4─I
時は、霊神暦713年13月26日。
この日もガイアは、朝一番からトーマスと共に、日課であるトレーニングに励んでいた。
「193……、194……、195……」
上下する背中の上に胡坐を掻いて乗っているトーマスは、ガイアが顔から水滴を幾つも床に垂らしながら行っている腕立て伏せの回数をカウントしていく。
そして──
「……200。よし、交代だ」
ガイアが200回目を終えるなり、トーマスはそう言ってガイアの背中から降りると、自分自身も腕立て伏せの体勢を取って背中に座るよう催促する。
そうしてガイアが背中に座ったことを確認すると、トーマスはガイアよりもやや早いペースで腕立てを開始した。
一方、ガイアはトーマスの背中でカウントを取りつつ、魔力体術の修行も行っている。
アスナに魔力体術の指導を受け始めてから、早一ヶ月。ガイアの魔力体術の訓練は、第二段階である「静止状態で何か別の事を考えながらの魔闘衣の維持」へと移行していた。
「21、22、23、24……」
トーマスの上下する身体に乗って回数を数えつつ、ガイアは自身の身体に琥珀色の気を纏わせ続ける。
(これは……、意外と、難しいな……)
先程の腕立て伏せの疲労感が難易度に拍車をかけているせいもあるだろうが、それでこそ修行のし甲斐もあると言うもの。
これは自分のためだと、魔闘衣を自然に維持できるようになるためだと言い聞かせながら、ガイアは上下する身体の上でカウントを続ける。
やがて、トーマスの腕立て伏せも終了し、ガイアは魔闘衣を解除してその背中を降りる。
すると、トーマスはタオルで汗を拭きながらこう言った。
「第二段階、意外と難しいだろ?」
「ええ……。途中で何回か途切れちゃいました」
こればっかりは慣れと修行だけだからな、とトーマスは笑う。
これが出来なければ、戦闘中に使うことなど到底出来ない。
更に──
「それで良いんだよ、最初は誰でもそんなもんだ……って言いたいところだけど、お前の場合は数年分の修行期間に追い着かなきゃならないからなぁ……」
そう。ガイアは、本来冒険者を志す者であれば13歳から始めていたはずの訓練──即ち、普通の人間が四年半続けていた修行量に、追いつかなければならないのである。
その為にも、ガイアは何気ない日常の中で魔闘衣を維持するということが日課になりつつあったのだ。
そして現に今、トーマスと話しながらも、ガイアは魔闘衣の維持を行っている。そして勿論、座り方は坐禅である。
「まぁ、死なない程度に死ぬ気で頑張れ」
「それ、どっちですか……。ふぅ……」
喋りながらの維持に精神の疲労を感じ、ガイアは魔闘衣を解除する。
「俺も、早く部位強化やスキルを使えるようにならないと……」
「まぁ、お前はかなり早いペースで進んでるし、それもそう遠くない内に出来そうだけどな」
「……どうでしょう。基礎の後の応用は、ちょっと自信無いです……。
魔力体術込みで出来るようになる前に、リンゴを地の握力で握り潰せるように……なんてことにもなりそうですし」
事実、ガイアは基礎部分だけについては異例の早さで修行を進めることが出来ると確信していた。
何故なら、基本的な戦闘技術については「戦闘技能」の加護がその効力を発揮してくれる。
だが、その加護が働くのはあくまで基本的な部分だけで、応用部分については、文字通りガイアの独力で磨いていかなければならなくなるのだ。
「なら、どっちが先か賭けるか? 負けた方が腹筋立て伏せ20回で」
「全力で辞退させて頂きます」
笑顔が思わずヒクついたガイアに対し、「冗談だよ」とトーマスが返す。
しかし──
「でも、お前が先に部位強化出来るようになったら、もしかすると俺が凹むかもな」
「へ?」
その後に続いて発せられた、トーマスの珍しく弱気な言葉。
ガイアは思わず、どういうことなのか聞き返してしまう。
すると、トーマスは落ち着いた口調でこう言った。
「アスナは、ジーノさんに師事した時……10歳の頃から、ずっと修行を積んでるんだよ。
そんで、学校の"冒険者/傭兵コース"の教育課程で魔力体術を習うのが13歳だから、あいつはその分先を行ってるんだ。
だから、魔力体術に関しては、あいつが頭一つ抜けてるのは確かだ。
俺も、部位強化はかなり苦労したからな」
それは、同業の先輩としての悔しさだろう。
「……本当に大変なんですね、魔力体術を磨くのって」
それを悟ったガイアは、自分が行こうとしている道の険しさがどれほどキツい物であるのか、薄らと察知せざるを得なかった。
「奥が深い、とも言えるけどな」
困ったように笑いながら、トーマスは言葉を続ける。
「まぁ、戦闘中に最低でも魔闘衣は使えるようにしとかねぇと"E+"辺りからキツくなって来るから、それだけはなるべく早くモノにしとけよ?」
その言葉に、ガイアは力強く頷いた。
そして──
「……さて、そろそろ再開しようぜ」
その言葉で思わずハッとしたガイアは、すっかり中断してしまっていたトレーニングを急いで再開するのだった。




