1─XVII
「アスナ、ジーノと話したいことは決まったかい?」
暫らく考える時間を取り、頃合いを見計らってアストリッドが声を掛ける。
アスナはそれに頷き、アズライト鉱石の入った袋をアストリッドに手渡した。
アストリッドはその中身を取り出すと二人に背を向け、ジーノを模した傀儡の胸──心臓部に空いた穴へとアズライト鉱石をはめ込み、続いて地属性魔法で蓋をする。
そこまで終えると、アストリッドは二人に対し、魔法陣の外側に出るように促した。
「魔法陣が発動するまでの間は足を踏み入れないように」と釘を刺したアストリッドは、二人と同じく魔法陣の外側に出ると、その魔法陣に両手を当てて魔力を流し始める。
魔力を与えられた魔法陣は、インクの色である紫から、鮮やかな琥珀色へと次第に変貌して行く。
琥珀色に染まった魔法陣を構築する魔術式が輝くのと同時に、ジーノを模した傀儡──その心臓部から手足の末端へと、アズライトの蒼い光が脈を打った。
眩かった光は次第に穏やかになり、魔力を流し終えたアストリッドは、ゆっくりと立ち上がる。
そして、それと同時に、ジーノを模した傀儡の目蓋がピクリと動く。
アスナはその光景に驚きを隠せず、ついその両手で鼻と口を覆ってしまう。
一方ガイアは、未知の光景に高鳴る胸の鼓動を抑えつつ、事の成り行きを見守っていた。
そして──、遂にその目蓋が見開かれ、一度死んだその男はキョロキョロと周辺を見回した。
「ここは……、っ!?」
辺りを見回していたその最中、男は愛する妻と弟子の姿を視界に捉え、驚愕する。
「アストリッド……? アスナ……?
俺は……、夢を見ているのか……?」
「いいや。ジーノ、ここは現実だよ。
……全く、こんなにアッサリ死んじまうとは思ってなかったよ」
アストリッドは溢れる涙を手でひたすら拭いつつ、潤んだ声で椅子から立ち上がった男──ジーノにそう告げる。
「死……? そう言えば、俺は、確か……」
ジーノはやや混乱しながらも、落ち着いて記憶のパーツを組み立てる。
そして、それと同時に、視界の端に映った自分の腕に違和感を覚え、狼狽する。
「な……!? 何だこれは!? まるで……、土の塊じゃないか!!」
「ああ、そうだよジーノ。私が今使ったのは、そう言う魔法なんだ。
遺灰から本人の残留思念を呼び起こして、それを傀儡の身体に宿らせているのさ」
その言葉に、ジーノは驚愕し、息を吐きつつハハッと笑う。
「全く、お前という奴は……」
ジーノは半ば呆れ気味に、自分の妻の知能の高さに感心する。
そして、その視界の端に、見慣れぬ青年が映っていることに気付く。
「君は……?」
「初めまして、ガイアと言います。
あなたの最期を、看取らせて頂きました」
青年──ガイアのその返事を聞き、ジーノは思い出す。
自分の意識が途切れる寸前、あの現場に駆けつけた何者かに、無我夢中でアスナの事を頼んだことを。
その声が、自らを助けようと駆け寄った声の主と同じ物であるということを。
「君は……そうか、君だったのか。
アスナを、助けてくれたんだな」
ジーノはその事実に安堵すると、その足でゆっくりとガイアの前に近付く。
そして、自らの身体の前に右手を出し、ガイアに握手を促す。
ガイアもその意思を汲み、土で作られたその手を右手で握り返す。
「心から礼を言う……。本当にありがとう」
「いえ……、あなたを助けられず、申し訳ありませんでした」
「過ぎたことを悔いてもしょうが無いさ。
たった一人でも、若い命を守る事が出来た。それが確認できただけでも充分だ」
そう言ってハハッと笑いながら、ジーノは握手の手を解く。
そして、その視線を、チラリとアストリッドを挟んで反対側に居るアスナへと向け、歩み寄る。
「アスナ、よく生き延びたな」
「いえ……。私、ガイアが、師匠が死に際に私を助けるように頼んだ人だって知らなくて、その、槍を……」
「何?」
その言葉に驚いたジーノは、再びガイアの顔を見る。
その右頬には、まるで槍の一閃が掠めたかのような、真っ直ぐな傷痕が残っている。
その肉は抉られている為、その傷痕は一生残り続けるだろう。
それを悟ったジーノは、ガイアに問いかける。
「何故、アスナは君に槍を?」
その質問に対し、ガイアは全てを正直に告白する。
自分がこの世界とは異なる世界から転生して来たこと。
六霊神から、この世界を救うために戦って欲しいと頼まれ、様々な加護や装備を貰ったこと。
そして──、身分証明できるものを持っていなかった為に、アスナと一戦交えることになった事を。
「はははっ、何だ、つまりそれはそういうことか? 六霊神は、意外と抜けてる所があるんだな」
「まあ、俺もそこには思い至りませんでした。
まさか、身分証明持ってないことがこんなに危険だっただなんて、思いもしませんでしたよ」
あうあうと戸惑うアスナを余所に、一同はカラカラと笑う。
そして、アストリッドがフォローを入れる。
「まあ、確かにそれは、疑うなと言われても無理があるね」
「ああ。……しかし、無我夢中だったとは言え、そんな男とは分からずにアスナを任せてしまったとは……俺も老いたもんだ。
だが、君がこうしてここに居ると言うことは、君は少なくともそういう輩じゃないことは明白だ。
これからも、アスナの仲間として、よろしくやってくれ」
「分かりました、ありがとうございます。
……アスナさん、これからも末永くよろしくお願い申し上げます」
「ちょっと……、何その付き合いたての彼氏みたいな……」
話の流れからアスナがそんなツッコミを入れようとした、その時。
ジーノとアストリッド夫妻の目が、悪いことを思い付いた光でキラリと輝いた。
「アスナ。もういっそ、彼とお付き合いしてみたらどうだ?」
「……へっ!?」
その突然の提案に、アスナは素っ頓狂な声をあげ、ガイアも目を点にさせて唖然となる。
そして、その夫の考えを読み取ったアストリッドが、それに便乗する。
「へえ、それは良い考えじゃないか!」
「ちょっ……、アストリッドさんまで何言ってるんですか!?
ちょっと、ガイアも何とか言いなさいよ!」
しかし、アスナの抵抗空しく、ガイアが言葉を組み立てようとする内にアストリッドが言葉巧みにまくし立てる。
「仮にも、一人の男を傷物にしてしまったんだ……。その責任は、男女の付き合いを経て償い続けなければならないだろうな……」
さも残念そうに、さも深刻そうに、わざとらしく溜め息をつきながら告げるアストリッド。
二人は顔を赤くさせて狼狽し、困惑するが──
「……すまん、冗談だ」
くっくっ、と笑いを堪えながら告げるアストリッドに、二人は大きく息を吐く。
そして、ガイアはジーノ、アスナはアストリッドをそれぞれキッと睨みつけ──
「「そういうの止めてください!!」」
最後まで息ぴったり、全く同じ台詞を言ってしまう二人なのであった。




