1─XV
相も変わらず物が散乱している研究室に通されたガイアとアスナは、慎重に足の踏み場を確認しながら、場当たり的に片付けられたのであろう場所に設けられた魔法陣の描かれた布へと近付いて行く。
そして、慣れた足取りで先に辿り着いていたアストリッドの目の前──魔法陣の描かれた布。その中央に鎮座している物へと視線を移す。
布を被せられたそれは、まるで椅子に座った人間のような、そんな形を醸し出していた。
そして、アストリッドがその口を開く。
「アスナ。アンタの心残りは、私の心残りでもある」
「え……?」
「アンタも私も、ジーノともう一度だけで良いから、話したい。
そうだろう?」
アスナは言葉は返さず、ただ頷くのみ。
それを確認したアストリッドは、優しい声色のまま、言葉を続ける。
「そこの坊やから、アンタがそう言ってたって聞いてね。
それで、私はその話に乗っかる事にしたんだよ。
"私の研究のため"なんて依頼文で騙してしまって、済まなかったね」
そう言って、アストリッドは深く頭を下げる。
だが、アストリッドが顔を上げても、アスナは未だ混乱の渦中にあった。
そして、ようやく頭の中でまとまった質問を、アストリッドに尋ねる。
「え……? いやでも、師匠と話すと言っても、生き返しの魔法はそもそも架空の存在じゃ……」
「違うんだよ、アスナ。これを見ておくれ」
すると、その質問を予測していたアストリッドは、その両腕で魔法陣の中央に鎮座していた物に掛けられていた布を取り払う。
そして、その姿を現した物に、二人は驚愕する。
何故ならそこには、アスナの師匠──ジーノそのものを模ったような土製の人形が、椅子に座る形で置かれていたのだから。
しかし、その全身は全てが土気色であり、胸の部分には不自然な空洞の穴が空けられていた。
それを見て、アスナは戸惑いつつもアストリッドに尋ねる。
「これは……、傀儡ですか?」
「ああ。一人の傀儡士に協力者になってもらって、ジーノの遺灰を混ぜた土で作って貰ったのさ」
「「遺灰!?」」
アストリッドのあっけらかんとした答えに、ガイアも驚愕した為に声が被る。
その現象によって、更に「え?」となるアスナであり──
「何であんたも驚いてんのよ……」
「いや、俺は"何らかの形で実現できる用意はしておく"としか聞かされてなかったから……」
「ああ、そう……」
そう説明されると、納得した様子でアストリッドに向き直った。
「安心しな。ちゃんと修道院の了承を得て受け取った物だし、実際に使ったのはその半分程度さ」
二人の不安を察し、アストリッドがそう補足した。
そして、アストリッドは遂に、今回の魔法の内容を発表する。
「今回行うのは、"遺灰からその人物の残留思念を呼び起こして、傀儡の身体にその意識を定着させる"って魔法なんだよ。
これに必要な属性は炎、雷、地の三つだから、属性に関しては全く問題ない。
ただ、この魔法には一つだけ、どうしても足りない物があったんだよ」
「それが、アズライト鉱石なんですか?」
ガイアのその問いに、アストリッドは頷く。
そして──
「アズライト鉱石が有している、"命の力"がどうしても必要だったのさ」
その鉱石が必要となった理由を、二人に説明する。
すると、その説明にアスナが口を開く。
「え……、ちょっと待って下さい! 命の力って何ですか!?」
「アズライト鉱石だけが有する、不思議な力さ。
今分かっているのは、これがあれば傀儡に"意思"を与えたり、魔法や薬では治療が難しい状態の人間を治癒する事が出来るって事ぐらいだね」
アッサリと返ってきた答えに、二人は唖然とする。
そして、ガイアはこの時、何か重要な事を忘れているような感覚を覚え、必死に記憶を辿る。
あの時、アズライト鉱石のステータスには何が書かれていただろうか。
何故、アストリッドはメタルリザードについて先程尋ねてきたのだろうか。
メタルリザード、香草、メタルリザード、アズライト、メタルリザード、魔物──
(……"魔物"?)
そのワードが釣り針となり、引っ掛かった獲物を引き上げる。
『とある魔物が特定の条件を満たすと、その場所に生成される』
その一文を思い出すまでに、そう時間はかからなかった。
アストリッドはガイアのハッとした様子に気付いたようで、「まだ何かあるんじゃないかい?」と声を掛ける。
「ええ……。もう一つ、聞きたいことが出来ました」
「いいよ、言ってみな」
アストリッドのその言葉を受け、隣のアスナも耳に意識を集中させつつ、ガイアの横顔を見つめる。
そして、意を決したガイアは──
「アストリッドさんは……、アズライト鉱石がある場所にメタルリザードが現れるということを、既にご存知だったんじゃないですか?」
アストリッドの顔を真っ直ぐに見据え、そう問い掛けた。




