4─XI
カウンターの適当な空いている席を見繕い、ガイアは少女をそこへ座るよう掌で指し示す。
少女はそれに倣って先に座り、ガイアもその後に続いて隣に座る。
そして、銀髪の少女はガイアが席に座るのを確認すると、こう言った。
「……お兄さん、確か前にも会わなかったかしら?」
「うん、あるよ。……と言っても、一度だけだけど。
その時、君は『冒険の轍』を読んでいたよ」
具体的なタイトルを出し、ガイアは少女が記憶を呼び起こしやすくなるよう誘導する。
すると、誘導が功を奏したのか、少女は「……ああ」と静かに言い、こう続けた。
「道理で、既視感があった訳ね」
「まあ、こうして話すことも踏まえて、あえて同じ質問で声を掛けた訳。
……この目で見たわけじゃないんだけど、あの後輩達、素行が悪いって噂があってね」
そう言って、ガイアは先程まで少女が座っていた四人席を一瞥する。
そこに座った四人の後輩冒険者達は、足を大きく広げたり、席をテーブルから離して座っている。
それは、お世辞にも素行が良いとは言えぬ若者達の、典型的な姿であった。
だが──
「気にしてないわ。
第一、自分の器の大きさに気付かない冒険者は早死にするのがオチよ」
聞こえてきた少女の言葉は、至って淡々としたものであった。
ガイアはその言葉に一瞬呆気に取られ、気を取り直して質問する。
「……随分、達観してるんだね。
失礼を承知で尋ねるけど……、君、幾つ?」
「あら、レディに歳を尋ねるの?
……なんてね、13歳よ」
その言葉に、ガイアは思わず感心する。
ガイアが転生したこの異世界は、一年が480日もある。
だが、そうであるにも関わらず、ガイアの転生前の世界と比べても外見年齢の乖離が見られないのだ。
しかしその代わりに、前世の年齢から考えると少々早い傾向があるのが、精神面の発達速度である。
事実、この世界の学校では13歳になった子供達は自分の将来について真剣に考え、将来就きたい職業に向けた授業を選択式で取ることになる。
だが、そういった世界観から考えても、ガイアは目の前の少女の精神年齢がもう一回りほど上を行っているような気がしてならなかった。
「……凄いね」
「何が?」
「いや、まだ13歳なのに、そこまで考えられるなんて立派だなぁ、って」
それは、ガイアの心からの言葉であった。
しかし、その言葉を受けた少女の表情に、若干の影が差す。
「……もう13歳、とも言えるわよ?」
ほんの一瞬、そんな表情の変化であったものの、笑顔で答える少女の表情が直前にそう変化したのを、ガイアは見逃さなかった。
「ごめんね、君がどんな病気かも考えてなくて……」
「いいのよ、今更気にしてないから」
そう言って、少女は笑って答える。
そして、その瞳の奥には、どこか寂しさのような物があるような──そんな少女の目に、ガイアは何故か既視感を覚えていた。
だが、その既視感の正体が何なのか分からず、ガイアは少女とお互いの話を続ける。
病室はどこなのか、普段はいつ頃ここに居るのか、そして──
「そう言えば、まだ名乗ってなかったね。
俺はガイア。冒険者をやってて、入院理由は見ての通りの骨折だよ。
君の名前は?」
その事に気付いたガイアは、まず自分から自己紹介を行って少女の名前を尋ねた。
しかし、少女は申し訳なさそうにこう言った。
「……ごめんなさい。
私、自分の名前が嫌いで、本名ではあまり呼んで欲しくないの。
だから、お兄さんの好きなように呼んでくれていいわ」
「えっ……?
それは……、うーん……」
予想外の返答に、ガイアは思わず唸ってしまう。
正直、ガイアは自分にネーミングセンスがある方だ等と自惚れている訳ではない。
ただ、平凡なのだ。
そして、ただ平凡であるが故に下手な名前を付けられないという抵抗が心の中にあり、こう言った名前を考えようとすると長考してしまうタイプ。それが、ガイアという男であった。
そして、そんなガイアの心境を見かねてか、少女は優しくこう言った。
「難しいようなら、これまで通り"君"でもいいわよ」
「ごめん、そうさせて貰うよ」
その一言が、ガイアにとっては何よりも有難かった。
そして、ふと少女が壁の時計へと視線を移す。
「……あ、いけない、もうこんな時間。
ごめんね、お兄さん。私、今日は会う約束をしてる人が居るの」
「そっか……。
ごめんね、なんか引き止めたみたいになっちゃって」
そう言って、少女は席から立ち上がり、別れの挨拶を終えてラウンジの出入り口へと向かっていく。
そして、その小さくなっていく背中を見送りながら、その背中が向かっていく方向に居る人物へと視線を移したガイアは、思わず絶句した。
(え……っ!?)
いやまさか、そんなことがあるのか?
そんな思考が、ガイアの脳裏にぐるぐると渦を巻く。
そうであってほしくないと、そう願っていた。
しかし、少女がその人物と待ち合わせていたかのように話し掛けた事で、その願いは空しくもガラガラと音を立てて崩壊する。
甘いマスクという言葉が似合う顔立ちに、赤茶色の髪の毛。
右手につばの尖った羽帽子を持ち、紳士的な振る舞いを見せるクーリアのその男性を、ガイアが見間違えるはずが無かった。
何故なら、少女が会話をしていたその相手は、女性の敵として悪名高い究極のスケコマシクズ男──イーシスだったのだから。
乖離:かけ離れていること。




