1─XVIII(☆)
「さて……、茶番は程々にして、いい加減本題に入ろうか。
……ジーノ、この子が最後に言いたいこと、聞いてやんな」
「そうか……。お前との思い出話もしたかったんだが」
「……残念だけど、そんな大層な時間は維持できないよ。親代わりのアンタが、しっかり聞いてやんな」
二人はそう言うと、共にガイア達の方へと身体を向ける。
場の空気が一変し、アスナは思わず深呼吸した。
──これで、最後なんだ。
アストリッドの覚悟と哀愁が混じった視線を受け、アスナは先程の言葉が冗談ではないという事を察した。
そして、アスナはジーノへと顔を向け、言いたかった言葉を、一言一言を確かめ、噛み締めるように紡いで行く。
「師匠……。私を命を賭けて助けてくれて……、本当に、ありがとうございました」
「何、俺はどのみち長くはなかった。それに、未来のあるお前を守るべきだと思ってそうしたんだ。
だが……、冒険者にとって一番大切なことを、まだ教えていなかったな」
「一番、大事なこと……?」
アスナが首をかしげ、ジーノは「ああ」とそれを肯定する。
一同は耳を澄まし、その言葉を捉える。
「それは、"何があっても生き延びる"という意思を持つ事だ。
勝つことよりも、負けないことを第一に考えろ。
そう言う奴が、冒険者の中で一番長く続いて行くんだ」
「え……」
ジーノのその言葉に、アスナはつい目を丸くさせてしまう。
すると──
「……死ぬな。
死にそうになったら、逃げろ。
そして隠れて、運が良ければ不意を突いて一気に仕留める……だったかい?」
そう言ったのは、ジーノの妻であり、長い間冒険者として共に行動し続けた人物──他でもない、アストリッドであった。
二人はそれに驚き、その方へと顔を向ける。
「昔、リーダーをしていた頃のジーノが口を酸っぱくして言い続けていた言葉だよ」
アストリッドは、当時を懐かしむようにそう告げる。
だが、コボルドに追い付かれ、絶体絶命の危機に陥ったアスナは、その経験から浮かんだ疑問をジーノに問いかける。
「……逃げることも、隠れることも出来なかったら?」
「その時は……、生きることから逃げるな。
どんなに格好悪くても、最後まで諦めずに足掻き続けるんだ」
その言葉を受け、アスナはあの時の自分の行動を思い出す。
疲労が蓄積していた為にコボルドに翻弄され、自分が生き延びられる未来が見えなくなり、アスナは生きることを諦めかけた。
だが、そこに駆け付けたのがガイアであった。
あの時声を掛けられなければ、アスナは生きるという意思を持てず、今ここに立っていなかっただろう。
しかし、一瞬とは言え、自分が生き延びる道を探す事を辞めたのは事実である。
アスナはその時の自分の行動を恥じ、ジーノの言葉をその胸に刻んだ。
すると、当時を懐かしむようにアストリッドがこう言った。
「なんとも"生真面目ジーノ"らしい、堅実そのものな作戦だったよ。
でも、そのお陰で私達のチームは誰一人として欠ける事無く、チーム解散まで活動し続けられたのも事実さ」
「アドルは足をやられて一足早く引退したがな」
「あれは助けられた側も助けた側もちゃんと生き延びてるじゃないか」
「それもそうだな」
当時を懐かしむ会話に、二人は笑顔を浮かべる。
そして、ジーノは改めてアスナを真っ直ぐに見据え、こう言った。
「俺は確かに死んだが、老いた俺の身体じゃ、生き延びたとしてもどの道長くはなかったさ。
それよりも、これからを生きるお前を守る。それがあの時、俺が取るべき最善の道だと考えたんだ」
そう言って、ジーノは優しくアスナの頭を撫でる。
抑えきれない涙が彼女の頬を伝い、魔法陣の布の上に落ちたそれは、幾つもの丸い染みを作り出していた。
「少なくとも、俺は学校の中でだけじゃ知ることが出来ない内容の半分近くは既に教えてやった。
残りは、お前自身で見つけ出して行くんだ。
……分かったな?」
「はい……っ!」
嗚咽混じりに、しかしはっきりとした声で、アスナは答える。
古き世代から受け継いだ心得を実践し、後世に伝える。
決意と共にその役目を背負ったアスナの瞳は、真っ直ぐジーノを見据えていた。
そして、別れの時もまた、刻々と近付いていた。
「ん……?」
ジーノは、自分の身体が動かしにくくなり、更に自分の指にひび割れが起こっていることに気付く。
それは即ち、動力源となっているアズライト鉱石の残量が、少なくなりつつあることを示していた。
「どうやら、もうそろそろお開きのようだね」
「そのようだな……。アストリッド、最後に頼みがある。
それから、アスナと……ガイア君、だったか。二人も聞いてくれ」
アストリッドに続いて呼ばれ、二人はピンと背筋を正す。
そして、時間切れが差し迫り、身体の末端にヒビが入り始めたジーノは、三人に対してこう言った。
「もう報告を受けているとは思うが、俺が戦ったコボルドが纏っていた"黒い瘴気"について調べてほしい。
あれは、変異種とは異なる異質さを持ち合わせていた。
だが、今はまだ何も分からない状態だ。二人も、もし仮に遭遇するようなことがあったら、慎重に行動するんだぞ」
「「はい!」」
二人の威勢の良い返事を聞いて、"英雄"は笑った。
その笑顔と言葉を、二人は永劫忘れる事は無いだろう。
しかし、その一方で──
「アスナ……、そう泣くな。
折角の綺麗な顔が台無しだぞ」
「う……っ、だって……、だって……!!」
子供のように嘔吐きながら、アスナは必至に言葉を紡ごうとする。
ジーノの身体を構築していた土にはヒビが入り、既に一部の表皮が剥がれ落ち始めていた。
そして、それと向かい合うアスナの顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。
すると、それを見て何を感じたのか、ジーノは気をつけで姿勢を正すと、大きな声でこう言い放つ。
「心得、一つ!」
「っ……、え……?」
あまりに突然の行動に、アスナは一瞬泣くことを忘れ、唖然とした表情になる。
「どうした、アスナ! 声が聞こえんぞ!!
心得、一つ!!」
悲しみから注意が逸れたそのタイミングを逃すまいと、ジーノはアスナに檄を飛ばした。
そして──それがジーノなりの悲しみの紛らわせ方だということを即座に悟ったアスナは、すぐさま気をつけをして姿勢を正し、心得の一つ目を声高らかに宣誓する。
「ひ……っ、一つ!
現場の状況は千変万化!
あるものを最大限に活かし、想定外の出来事にも慌てず、冷静に対処すべし!!」
その言葉を聞いたジーノの頬の土が僅かに綻び、薄らと涙が流れるような幻覚を見せる。
そして、送別の言葉を紡がせるため、ジーノは続きを言うようアスナに促す。
「心得、二つ!」
「二つ!
命を徒に散らすことなく、また他の命も共に守り通すべし!
ただし、外道と魔物はその限りに非ず!!」
アスナの声色が、先程よりも強くなっていた。
目の前で師匠の身体が崩れ落ち初めて行くという光景から湧き出る悲しみを紛らわすために、無意識にそうなってしまっていたのだろう。
「それでいい」と語るような微笑みを浮かべながら、ジーノは最後の言葉を振り絞った。
「心得、三つ!!」
最早、身体は大部分が崩れ落ち、大半が土へと戻ってしまった。
だが、この姿を見て嗤う者など、どこにも居ないだろう。
最期のその時まで弟子のことを想っていたからこそ、英雄は敢えてこうする事を選んだ。
それが、弟子の未来の為になることを願って──。
「三つ!!
冒険者とは、他人との友好あってこその生業也!
世話になった恩人、そして苦楽を共にした戦友の事を……っ、一生涯!! 決して忘れるべからず!!」
今にも泣き崩れそうなアスナの声が、部屋中に響き渡った。
そして、アスナの瞳からは、絶えず涙が溢れ続けていた。
しかし、その時のアスナの表情を、ガイアははっきりと覚えている。
「師匠……。今まで……、ありがとうございました……!」
先程まで師を形作っていた土塊を前に、彼女は静かにそう言った。
確固たる決意と、師から受け取った最後の真言。
それらをしかと胸に刻み、決意を固めた彼女の顔は、他の誰よりも凛々しいものであったという。
宣誓:多くの人の前で誓いの言葉を述べること。また、その言葉。
千変万化:色々様々に変化すること。
徒:無益であるさま。役に立たないさま。無駄で価値のないさま。
─キャラデータ─
◎ジーノ
享年:63
種族:ホムス
職業:治癒騎士
最終ランク:SSS
二つ名:英雄
アインハルト王国の修道院の院長にして、世界的に見ても数少ないランクSSS級の冒険者。
冒険者引退後に修道院長となった後、冒険者ギルドに保護された当時6歳のアスナを修道院で預かり、親代わりとなって育て続けた。
その後、アスナ本人の懇願もあって彼女の師匠となり、部分的に冒険者活動を再開した。
物語冒頭で黒い瘴気を纏ったコボルドの群れに襲われ、アスナを逃がす為に身を挺して戦ったが、全て倒しきれずに瀕死の重傷を負ってしまう。
そして、その現場に駆け付けたガイアに一か八かの覚悟でアスナの事を託し、そのまま息を引き取った。
よって、伝記『魔法剣士ガイア』に登場する人物の中では、一番最初に亡くなっている。
しかしその後、アストリッドの魔法によって「土塊傀儡に遺灰の残留思念を呼び起こして定着させる」という方法で一時的に蘇った。
その際に、アスナに伝え忘れていた最後の心得を教え、自らを死に至らしめた「黒い瘴気」についての調査を依頼し、ガイアとの邂逅を終えた。
Next Chapter:「始まりの日々」
To Be continued......




