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魔法剣士ガイア  作者: ふぉるて
第4章「流れよ我が涙、とガイアは言った」
75/156

4─XVII

 ガイアの骨折が完治と判断されてから間もない、霊神暦713年14月19日。

 (おり)しも、その日はガイアを除く全員が出払っていた為、病み上がりのガイアは一人きりでシェアハウスの留守を預かっていた。


 しかし、その日が心安まる休日となっていたのは、ほんのお昼前までの事。

 突然玄関の呼び鈴がけたたましく鳴らされ、ガイアは何事かと扉の覗き窓から外を見る。

 そこに立っていたのは、切迫した様子のイーシスであった。

 そして、ただ事ではないと感じ取ったガイアが即座に玄関を空けると、イーシスはこう言った。


「ガイア君……っ! ニコラちゃんの容態が、急変した!!」




◇ ◇ ◇




 発作が余程痛むのか、心臓の辺りの服を必死に掴んだまま、ニコラは息を荒げてベッドの上で苦しんでいた。

 そして、その周りにはガイアとイーシスの他、魔法で症状を分析している担当医と看護師、更には修道院の子供達や院長、修道士といったニコラの関係者一同が集まっていた。

 やがて、医師の魔法による分析が終了するなり子供達が訪ねた。「ニコラお姉ちゃん、元気になるよね?」と。

 しかし、医師は意を決したように重い口を開き、こう言った。


「真に残念ですが……、彼女の命は、持って後三日が峠かと……」


 一同に、どよめきが起こる。

 子供達はその言葉を受け入れられず、医師にどうにかならないかとすがる者、泣き崩れる者、これは夢だと現実逃避する者、それらを叱咤しようとする者など様々であった。

 あくまでも、ニコラの命は「後二ヶ月持てば良い方」であり、どの道それまでに死が訪れる事には変わりなかった。

 しかしそれでも、ニコラに巣食う不治の病をどうにかできないものかと、何人かの子供が医師の足に泣きつき、懇願する。

 だが、現実は変わらない。

 子供達は結局、修道院の大人達によって部屋から連れ出されていった。

 医師はガイアとイーシスの二人に「なるべく傍に居てあげて下さい」とだけ言うと、深く頭を下げた後、看護師を伴って部屋から出て行った。


 そして、それから数時間が経過し、日が西に傾き始めた頃。

 ニコラは発作の痛みが引いたのか、苦しげな表情は幾ばくか和らいでいたものの、意識が朦朧としているのか、二人が幾ら呼び掛けても反応を示すことは無かった。

 そして、荒い息の音が漂う病室に、ガイアの声が響いた。


「俺……、彼女と、約束をしたんですよ」


「約束?」


「ええ……。彼女が死んだら俺が泣けるように、いっぱい一緒に過ごそうって……」


 そう言ったガイアの脳裏に浮かぶのは、お喋りした事と、たった三回の外出のみ。

 それは、あまりにも──


「あまりにも早すぎて……、その約束を守れるか、不安なんです」


あまりにも、早すぎるタイムアップであった。


「……それは、泣けなかったとしても仕方ないよ。

流石に、こんなに早く来るとは僕も思っていなかったからね……」


「…………」


 その言葉を最後に、二人は再び沈黙する。

 それぞれ、ニコラに何か出来ることは無いかと必死に考えるものの、これと言った良い案も出ぬまま、時間だけが過ぎていく。


「……少し、町に出てくるよ。

暫く、彼女を頼めるかい?」


「……はい」


 その返事を受け取ったイーシスは、「1時間以内に戻る」とだけ告げて、部屋を出て行った。


 ガイアは部屋で一人、ニコラの傍らで思案を続けた。

 しかし、良い案が浮かぶ気配は一向に無く、ただ(いたずら)に時間だけが過ぎていく。


──世界は常に理不尽な選択を迫り、それが現実として連綿と続いていく。


 ガイアの脳裏に、前世の小説で読んだそんな一文が浮かび上がる。


(クソッ……)


 何も出来ない自分に嫌気がさし、つい歯を強く噛み締めてしまう。

 気晴らしにトイレに行って考えてみるも、それは所詮焼け石に水であり、何かが浮かぶことも無く手を洗い、部屋への帰路に就いてしまう。


 するとその時、廊下の向こうから駆け寄ってくる、眼鏡の女性が一人。


「ガイアさん……、探しましたよ……」


 ガイアが顔を上げると、目の前の人物が目に留まる。

 それは、冒険者としてギルドに登録する際に手続を行ってくれた眼鏡の受付嬢──サリアであった。

 しかし、彼女の服装はいつもの制服では無く私服であり、走ってきたのか息も上がっている。

 だが、そこはやはりプロなのだろう。少し深呼吸して息を整えると、サリアはいつもの落ち着いた様子でこう言った。


「先程、あなたを指名対象に含む依頼が入りました。

今すぐ装備を調え、ギルドまでお越し下さい」


「俺に、指名……?」


 その言葉にガイアは戸惑うが、今は何日も町を離れるようなことは出来ない。

 数日後であれば受けられる、そう伝えようとした。

 しかし、彼女が放った次の言葉はそれを許さなかった。


「私は本日非番でしたので、詳細は存じておりません。

ですが、マスターが"緊急最優先"の依頼だと判断されたそうです。

……急ぎ、ギルドまでお越し下さい」


 "優先度:緊急最優先"──それは、一般的な依頼において最上級の優先度であり、それが指名の依頼であれば、受注に日を跨ぐことすら許されないことを示している。


 ガイアはこの時、自身が持つ加護の力を恨んだ。

 回復が遅ければ、まだ依頼をこなすことは出来ないと、断ることが出来ただろう。

 しかし、骨折が完治した旨は、医師から既にギルドに伝えられているのだ。


(クソ……ッ!!)


 ガイアはまたも内心悪態をつきながら、イーシスに対する書き置きを残して病室を後にした。

 そして、武具工房でアスナの手によって預けられていた装備を代金と引き換えで回収し、自室で装備一式を着込んだ上で渋々ギルドへと向かう。

 そして、受注の手続きをしようと受付に目をやったところで、意外な人物が飛び込んできた。


「あ、ガイアさん! こちらです! お待ちしておりました!」


 本日の受注の受付を担当しているビーストの受付嬢の前には、見慣れた羽根付き帽を被った甘いマスクのクーリア──イーシスがいたのだ。

 これはどういうことなのかとガイアはイーシスに訪ねるも、当の本人も今さっき呼ばれてここに来たばかりのようで、ガイア同様、指名かつ緊急最優先の依頼が舞い込んだのだという。

 すると、受付嬢が一枚の紙を卓上に置き、こう言った。


「こちらが、お二人(・・・)に当てられた今回の依頼です」


 そこには、このような内容が記されていた。




◎「二コラおねえちゃんのおねがい」

依頼主:修道院の子供達

推定ランク:F+以上

優先度:緊急最優先

場所:アインハルト王国領/ローネル森林地帯西部・エリア不明

達成条件:「ひみつのおはなばたけ」を捜索・発見し、護衛対象が死亡する前に「ひみつのおはなばたけ」への護送を完了する。

特記事項:目的地詳細不明

指名:イーシス、ガイア


○依頼文

『イーシスにいちゃん、ガイアにいちゃん、おねがいがあります。

二コラおねえちゃんを"ひみつのおはなばたけ"につれてってあげてください。

ローネルのもりのにしのどこかにある、二コラおねえちゃんがずっといきたかったばしょなんだっていってた。

だれにもいっちゃだめだっていわれたけど、おねえちゃんはそのはなしをするとき、とてもたのしそうなかおをしていたんだ。

ものしりな二コラおねえちゃんには、いろんなことをおそわったよ。

だから、こんどはぼくたちがおかえしするばん。

ニコラおねえちゃんがしんじゃうまえに、つれていってあげてください。

よろしくおねがいします。』




 それを読み終えたとき、ガイアは言葉を失っていた。

 悪態をつくどころか、感謝しなければならなかった。

 そして、これは自分達がニコラの為にしてあげられる事ではないかと、ガイアは天から光が差したような心持ちになっていた。

 すると、ふとイーシスが何かを思い出したように口を開いた。


「……聞いたことがある」


「え……?」


「ファルスさんから、聞いたことがある……。

何でも、幼い頃にローネルで迷子になった折に偶然見付けて、そこには魔物が決して入ってくることがなかったとか……」


 ガイアは、その言葉を聞いて驚いた。

 ニコラは親を恨んでいるとは言っていたが、何も全てを嫌っている訳ではなかったのだ。

 ローネル森林地帯のどこかにある、魔物が近寄らない秘密の花園。そこに、ニコラは密かに行きたいと願っていたのだ。


「先輩……、やりましょう」


 たとえこれがどんなに絶望的な成功率だったとしても、何もしてやれずにニコラと別れるよりも、ずっと良い。

 ガイアの心は、既に決まっていた。

 そして、それはイーシスも同じだったようで、「勿論だ」と即答した。


 二人は互いに頷き、受付嬢から話の続きを伺う。

 今回の依頼には、ローネル森林地帯の未開拓のエリアが含まれている可能性があるということ。

 報酬金は子供達のお小遣いである為、依頼内容と報酬額が釣り合っていないと言うこと。

 だが、そんな程度で揺らぐほど、二人の決意はヤワな物では無かった。


 そして、すぐさま二人は準備に取り掛かった。

 イーシスは毛布や馬車の手配、病院への手続きといった事を行い、ガイアは必要物資の買い出しと、顔見知りの冒険者への依頼の協力を仰ぎに向かった。


 しかし、そこで一つの大きな問題が立ちはだかった。

 それは、女たらしで悪名高いイーシスが指名されているという事。

 当初は協力的な態度を示していた冒険者達ですらも、その事実を知るなり掌を返し、依頼への同行を頑なに拒否するようになった。

 結局、人が集まらぬまま出発の刻限となり、ガイア達は二人だけでこの依頼に臨まなければならなくなったのだった。


 そしてこの時、ガイアは自身の心に迫っていた焦燥のせいであること(・・・・)を失念してしまっていたのだが、それを彼が自覚するのはもう少し先の話である。

折しも:丁度その時

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