の理であると言えよう。
それは、一般人が城壁に上がれるようになってから間もない頃に現れた。
「報告! 何かこちらに向かってきています! 数、およそ200!!」
「確認を急げ!
冒険者、並びに傭兵の方々も警戒をお願いします!」
ガイア達の近くに居た見張りの兵士が声を上げ、辺りがにわかに騒がしくなる。
すると直後、望遠鏡のような遠見の魔法具でその影を観察していた兵士が声を上げた。
「報告対象、ガーゴイルと確認!
真っ直ぐこちらに向かって来ています!
赤玉の合図を!」
その言葉を皮切りに、周囲を包んでいた空気が一変する。
王国兵は紫の発煙玉を投げ、下で誘導を行っている兵士達に一般人の避難を行うように伝える。
そして、冒険者や傭兵は、王国兵と共に戦列を組んでいく。
その隊列は、大きく分けて二つ。
一つは、弓矢を扱う射手系と、攻撃魔法を扱う魔術士系の職業に就いている者達の隊列。
そしてもう一つは、遠距離攻撃の手段を持たない者達の、魔導砲による迎撃を行うための隊列であった。
何故、初日の出参詣に装備を身に付ける必要があるのか。
何故、冒険者や傭兵は一般人よりも早めに城壁に上れるのか。
それは、こういった事態に備えての警戒のためであった。
今日は初日の出参詣客の誘導に人員を割いていると言うこともあり、普段より王国兵団の警備は手薄だ。
だが、街中の冒険者や傭兵達が巡回路に詰めていると言う事実がある。
ガーゴイルは僅かな時間だが、魔力を用いずに地上三十メートル以上の高さに飛ぶことが出来る。
しかし、その話と警備網を突破して町に侵入出来るかと言う話は別である。
「敵、来ます! 戦闘態勢を取って下さい!」
新年早々の闖入者にお帰り願うべく、一同の戦いの火蓋が今、ここに切られる事となった。
世紀末モヒカン:ヒャッハー!
自明の理:あれこれ説明する必要のない明白な道理。それ自身で明らかな論理。




