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魔法剣士ガイア  作者: ふぉるて
第4章「流れよ我が涙、とガイアは言った」
76/156

4─XVIII

 三人が乗った馬車がアインハルトを出立したのは、太陽の殆どが西の山に隠れ、星々が薄らと見え始めた頃であった。

 そして、手綱を握るイーシスは、自分の今までの素行を悔いていた。

 だが、こんな依頼が舞い込む可能性を配慮しておくべきだったと後悔する以前に、もう一つイーシスには不安なことがあった。


──この依頼は、失敗する。


 そんな確信に近い予感が、イーシスの中に渦巻いている。

 そして、その理由が幾つか思い当たるのもまた、イーシスの不安を掻き立てていた。

 まず一つとして、イーシスは種族がクーリアである為、この先の天候を読むことができる。

 そして、現段階の推測で、明日の昼頃から雨が降るという空気になっているのだ。


 しかし、それならば午前中に上空を飛び回って必死に探せば良いと思われるかもしれないが、今回はそうも行かないもう一つの理由があった。

 それは、ガイアに馬術の心得が無いため──つまり、ローネル森林地帯に到着するまでイーシスがたった一人で夜通し手綱を握り、馬車を走らせなければならないということに他ならない。

 更に、夜道に立ち塞がる魔物が居た場合は馬の脅威にならないよう見付け次第弓で射抜かなければならず、そこに冬を目前に控えた冷たい風がイーシスの体力を奪おうと吹き付けてくるのだ。

 マキナ草を煎じた薬湯で誤魔化しているとは言え、その冷たさは、確実にイージスの体力を奪っていた。

 故に、もし目的地にたどり着けたとしても、イーシスにはそのまま起き続ける気力や数時間の睡眠で起きる自信も無くなっているであろうと言うことは、想像に難くなかった。


(こんなことになるなら……、一年間、僕が我慢していれば……)


 イーシスは、自身のやってきた結婚詐欺まがいとも捉えられかねない行動が招いた結果であることを、深く反省していた。

 傭兵という仕事柄、一つの町に長期間滞在するという経験が無かったイーシスは、いつもの方法で(・・・・・・・)見目麗しい女の子達との仲を深めていったのだ。

 そして、今回はそれが完全に裏目に出る結果となり、それを目の当たりにしたイーシスは、何度も己の愚行を後悔した。


(ニコラちゃんの体力が、雨上がりまで持てばいいけど……)


 雨が上がるのは、明日の夕方。

 しかし、ニコラは何時死ぬのか、全く予想が付かない状態である。

 望みは薄かったが、ガイアが何も見付けられなかった場合を考慮すると、イーシスは(わら)にもすがる思いでそう願うしか無かった。

 事実、この時の気持ちをイーシスは「自身が雨天時に活動できない種族に生まれたことを、この時ほど恨んだことは無かった」と後に語っている程である。


 だが、現実はそううまくは行かない。

 徹夜で、進路に時折現れる魔物を弓で射抜きながら、馬を適度に休憩させつつ鞭打つ。

 ガイアが用意したマキナミンXが無ければ、到底不可能な芸当であった。

 悲鳴をあげる身体と心を薬でどうにか誤魔化し、イーシスは一睡もせずに馬を走らせ続けた。


 ──そして、東の空が薄らと明るくなる頃。

 イーシスは、ローネル森林地帯に一番近い場所に設けられたギルド指定の休息用の小屋に馬車を停車させた。

 御者席から頼りない足取りで地面を捉えると、イーシスは小屋に用意されている無料の餌と水を、疲労困憊の馬達の前に配膳する。


「……本当に、ありがとう。

ゆっくり休んでくれ……」


 たてがみを撫でながら、イーシスは二頭の馬を労った。

 そして、その頼りない足取りのまま客車の中へと入り込み、ニコラの隣で寝袋に包まっていたガイアを起こす。


「……着いたんですか?」


「ああ……。

すまない……。捜査を、任せたよ……」


 マキナミンXの六時間に渡る効力が消え、イーシスの疲労は限界に達していた。

 だが、イーシスはこの場で寝袋に倒れ込む訳には行かなかった。

 疲労と眠気を抑え、イーシスはガイアに重要な情報を伝える。


「もうすぐ……、雨が降る……。

それが上がったら、僕も、向かうから……」


「それは、何時間ぐらいで上がりますか?」


「夕方だ……。

それまで、気を、付け、て──」


 それだけ言い終えると、イーシスは寝袋に吸い込まれるように倒れ込み、寝息を立てて眠りに入ってしまった。

 ガイアは両頬を叩いて若干残っていた眠気を飛ばし、客車の奥の箱に入れておいた装備を急いで身に付けていく。


 すると、不意に後方から声が聞こえた。


「ガイア……?」


 とても弱々しいその声は、他でもない、ニコラの物であった。

 しかし、体力はかなり衰弱しており、その息は荒い。

 眼鏡を掛けていないせいで視界が殆どぼやけているからか、視線も朧気である。

 ガイアは何事かと装備を中断してニコラに駆け寄り、声を掛ける。


「お水……」


 ニコラのその要求に応え、ガイアはすぐさま木箱の中から水筒と薬を取り出し、ニコラに服用させる。


「ありがとう……。

それで……、ここは……?」


 未だすぐれぬ顔色のまま、ニコラはガイアに問い掛ける。

 ガイアは、ギルドから受け取った依頼書の写しをニコラに見せ、事の子細を説明する。


「そう……」


 一言そう言った後、二人の間に暫しの沈黙が訪れる。

 そして、ニコラが再び口を開いた。


「私が……、父の事を恨んでるって……、言ったでしょ……?」


「……ああ」


「修道院のあの子達の中にもね……、そういう子が居たの……」


 ニコラの頬を、一筋の涙が伝う。

 ガイアは黙ったまま、ニコラの言葉を聞き続ける。


「だから……、つい、色々話しちゃったのよ……。

本当に、馬鹿な子達……。

依頼を出すための手数料だって、そんなに安くも無いのに……」


 気付けば、ニコラの顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。

 そして、そんなニコラの眼を真っ直ぐに見て、ガイアはこう言った。


「……必ず、君をその場所へ連れて行く。

だから……、暫く、我慢しててくれ」


 ガイアのその言葉に、ニコラは力無く頷いた。

 タイムリミットは、長くても後二日。

 広大なローネル森林地帯の全てのエリアをくまなく捜索しようとすれば、絶対に足りなくなる。

 しかし、だからと言って諦めてはいけない。

 ガイアは捜索するエリアを絞るべく、ニコラに問い掛ける。


「花畑の場所は?」


「30年ぐらい前は、未開拓だった場所……。

でも……、今は開拓されて、エリアが振り分けられてるはず……。

だけど、その場所は、普通は気付けない、秘境……っ!?」


 そこまで言ったところで、ニコラは心臓の辺りの服を掴んで(うずくま)ってしまった。

 だが、その様子は、病室で見たときほどの苦しみようでは無い。

 恐らく、軽めの発作が起こったのだろうとガイアは推測し、装備や雨具の装着、そして携帯食料やその他の備品の確認を終えてから声を掛ける。


「必ず、探し出すから」


 そう言って客車から出ようとするガイアに、ニコラはどうにか顔を向け、弱々しく手を振った。


「……行ってくるよ」


 ガイアは最後にそう言って手を振り、客車を降りていくのだった。

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