2─IV
そんなこんなであっという間に朝の時間は過ぎ、時刻は8時50分。
ガイアはトーマスの言に従い、薬屋へ向かうために支度を調えて部屋の鍵を閉めた。
そうして階段を下りて玄関に向かうと、そこには見慣れた藍髪サイドテールの同居人が、いそいそと靴を履こうとしていた。
「あれ、アスナもどっか行くのか?」
「ガイア……? うん、そうだけど……、あんたも出掛けるの?」
「ああ。例の野盗に受けた右足の傷がちょっと痛んだから、念のために薬屋に行こうかなって。
アスナは?」
「私は、これよ」
アスナはそう言うと、壁に立て掛けてあった、穂先が布でくるまれた槍を持ち出した。
「槍? どうかしたのか?」
「うん……。リザードと戦った時に刃毀れしちゃって、それを治して貰いに武具工房まで預けに行くの。
薬屋もそこから近いし、ついでに案内した方が良い?」
「ありがとう、そうしてもらえると助かる」
それだけ交わすと、ガイアは靴箱から自分の靴を取り出し、足を入れる。
そして、現在の北東部から南西部にある武具工房に向かうため、中央広場を目指して歩き始める。
「あ、ガイア、ちょっと待って」
するとその道中、ふと何かを思い出したアスナはガイアを呼び止めるとその足を止め、腰の道具袋をごそごそと漁り始める。
そして、その中からアスナが取り出して見せたのは、綺麗に折り畳まれたハンカチであった。
「あ、これって……」
その無地のハンカチが何だったのか、思い出さないガイアではない。
それはジーノの葬式のあの日、修道院で涙を流すアスナに差し出した物である事を、忘れるはずがなかった。
「その……、洗い終わったから、返すわね。
……ありがと」
「いいえ、どういたしまして」
洗剤の匂いが仄かに香るそのハンカチを受け取ったガイアは、それをそのままポケットへと入れる。
そうして、二人は再び歩き始める。
やがて中央広場に出た二人は、南西に続く道へと入り、冒険者にとって欠かせない店や、その他の娯楽施設等が軒を連ねる通りへと入る。
アスナは「バナード武具工房」と書かれた看板が掲げられた店の前で足を止めると、ガイアに説明を始める。
「ここが武具工房。武器や防具の生産・強化・修繕を専門に扱ってるの。
そして、薬屋があそこ」
そう言って、アスナは道を挟んで反対側に連なっている建物の内の一つを指差し、ガイアはその店に掲げられた看板に目を移す。
そして、その「マキナの薬屋 アインハルト王国城下町支店」と書かれた看板に対し、ガイアは既視感を覚える。
「……ん? マキナって……、マキナ草と何か関係あるのか?」
それは、最初に森の中で一夜を明かした際に世話になった野草──マキナ草の名前であった。
「え、私あんたにマキナ草について教えたっけ?」
「いや……、実はアスナと出会う前、森の中で一晩過ごしたんだよ。その時に自生してた奴を使ってさ」
「ああ、成る程ね……。
そうよ、マキナ草のマキナ。マキナ草は、初代薬師マキナが一番最初に見つけた薬草なのよ」
「へぇ……。じゃあ、そのマキナって人の一族が運営してるのか?」
「そうよ。その末裔の一族が、世界各地で運営してるの。
……じゃ、遅くともまた今夜ね」
「ああ、また後で」
それだけ交わすと、ガイアはアスナと別れ、薬屋の看板が掲げられた店の玄関を空ける。
チリンチリンとドアの鈴の音が鳴り、開店直後の静かな店に来客を知らせる合図となる。
「いらっしゃいませー!」
はつらつとした女性の声がカウンターから響き、ガイアはそちらに視線を移す。
そこに立っていたのは、黄緑色の髪の毛をショートカットにした、ボーイッシュで可愛らしいクーリアの女性であった。
その胸に付けられた名札には、「店主 マキナ」と書かれている。
そしてカウンターのショーケースの中には、緑色や青色、赤色といった様々な色合いの半透明の液体が、これまた透明な瓶に詰められて陳列されていた。
ガイアはカウンターの前に立ち、自身の用件を説明する。
「あのー、すいません。知り合いにここを紹介されまして、怪我の診察を受けたいのですが……」
「診察ですね? 身分証はお持ちですか?」
「あ、はい」
身分証の提示を要求され、ガイアはポケットの財布からギルドカードを取り出し、それをマキナに手渡した。
そして、マキナが取り出した魔力認証装置に魔力を注ぎ、本人確認を行う。
「はい、確認終わりましたのでこちらはお返ししますね。
お姉ちゃーん、診察のお客さんだよー!」
すると、店の奥から階段を下りる音が聞こえ、お姉ちゃんと呼ばれた女性が姿を現し──ガイアは驚愕した。
(……え、あれ? 何これ、ドッペルゲンガー?)
ゴシゴシと目を擦り、思わず二度見する。
しかし、姿を現したお姉ちゃんと呼ばれたその女性は、どう見ても店主のマキナそのままの顔付きをしていた。
それ以外で違う点を挙げるとすれば、髪の先にウェーブが掛かっている事と、胸の名札に書かれているのが「店主」ではなく「医師」である事、そして白衣を身につけている事ぐらいである。
「お客様? どうかされましたか?」
「……え? あ、いや、その……、何でも無いです」
医師の方のマキナにそう尋ねられ、ガイアはようやく我に帰る。
その混乱をどうにか抑えながら、医師のマキナに案内されるまま、店の奥の診察室へと足を踏み入れるのだった。




