5─V
それからは、あっと言う間に時間が過ぎていった。
翌日21日は、ガイアはアスナと共にアストリッドの研究室の大掃除の依頼に二日掛けて奔走した。
23日から六日間の精霊節では、六霊神に感謝の祈りを捧げ、町では屋台や舞台等の様々な催しが行われた。
そして、来る霊神暦713年最後の日、ガイアを含む冒険者一同は、冒険者ギルドの大ホールに集まっていた。
一同はジョッキを持って起立し、壇上ではギルドマスター・アドルによる忘年会の挨拶が行われており、魔法具によって拡声された声が一同の耳に響き渡る。
『アインハルト王国冒険者ギルド、マスターのアドルだ。
今年もまた、こうしてお前らと一緒に年を越せる事が出来て嬉しく思う。
だが、良くないニュースもあった。
ジーノがやられた"黒い霧"……。それがどうして、いつ、どこに発生するのかは、未だに分からないままだ。
だが、黒い霧は決して越えられない壁じゃねぇ。
ジーノはいつもこう言っていた。"死ぬな、兎に角生き延びろ"ってな。
一つしか無ぇ命を疎かにするな! 絶対に最後まで生きることを諦めるな!!
今年一年生き延びられたことに、そしていつも支えてくれる大切な仲間達に、乾杯!』
「「「乾杯!!」」」
一同がジョッキを掲げ、あちこちでぶつけ合う音が響く。
ガイアが座るテーブルには、アスナ、シュウ、フェズに加えて、イーシスとサリアが同席していた。
イーシスとフェズは既に同年代の面々とチームを組んでいる為、ガイア達とは別のテーブルに座っている。
ガイアはこの時、イーシスがこの場に居ると言うことに、嫌な予感を感じていた。
その証拠に、時折女性冒険者やその相方から、怒りと疑いが入り交じった視線が向けられていると感じたからだ。
イーシスの友であり、その人となりを知っているガイアだからこそ、その雰囲気に嫌な予感を覚えずにはいられなかった。
──そして、イーシスの隣に座っていた女性が小声で話し掛けたことで、その事件は起こった。
「それにしてもイーシスさん、あなたにずっとお尋ねしたかったのですが、どういうつもりですか?」
「何がだい?」
イーシスにそう問い掛けたのは、いつもの制服ではなく、私服姿に眼鏡を掛けた受付嬢・サリアであった。
そして──
「とぼけないで下さい。
女たらしな上に浮気性で有名なあなたが、これまで関わりを持った女性全員に謝罪して回っていると、巷で専らの噂になっています。
何か企んでいるのではないか、今すぐ尋問してくれ等と言った内容のお手紙が、受付に度々届けられています。
……もし、仮にあなたが本当に改心したと言うのであれば、自業自得としか言いようがありませんが──」
サリアがそこまで言ったとき、事件は起こった。
近くのテーブルに座っていたビーストの女性冒険者が怒りを露わにして立ち上がり、イーシスを指差してこう叫んだのだ。
「そうだ! このスケコマシは絶対何か企んでいるに決まっている!!」
その大声によって、ホール中の全員の視線が、その女性とイーシスに集まった。
ビーストの女性冒険者は、そこから先程サリアが話していた内容を大声で説明し始め、忘年会の喧騒の中に罵声が混じり始める。
(っ!?)
酒が入っている事もあってか、ガイアは普段皆が表に出すことの無い「イーシス憎し」の風潮が混ざり始めたことに気付き、食事の手を止めて視線を向ける。騒ぎ立て始めた女性冒険者も、頬が朱に染まっていた。
どうにかせねばと思うガイアだったが、今イーシスを庇えば、自分の居場所も無くなってしまう。
ガイアは、イーシスが非難されていく現場を見守ることしか出来なかった。
「慰謝料を払って真剣に詫びれば許されるとでも思っているのだろうが、俺がお前を許すことは絶対に無い!!」
「アンタみたいな人間の屑、とっとと死んじまえってんだ!!」
ホール中の男女から飛び交うイーシスへの罵声はどんどんエスカレートし、楽しかった食事会は、一気に若手冒険者達による、イーシスを罵る場所へと変貌してしまっていた。
そして、マクバールやレンカ、マグナら一部の年長組は、暴徒化した場合の対応が遅れないようにと、既に警戒を強めていた。
罵声の波紋がここまで広がると思っていなかったのか、騒ぎの元凶であるサリアも慌てて席を立ち、諫める側に回っていた。
そんな喧騒の中、ガタリとわざと音を立て、イーシスは立ち上がった。
騒いでいた若者達は口を閉じ、警戒を露わにしながら、イーシスの同行に視線を注いでいた
そして、イーシスは罵声の中心に居たビーストの女性の前に立ち、こう言った。
「……君達の言うとおり、僕はクズな男だ。
女の子が大好きだし、可愛いと思った人は口説かずにはいられない。でも、結婚だけは絶対にしたくない、そんな身勝手な事を願ってるどうしようも無い奴だよ。
……信じて貰えないだろうけど、こんないい歳になるまで何やってたんだって、後悔してる。
女の子の幸せを第一に考えていると勝手に思い込んでいた以前の自分を、全力で殴り飛ばしてやりたい。
許して欲しいなんておこがましいことを思ってもいないし、言える資格も無いなんて事は、重々承知してる。
けど……っ、これだけは信じて欲しい!
どの道僕は、春先にはこのギルドを出て行くことになる!
だから、それまでの間、誠心誠意贖罪をさせて欲しい!!」
途中からその瞳には涙が溢れ、声は次第に大きくなっていった。
その姿に、いつものような軽々しい雰囲気は一切無い。
一人の男の心からの謝罪を、全員がその目と耳でしかと焼き付けていた。
そして──
「この……、通りだ……!!」
両膝を床につき、正座をしたイーシスは、両手と額もそのまま床にくっつけた──土下座である。
静寂が、暫くその場を支配していた。
「……顔を上げな」
その言葉と共に、イーシスの眼前にお手拭きが差し出される。
イーシスが恐る恐る顔を上げると、そこには最初に声を荒げた女性冒険者の姿があった。
イーシスはそれを受け取って額と両手を拭くと、立ち上がって年長組の面々に向かって深く頭を下げた。
「大変お騒がせしてしまい、申し訳ありませんでした」
そのお辞儀と共に、騒ぎ立てていた若手達も熱くなりすぎたと年長組に謝罪した。
そして、イーシスが席に戻ると、今度はサリアがイーシスに謝罪した。
「……イーシスさん、大変申し訳ありませんでした」
いくら小声といえど、ビーストの聴力で耳を澄ませば、その内容はどうにか聞き取れてしまう。
その可能性が頭から抜け落ちていた事を正直に打ち明け、サリアは何度もイーシスに頭を下げていた。
(……もう、大丈夫そうだな)
その様子を見たガイアは、安心して食事の続きに手を伸ばした。
その日の忘年会は、日付が変わった後も喧騒が止むことは無かったと言う。




