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魔法剣士ガイア  作者: ふぉるて
第4章「流れよ我が涙、とガイアは言った」
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4─VI

 一同は目の前で起きた光景に対して、頭の理解が追い付かずにいた。

 だが、流石に一、二秒が経過して彼の得物──刃が欠けた片手半剣が地面に突き刺さった音によって、一同はようやく現実を正しく捉え始める。


「……っ!」


 静まり返った空間の中、誰かが息を呑む音が耳に付く。

 新種の魔物は、地面に叩きつけられたまま動かなくなった瀕死の餌(ガイア)へと視線を移すと、口角を上げてニタリと笑みを浮かべていた。


 何も、先程のガイアの行動が間違ってた訳ではない。

 ミラが予め風属性支援魔法を使っていたこともあり、移動中や今の交戦時における新種の反応速度から算出すれば、どうにか一矢報いることが出来る──そのはずだった。


 だが、その目論見は外れることとなった。

 目の前の新種は、最初から本気など出していなかったのだ。

 言わば、沢山のオモチャを目の前に並べて戯れる赤子のような──だが、それでいて本能的に危機を察知し、それに対応することが出来る反射神経を持ち合わせていたのだ。

 ミラは視界の端で新種の姿を捉えつつ、その顔に腕を伝って近付こうとし、反応できぬままにはたき落とされたガイアを視界に捉える。

 大地にうつ伏せに叩きつけられた彼の身体は土や砂利がこびりつき、ピクリとも動く素振りを見せない。

 だが、背中が微かに上下を繰り返していることから、単に気絶しているだけだと言うことが見て取れた。

 しかし、衝撃を受けた右半身──特に、その衝撃を真っ先に受けることになった彼の右腕は、通常の可動域では有り得ない角度まで曲がっている。

 ガイアが戦闘不能になったのは、誰の目にも明らかであった。


「ミラッ!!」


 トーマスの名前を呼ぶ声が響き、ミラは自分に影を落とした存在があることに気付く。

 それは、太陽の光をその身で遮り、影を落としたその目でミラをじっと見据える新種の魔物であった。


「あ……、あ……!」


 ミラはその圧倒的な脅威の前に、震えることしか出来なかった。

 心の底から湧き上がる止めようのない恐怖が、その身を完全に支配する。

 心臓が早鐘を鳴らすものの、その足は震え、全く言うことを聞かない。

 知恵を持つ新種はそれを見逃すはずもなく、腕を振りかぶってミラを吹っ飛ばそうと試みる。

 そして、人の身体を軽々吹き飛ばす豪腕による薙ぎ払いがミラに当たると思われた──その直前。

 ミラの身体は誰かに抱かれる感覚と共に地面を離れ、素早くその場から運び出される(・・・・・・)

 そして、その直後に「ブゥン」という風を薙ぐ音と共に、先程までミラが立っていたその場所が薙ぎ払われた。


「ボーッとするな! 死ぬぞ!!」


 そう言ってミラに発破を掛けたのは、ミラを抱えて先程の場所から退避した、黒髪ストレートの野盗であった。

 しかし、そう言った彼の顔はあまりにも近く──その言葉と同時に、ミラは今の自分がどういう状態なのか理解する。

 目の前の野盗の腕は膝関節と背中に回されており──つまり、世に言う"お姫様抱っこ"という状態であった。


 だが、ミラは人見知りが激しい方の人間である。

 故に、ミラ自身が気付いたときには反射的に腕が動き、黒髪ストレートの野盗の顔面に、見事な乱打を何度も何度も決め込んでいた。


「ぶふぅ!? ちょ、おまぶっ!! 止めろ殴るな殴るぼぉッ!!」


 (メイス)と拳の殴打攻撃を何度も顔面に浴びせたのが効いたのか、ミラは力の抜けた腕から地面へと解放される。

 しかし、野盗は頬を(さす)りながら目つきを鋭くさせ、ミラを睨みつける。

 その視線にミラは完全に萎縮してしまい、頭はパニックに陥りかけていた。


「……おい」


「ッ!?」


 睨みつけながらそう言った黒髪野盗のその言葉に、ミラはビクンと怯えながら顔を向ける。

 すると、その野盗はミラを真っ直ぐに見据えてこう言った。


「お前らの中に、援術士は居るか?」


 その言葉に、ミラは思わず息を呑む。

 自分は、援術士だ。

 もしここで自分がそうだと言ったら、どうなるのだろう。

 だが、そうじゃないと言っても、今戦っているチームメイト達の素早さは、支援魔法だけを受けたソレである。

 違うと言っても、それは他のチームメイトに矛先が向くだけである。

 どうすれば良いのか分からず、言い知れぬ恐怖がミラの心を埋め尽くしていた。


 だが、そんな怯えきったミラの表情からその事を見抜いたのか、黒髪の野盗は溜め息をつき、こう言った。


「……別に、取って食おうって訳じゃねぇよ。

あの樹木野郎から逃げるために協力してくれってだけだ」


「本当ですか……?」


「こんな切羽詰まった状況で嘘ついてどうする。

それに、あいつが飽きたり苛ついたりして本気を出すような事になれば、俺らもお前らも全滅だ」


 その言葉に、ミラは黒髪野盗の後方へと視線を向ける。

 そこでは、二人と白バンダナの野盗が新種の攻撃を躱しつつ、反撃を加えている。

 しかし、その攻撃は何れも弾かれており、ジリ貧になるのは明白だった。

 そして、二人はミラや白バンダナの方へ時折視線を飛ばしてはいるが、そちらまで手を回す余裕が無いのか、必死に新種の攻撃をかいくぐっている。

 だが、いつガイアのようになってしまうかなど、誰にも分からない。

 黒髪の野盗が言っていることが紛れもない事実であることを悟るのは、そう難しいことでは無かった。


「分かりました……、協力します。

それと……、援術士は、私です」


 この提案に乗ったという責任を負う覚悟を決めたミラは、真っ直ぐに黒髪野盗を見て、そう言った。


「そうか……。協力に感謝……と言いたいところだが、その前に確認したい事がある。

お前、────は使えるか?」


 その言葉に、ミラは若干の戸惑いを覚えつつも、「はい、使えます」と返答するのだった。




◇ ◇ ◇




 トーマスは、視界の端で捉えた光景に驚愕しながらも、状況をどうにも好転させられない現状に歯軋(はぎし)りしていた。

 ミラが野盗に連れ(さら)われているものの、新種が繰り出す攻撃の速度が若干上がったせいで、そちらにまで手を回す余裕が無かったのだ。


 トーマスは、ガイアの策に乗った事を後悔していた。

 あの時は、確かにガイアの言う事にも一理あった。

 だが、現実はどうだ。

 野盗の内の一人が新種の攻撃からミラを救出するのを装って、どこかへ連れ去ろうとしていたではないか──と。

 しかし、救出しようにも、この新種は自分達の手では到底倒せない。

 八方ふさがりの現状に、トーマスの心には、ただただやり場の無い怒りが溜まっていった。


 だが──


「トーマスさん!」


後方から聞こえたその声の主の方へと顔を向けたトーマスは、驚愕のあまり目を見開いた。

 何故なら、そこに立っていたのは他でもないミラと、先程ミラを連れ去ろうとしていた黒髪の野盗であったのだから無理も無い。


「トーマスさん、戦いながら聞いて下さい!」


 ミラのその声で我に帰ったトーマスは、新種の攻撃に意識を戻しながら、その耳でミラの声を拾う準備を整える。

 そして、新種の攻撃の余波を避けたトーマスの耳に、ミラの言葉が届く。


「この方々と協力して、私に注意が向かないように引き付けて下さい!

そうして足元に注意が向かないように誘導して、そちらの白いバンダナの方が目を攻撃する為の隙を作り出して下さい!!」


 その言葉を聞いたトーマスは「あれか」と即座に知識の中から当たりをつけ、すぐに自分の戦い方を切り替える。

 魔法を詠唱している間は集中力を要する為、術者は完全に無防備になる。

 故に、新種の注意がミラに向かないようにする為にも、トーマスは中衛の立ち位置から、自ら前衛へと向かっていった。


 そして、その隣にもう一つの足音が連なる。

 それは、ミラに件の作戦を提案した、黒髪の野盗であった。

 トーマスは意識を前方の新種に向けたまま、野盗の男に冷たくこう言った。


「今回は特別だ。妙な動きさえ見せなければ見逃してやる。

だが、勘違いするなよ。あくまで仕方なくだ」


 その言葉が終わるのと同時に、トーマスとその男は魔闘衣を発動し、全く同時に加速する。

 危険と隣り合わせの賭けが、始まろうとしていた。

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