3─XIV
Q:魔闘衣で限界以上の強化を施そうとするとどうなりますか?
A:超過分の魔力が無駄になります。
それからというもの、ガイアは基礎練習である"静止状態での魔闘衣の維持"を繰り返した。
しかし、維持しようとするガイアの意志と、それに抗う魔力のせめぎ合いは、確実にガイアの精神を削り取っていた。
そして、三度目の練習を行おうとしたその時、ガイアの身体に一つの異変が起こる。
「あれ……?」
ガイアが全身に行き渡らせるための魔力を掬おうとしたその瞬間、視界がぼやけ、身体は重力の働くままに床へと倒れ込んでいたのである。
「え!? ちょっと、大丈夫!?」
あまりに突然のことで頭が理解に追いつけなかったのか、一瞬遅れてガイアの身を案ずるアスナの声が部屋に響く。
そして一方、ガイアは意識がハッキリとしているにも関わらず、全身にうまく力が入らない状態に陥っていた。
「え……、何だ、これ……?
力が……、入らない……っ」
ガイアは意識がハッキリとしているためか、思うように動かない自分の身体に困惑し、その慌てようが思いっ切り顔に出ている。
そして、そんなガイアの有様を見たアスナは、ひとつ思い当たる事があった。
「ガイア、落ち着いて。
それ、多分"魔力切れ"よ」
「……え?」
魔力切れ。
その初めて聞いた言葉の意味を、ガイアの頭が理解するのに1秒。
「魔力切れ……?」
あまりにも拍子抜けな現象に、ガイアはオウム返しで尋ね返すのが精一杯であった。
「うん、魔力切れ。
文字通り、魔力の使いすぎで体内の残存魔力が空になった状態よ」
そのアスナの言葉に、ガイアはポカンと開いた口が塞がらなかった。
「私の魔力を少し受け渡すから、手、握るわよ。
流れてくる魔力を感じたら、あんたはそれを体内に吸収していく感じで吸い取って」
アスナが放り出されたガイアの手を掴み、魔力がガイアの身体へと注ぎ込まれる。
ガイアは言われるがままにアスナから流れてくる魔力を吸収しながら、「あ……、アスナの手、マメが潰れた痕が沢山……」等とぼんやりと考えていた。
やがて、アスナはある程度の魔力を受け渡したタイミングで手を離し、こう言った。
「はい、そろそろ十分回復したはずよ。
後、今回は町中だから良かったけど、町の外……と言うより、黒の魔力比率が高い所では、魔力切れは絶対に起こさないようにしてね?」
「え……? それは、何で?」
「絶対」という念押しに、身体を起こしたガイアは思わず尋ね返す。
すると、アスナは何時になく暗く、真剣な面持ちでこう答えた。
「魔物に"堕ちる"からよ」
「……へっ?」
魔物に"堕ちる"。
その言葉の意味を理解するまでに、何秒掛かっただろう。
数秒のようにも思えるし、十数秒にも思えてしまうような、そんな感覚。
「人間が……、"魔物になる"って事か……?」
ようやく絞り出せたのが、その言葉であった。
しかし、その問い掛けにアスナは一瞬引きつったような表情をするが、何やら言いたい言葉を飲み込んで解説を行う。
「今の魔物図鑑には載ってないけど、昔、大魔法時代って呼ばれる時代に発行された初版には載っていたらしいわ。
そして……、毎週のように、世界各地でそうなった人の介錯が行われていたっていう記録もあるの」
まさかそんなことはあるまいと思いつつ、アスナは静かな怒りを悟られぬように、もう少し詳しい説明を行った。
しかし──
「介錯……?」
その言葉を聞いたアスナは、今度こそ驚いたように目を丸くさせ、ため息をつきながらこう言わざるを得なくなった。
「"契約者が任務において、同行者、あるいは契約者本人、又は、契約者がその現場において認識した第三者が、何かしらの理由により魔物化していると判断可能な状況に遭遇した場合、契約者、及びその同行者には、介錯の義務が発生する。
但し、その魔物化した相手に契約者、及びその同行者の実力が著しく劣っている場合や、その他何らかの不利的要因が発生した為に介錯が不可能だと判断される場合は、介錯の義務を放棄しても良い。
但し、介錯の義務を放棄した場合は、速やかに最寄りのギルドへ報告し、他の同業者への介錯の依頼の報酬金の一部を都合する義務が課せられる。"
……あんたがサインしたギルドの契約書に、確かにそう書かれてるはずなんだけど?」
「へ……?」
アスナにそう詰め寄られ、ガイアは思わず苦い顔付きになる。
ガイアがサインした冒険者ギルドの契約書は、一番最初の契約の折に、契約内容を記載した物を含む手引き書──要するに、「便覧」がガイアに渡されているのだ。
しかし、元現代人であるガイアは、インターネットの契約内容確認よろしく、便覧の冒頭部分に記載されている契約内容を一々細かく再確認するはずも無いわけであり──つまり、その便覧は現在、自室の机の引き出しにしまい込んだ状態になってしまっているのだ。
「まさか、貰ったきり契約内容の部分を一度も再確認してないなんて事……無いわよね?」
アスナは、仲間になりたそうなものではなく、疑いに満ちた目でガイアをじっと見つめる。
しかし、ガイアは目を合わすことが出来ず、申し訳なさそうに右斜め下へと視線を泳がしながら顔を俯かせてしまう。
「一度でいいから読み直しておきなさい」
きつめの口調でそう言われ、ガイアは冷や汗を流しながら頷く他なかった。
しかし、ガイアが本当に聞きたいのはそこではない。
「あの……、一つ質問」
ガイアのその言葉に、アスナは軽くため息をついて「どうぞ」と言う。
そして、それを確認したガイアが発したのは──
「そもそも、"かいしゃく"の意味が分かりません……」
それは、その契約内容の確認以前の問題であった。
アスナは軽く眉毛をひくつかせると、仕方ないと言わんばかりにため息をつき、ガイアの目を真っすぐに捉えてその意味を教える。
「……魔物化した人を、殺す事よ」
それから数秒の間、静寂の時間が二人の間に訪れた事は、最早言うまでもない。
介錯:切腹する人の首を切り落とす事。また、その役の人。
この世界では「魔物化した人間に対し、法的な義務に則って行う殺害処置」という意味である。
─用語データ─
◎魔力切れ
文字通り、体内の魔力残量が空になる事で起こる症状。
自然回復する量や体内の魔力残量を考えずに魔力を使い続ける事で発症し、魔力が一定量回復するまでの間、全身にうまく力が伝わらなくなる。
また、黒の魔力比率が高い場所で発症すると、その人間は体内に入り込んだ黒の魔力によって魔物に変化してしまう。




