2─XII
─受注クエスト情報─
◎「タミアスタイガーを狩れ!」
依頼主:額に傷がある冒険者
ランク:F+
優先度:普通
場所:アインハルト王国領/ローネル森林地帯西部・エリアA
達成条件:タミアスタイガー1頭の討伐
特記事項:ランクE以下の冒険者のみ受注可
○依頼文
ベズアーと対を成すランクFの双璧、タミアスタイガー。
俺も、当時は奴に苦戦したもんだ。
だが、頼れる仲間と力を合わせれば、倒せない相手じゃない。
俺達の後輩はしっかりやれるって所、ビシッと見せつけてくれよな!
▼メンバー
アスナ(F)
ガイア(F/★)
シュウ(E)
フェズ(E)
ガイアが無事に退院してから四日が過ぎ、日付は11月16日。
この日、アインハルト王国から、冒険者の四人組が出発した。
一行が向かうのは、アインハルト王国から東へ一日半程歩いたところにある、ローネル森林地帯──その西半分に当たる領域の、「エリアA」に該当する区域である。
一行の先頭を行くのは、たった数日ですっかり"残念なイケメン"というイメージをガイアに定着させたシュウと、その同期であるフェズ。
そして、その後ろにガイアとアスナの二人が続く形で歩いていた。
今回の依頼は、シュウが先日の物体X騒動のお詫びをしたいと言う話を持ち出し、結果「ガイアが選んだクエストへの同行」という形でチャラにする事になったのだ。
そうしてガイアが選んだのが、ベズアーとランクFの双璧を成す魔物「タミアスタイガー」の討伐依頼だったのである。
そして、移動を重ねる内に日は傾き、一行は野営の準備に取り掛かる。
ガイアとシュウは支給品の二人用テントを二つ組み立て、アスナとフェズは夕飯の支度に取り掛かる。
やがて、準備を進める内に日はとっぷりと暮れ、照明の魔法具を灯して何箇所かに設置する。
焚き火の上に用意された鍋のシチューをよそったり、焚き火の傍で塩焼きにされた川魚等を頬張ったり。絶妙に美味しく調理された料理を前に、自然と四人の会話も盛り上がる。
そして、秋の爽やかな風が心地良く一行を吹き抜けてゆく中、ふとガイアがこんなことを尋ねた。
「そう言えば、先輩のお二人は、タミアスタイガーとの交戦経験はおありなんですか?」
「ああ、まあな。そもそもタミアスタイガーは、ランクEに上がる試験の依頼を受けるための条件として、ベズアー共々討伐した実績が必要になる魔物なんだよ」
「私達も去年のその時は、ミラさんとトーマスさんに力を貸して貰ったんですよ」
先輩の二人は、建前上記憶喪失ということになっているガイアに、優しく説明する。
「そうだったんですか……」
「魔物の図鑑を読んで、一通り頭に入れておいた方が良いぜ。
帰ったら、図書館で勉強すると良い」
「ありがとうございます」
シュウのその提案に、素直に感謝するガイアであった。
やがて食事も終わり、フェズが夜の寒さ対策用にマキナ草を煎じて薬湯を作り出す。
そして──
「よーし、んじゃ見張りの順番決ようぜ」
シュウの合図で、見張りの順番決めのじゃんけんが行われる事となった。
この夜営の順番決めは、意外な事に、皆本気で挑む。
何故なら、順番が一番先か一番後ろであれば、その間はずっとぐっすり眠ることが出来るからである。
逆に、四人の場合で一番辛いのは、三番目。
眠気が残る中呼び起こされ、四人目に交替した後は浅い眠りにしか就くことができないからである。
故に、四人は真剣な表情でじゃんけんの構えを取る。
「よーし行くぞー!
最初はグー! 出さんと負けよ、じゃんけんぽん!」
──あいこでしょ、あいこでしょ……。
そして、果てしないじゃんけんのあいこ連発の結果、アスナ、シュウ、フェズ、ガイアの順番に決まる事となる。
◇ ◇ ◇
そして日付が変わり、11月17日。
お昼前に目的地──ローネル森林地帯のエリアAに辿り着いた一行は、討伐対象となる個体を探して、森の中を慎重に歩き続けていた。
その先頭を行くのは、シュウ。その後に、ガイア、アスナ、フェズと続いている。
シュウはビーストの固有能力である嗅覚と聴覚を最大限に使い、依頼の討伐対象となる個体が居る方向へと進んで行く。
やがて森の視界が開け、前方に小川と草原が広がる場所へと一行は辿り着く。
そして──
「……居たぞ。あそこで水を飲んでる奴がそうだ」
シュウの小さなその声に、木々の影からその方向を観察する一行。
そこには、左後ろ足に依頼対象であることを示すピンク色のペイント塗料が付着し、小川の水をペロペロと舌で掬っている魔物──タミアスタイガーが、確かに居た。
そして──
(成る程……、あれが本当の"リストラ"か)
その全貌を見たガイアの第一印象は、そういうものであった。
何故なら、タミアスタイガーの外見は、虎の身体にリスの頭がくっついており──それはつまり、見事に"リストラ"としか言わざるを得ない生物となっていたのである。
しかし、尻尾の先まで含めて3mはある体躯に加え、それを支える四肢は人間に致命傷を与えるには十分な程、太く発達していた。
「……よし、周囲に他の魔物は居なさそうだ。
作戦は、俺が前衛、ガイアとアスナが中衛、フェズが後衛で頼む。
特にガイア、お前は動きが分からない内は下手に出たりしないで、距離を取って回避と行動観察に集中しろ」
「はい、分かりました」
普段の残念さからは到底想像できないような、至極適切なシュウの指示内容に、誰も異を唱えることはしない。
シュウは、その背に背負った両手剣の柄を。ガイアは片手半剣。アスナは槍。フェズは杖を。それぞれぎゅっと握り締め、奇襲の体勢を整えようとする。
しかし──
「……ごめんなさい、先輩。ちょっともう笑いを堪えられそうに無いです……っ!」
そう言ったガイアの口角はつり上がり、息も少しばかり笑いを堪えるそれになっていた。
「何がそんなにおかしいんだよ?」
シュウはそう言って、真顔でガイアに詰め寄る。
しかし、それはガイアの笑いを加速させるだけであった。
そして、それにつられたからかどうかは定かではないが、アスナとフェズも笑いが込み上げて来ているようであった。
「いえ……、そのっ、先輩の髪形が今日はより一層スパーキングしてるので……っ!」
「……?」
ガイアのその笑いの原因は、シュウの頭髪の寝癖であった。
そして、その寝癖をひと言で言い表すとするならば、まんま"千年に一度現れる伝説の野菜星人"なのである。
更に、シュウ本人が金髪であることも手伝って、ガイアの笑いは他の二人よりも一層深刻なものであった。
……唯一惜しむべきは、瞳の色が水色ではなく、黒であった事だろう。
シュウが寝癖を直さないずぼらな一面があることは、この数日でガイアもとっくに心得ていたはずだった。
実際、冒険者ギルドでは「シュウの本当の髪型は誰も知らない」とさえ言われている程である。
だが、今日のシュウの寝癖はガイアの腹筋にとって、ピンポイントで刺激が強すぎたのである。
その後、ガイアは息が出来なくなるほど笑い転げてしまい、一行がタミアスタイガーとの戦闘に踏み切れない事態になってしまったのは、ここだけの話である。
─用語データ─
◎ペイント塗料
専用の除光液を使用しなければ、毎日洗っても一ヶ月は落ちないピンク色の超べったり塗料。
依頼対象となる魔物にぶつける道具"ペイントボール"に使われている。
◎ペイントボール
単価:500G
ゴブリンの胃にべったり塗料を詰め込んで作られる手投げ玉。
依頼対象となる魔物に思いっ切りぶつけ、炸裂させる事でその魔物が依頼対象であることをマーキングする。
見れば一発で分かる視覚効果と、ビーストにしか感知できない独特の匂いで索敵を可能にする効果がある。
土が付着しても勝手に内側に取り込んでしまうので安心。




