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魔法剣士ガイア  作者: ふぉるて
第3章「胡蝶の決意」
44/156

3─I

胡蝶:蝶の異称。

 ガイアが異世界に転生してからひと月以上が経過し、日付は12月23日。

 この頃のガイアは、城下町の北西部(施設エリア)に存在する図書館に通うのが日課になっていた。

 そして、ガイアは玄関をくぐり抜けると、受付で個室の自習スペースの手続を行う。

 すると、最近足繁(あししげ)く通っているからか、受付の女性がガイアにこんな質問をする。


「あの……、近頃よくご利用頂いてますよね? 何を自習していらっしゃるんですか?」


「あー……、ただの一般常識や冒険者の仕事に関係ありそうな知識について、必要だと思う物を兎に角頭に叩き込んでるんです。

俺、実は記憶喪失でして」


 ガイアのその言葉を聞いた女性は、驚いたと言った様子で目を丸くさせた。

 そして、「くれぐれも、お疲れの出ないようにして下さいね?」と言う言葉と共に番号札を受け取ったガイアは、お礼の言葉を告げて本棚へと向かと向かった。

 ここ数日で"地理掌握"の加護によって完全に場所を把握した本棚の脳内地図に従い、ガイアは「一般教材」の棚の列へと入る。

 その棚には、この異世界の義務教育に使われている教本が、ずらりと並んでいる。

 その中でガイアが集中的に読んでいるのは、「冒険者/傭兵」の札が打ち込まれた棚の本であった。


 今月上旬から読み進めていた『魔物図鑑大全 第3版』をようやく読み終えたガイアは、次に何の本を読もうかと吟味する。


(……よし、これにするか)


 そう決心して手に取ったのは、『冒険者/傭兵座学 職業編』と題された本であった。




◇ ◇ ◇




『第二次開拓期が始まる少し前、ヴィオールという名前の左大臣が居た。

そしてある日、彼は王から新大陸の調査隊を派遣する任を命じられ、新たなる開拓時代の責任を背負うこととなった。

彼は思わぬ大役を授かったことに心躍ると同時に、のしかかる責任の重さをしかと感じ取り、その役目を声高らかに拝命した』




『任を受けたヴィオールは各国に対し、調査隊の人材を募るよう懇願の文を出した。

そして、彼自身も城下町へと繰り出し、中央広場に募集の看板を立てて「我こそは」と言う者を募った。

結果、主に冒険者を生業(なりわい)とする者達が次々と名乗りを上げ、その数はおよそ150名にも上った』




『王国兵団の立ち会いの下で、実力試験が行われた。

試験の内容は苛烈を極め、その結果残ったのは、募集人数の半分にも満たない、たった47名であった。

この結果には、ヴィオール本人も目を丸くさせていた。

だが、他の町からも続々と試験を通過した者が集まり、その数は最終的に400を超えるまでになった』




『ヴィオールが任を受けてから、早三ヶ月。

新大陸の本格的な調査が、いよいよ開始される運びとなった。

港から三隻の船が出航し、船に乗った実力者達は、見送りに来た家族が見えなくなるまで手を振り続けていた。

今回新大陸に向かうのは、437人中の105人。

先遣隊として派遣される彼等は、今頃「誰が一番最初に新大陸の土を踏むか」といったようなことを腕相撲等で決めていることだろう。

彼等から一報がもたらされるのを、ヴィオール達は待ち続けた。

しかし、出発から二ヶ月が過ぎても、先遣隊の彼等が帰ってくることは無かった』




『「彼等に何が起こったのか、早急に調査隊を編成する必要がある」と、ヴィオールは言った。

地平線の向こうに、薄らと見える新大陸。

そこに向かった先遣隊は、出発から三ヶ月経過したその時も、誰一人として帰還を果たしていない。

ヴィオールは船を五隻手配し、残った332人の中でも特に強い者達を、調査隊として起用した。

先遣隊の時とは異なる、重苦しい空気が港を包んでいた』




『「船が帰ってきたぞ!」

誰かがそう言って、調査隊の紋章入りの帆が掲げられた船を指さした。

しかし、ヴィオール達の顔色は優れなかった。

何故なら、五隻出航したその船は、たった二隻しか戻って来ていなかったのだ。

「新大陸の魔物があんなに強いなんて聞いてねぇぞ!」

「勝てない訳じゃねぇが、あんなのと何度も戦ってたら流石に身が持たねぇ!」

痛々しい傷を増やして帰ってきた冒険者達は、口々にヴィオールに詰め寄った。

ヴィオールはそんな彼等に対し、ただただ謝る事しか出来ずにいた。

そして、彼は数多の命を死に至らせてしまった罪を背負い、自ら願い出てその職を辞した』




『ヴィオールが職を辞めてから、三年の月日が流れた。

新大陸の開拓事業は白紙になり、誰もが新大陸への進出を諦めていた。

だがそんなある日、王に謁見を願う一人の男が現れる。

それは、職を辞めてから農村へと移り住み、農業で日焼けして逞しくなった事で、すっかり別人と化したヴィオールであった。

「精霊が、私に道を示して下さいました!」

王にそう告げたヴィオールは、すぐに誰か一人、出来れば王国兵団から指名して自分に協力して欲しいと願い出た。

王は、他ならぬヴィオールの頼みとあって、すぐにその申し出を承認した』




『「剣に魔力を注ぎ、"渾身斬(コシンザン)"を使ってみて下さい」

ヴィオールの言葉に従い、両手剣を構えた兵士が、眼前の直径15cm程の丸太に狙いを定める。

そして、上段に構えられた兵士の剣が琥珀色の光を纏い、兵士はそれを勢いよく振り下ろす。

すると、丸太は確かに両断され、勢い余った兵士の剣は、地面へと刺さっていた。

「これが、"転職"による力です。これがあれば、新大陸の開拓も可能になるかと」

ヴィオールは、満面の笑みで王にそう言った』




『ヴィオールが見つけ出した"転職"という奇跡の技は、瞬く間に人々の間で話題になった。

特殊な配分で決められた素材を調合して作り出した"聖水"で身を清め、そうありたいと強く願うことで、戦士系四つ、術式使い系四つの合計八つの職業の内の一つに就くことが出来る。

そして、その職業に転職した者達の能力の伸びは、これまでの比では無かった』




『ヴィオールが転職の奇跡を生み出してから、四年の歳月が過ぎた。

そしてこの日、新大陸に向けて出航する船に乗るのは、転職して経験を積み、基本職の中でも「上級」と名の付く職業に見事転職できた実力者達である。

基本職や上位職、職業の相反関係等を知らない人間は、最早世の中には居ない。

そして今日は、実に七年ぶりとなる出航の日。

だが、あの時のような陰鬱な空気は、港のどこにも存在していない。

何故なら、今の彼等には力があるのだから』




『今、我々人間がこうして世界中に分布できているのは、今は亡きヴィオール氏が夢の中に現れた六霊神から授かったと言う、転職の奇跡のお陰である。

今や人類は、中央大陸とライル大陸の北部を除き、ほぼ全ての領域への進出を果たした。

しかし、ヴィオール氏の奇跡が無ければ、人類は今も、新大陸への進出を行えずにいただろう。

彼の偉大な業績に敬意を表し、この教本をここに(つづ)る』




◇ ◇ ◇




 『冒険者/傭兵座学 職業編』の序盤には、そうした数十ページに渡る伝記が記されていた。

 ガイアは現在のページをメモ用紙に書いて本を閉じ、ふと壁の時計に視線を移す。

 時計の針は正午を過ぎており、それを確認したのと同時に、ガイアの腹の虫が「ぐう」と鳴いた。


(……ギルドの食堂でも行くかな)


 ガイアは静かに自習室から撤収し、本を元の棚に戻して図書館を後にするのだった。

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