5─II
それからややあって、空の夕焼けが殆ど夜に染まり、城下町の街灯のほぼ全てが灯された頃。
南西エリアの銭湯は、冬の気候で冷え切った身体を熱いお風呂で癒そうとする湯治客によって、いつも以上に賑わっていた。
(ふう、良いお湯だった……)
冬の冷たい風も、湯船にしっかりと浸かって暖まった身体には心地良く感じる。
そんなことを考えながら、ガイアは南西エリアの銭湯を後にし、帰り道の途中にある武具工房へと足を運んでいた。
(さて、仕上がりはどうなってるかな……)
ガイアは預けていた装備の仕上がりに期待しながら、バナード武具工房の扉を潜り、無人の受付の奥にある作業場の方へと声を飛ばす。
「バナードさーん、ガイアですー! 受け取りに来ましたー!」
「あいよー、ちょっと待ってなー!」
そうして、この工房の主であるバナードのいつも通りの返事が来てから数分後。
顔こそ双子の兄のアドルと全く同じなものの、それとは対照的にフッサフサの紅色の髪の毛を持った男性──バナードが、注文通りの改良を終えたガイアの防具一式の入った木箱を担いで姿を現した。
そして、バナードは担いでいた箱の封を開け、仕上がった防具をずらりとカウンターに並べていく。
それは、ガイアがこの世界に降り立った身に纏っていた物だったが、その数々の装甲の内側には毛皮が貼り合わせられていた。
タミアスタイガーの毛皮を利用した、耐寒加工が施されているのである。
その加工費が、同じく耐寒効果のあるマキナ草を耐寒効果の無い装備状態で用意するよりも安く済むと言うことを、ガイアはつい最近になってアスナから教わった。
故に、ガイアはギルドで発行される討伐証明書を携え、割引価格で加工を施して貰っていたのだ。
「タミアスタイガーの毛皮を使用した耐寒加工、並びに装甲部分の耐久力強化とサイズ調整、滞りなく終わったぜ。
見積もり通りの金額で大丈夫だ。とりあえず、一度試着してみてくれ」
そう言われたガイアは上着を脱ぎ、そのまま服の上から装備を試着し、姿見で自分の姿を確認する。
留め具などの採寸は、タミアスタイガーの毛皮の厚みを計算した上で調整されており、ガイアはバナードに向き直って頭を下げる。
「ピッタリです、ありがとうございます」
「ははは、良いって事よ。
だが、装備の性能を過信するんじゃねぇぞ?」
あの時の新種──トレントの一撃を食らったとき、その衝撃に防具が耐えきれず、籠手に至っては完全に変形してしまっていた。
それだけの衝撃を受けて右腕と肋骨の骨折、そして擦り傷と打撲傷だけで済んだのは、ただ運が良かったとしか言いようが無い。
「ええ、分かってます」
ガイアは、バナードのその言葉を、自身の心に深く刻み込んでいた。
そして、ガイアは試着した装備を脱ぎ、それを風呂敷に包んで持ち帰ろうと扉に手を掛ける。
すると、バナードは何かを思い出したようで、扉から出て行こうとしていたガイアは呼び止められ、店内に舞い戻る。
「呼び止めちまって悪ぃな。
以前、ガイ坊の装備をあんな風にした新種の事で思い出したんだが、兄者から、どうもその新種の調査中に気になることがあったらしいんだよ」
「気になること、ですか?」
「ああ……。
何でも調査に向かった連中が偶然見付けたそうなんだが、間伐や植林じゃない天然物の樹木が、人為的に伐採された跡があったそうなんだ。
それも、結構前から散発的に報告が上がってたらしい。
……ガイ坊も知ってると思うが、間伐や植林計画の関係で、各地の樹木は最寄りの商業ギルドの管轄だ。
その報告を受けて、商業ギルドのマスターはお冠らしい。
恐らく、野盗がこっそり伐採でもしたんだろうが……」
その言葉を聞いて、ガイアの脳裏にふと、二度も邂逅した白バンダナの褐色肌の男の顔が浮かぶ。
だが、その男やその仲間の仕業であると結論づけるには、現時点ではあまりにも情報が少なすぎた。
「ま、近いうちに報告協力の旨がギルドで出されるだろうよ。
兎に角、最近は例の"黒い霧の力"を纏った魔物の件もあるし、結構物騒になってきてるからな。
ガイ坊ももし出先でそういうのを見かけたら、下手に探りを入れたりするんじゃねぇぞ。
そんで、ギルドに戻ったら必ず報告してくれ。炙り出すのに役立つからよ」
「……分かりました、注意します」
ジーノを死に追いやった"魔物に再生能力を与える黒い霧"についての情報は、頻度こそ月に一度あるかないか程度なものの、世界各地で報告が上がっているのだと言う。
また確証は無いが、それが"来たるべき時"の予兆と言う可能性も捨てきれる訳ではない。
ガイアは、今は実力を付ける事に集中するということを、心に再び言い聞かせた。
「……………………」
そしてこの時、ガイアはもう一つの件について、こう願っていた。
無許可の伐採を行ったのが、"彼ら"であってほしく無い、と。
だが、生物は他の物を消費しなければ生きていけない。
──あの人達でありませんように。
そんな淡い願いをもう一度夜空の星に願いながら、ガイアは家への帰路を歩いて行った。
お冠:怒っていること。




