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魔法剣士ガイア  作者: ふぉるて
第1章「真言」
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1─XIII

「グワーッ! グワーッ!!」


 魔除けの香草の香りに耐えきれなくなったのか、メタルリザードは元来た道へと踵を返し、あっと言う間に洞窟の闇に紛れて見えなくなった。

 アスナはその道の入り口に香草を置くと、切り出しの作業を再開するべく足早にのこぎりの元へと帰参する。


「大丈夫かー?」


 アスナの身を案じたガイアの声が届く。

 全くの無傷であったアスナは「問題ない」と伝えると、鋸を動かしてサンプルの分を慎重に切り出す。

 そして、一辺十センチの正六面体を作り、測りでその重さを計測したアスナは、その重さから今回の必要量を切り出すための容積の計算を行う。


 そんなこんなで一時間以上が経過し、アスナは必要量のアズライト鉱石を切り出す事に成功した。

 そして、切り出した鉱石を入れた袋を持ち、ガイアの元に続く急な斜面を、垂らされたロープを使ってゆっくりと登って行った。


「お疲れさん」


 ガイアはそう言って腕を出し、アスナの腕を掴む。

 そして、最後のひと踏ん張りで、アスナの身体は元の坑道へと引き上げられた。


「ふう……、そっちこそね。それじゃ、帰りましょ?」


「ああ。……あ、落とすなよ? 鉱石絶対に落とすなよ!?」


「え……、ちょっと、いきなり真剣な顔でどうしたの?」


 アズライト鉱石が元の世界の金の倍近い相場価格であった事を思い出して念押しするガイアであったが、あまりの突然の言葉に、アスナはキョトン顔でそう答えることしか出来ない。


「えーと、アズライト鉱石の相場価格が、ステータス確認したら載っててさ……」


「そんなに高かったの……?」


 アスナのその問いに、ガイアは頷く。

 そして、「もしかして、ガイアの居た世界の金くらい?」と、恐る恐る尋ねるが──


「多分、知らない方が良いよ……」


冷や汗を流しつつも、壁に空けた穴を地属性魔法で修復しながら答えたガイアのその言葉に、思わず唾を飲み込まずにはいられないアスナなのであった。




◇ ◇ ◇




 坑道の元来た道を戻り、二人が外に出る頃には既に日は傾き、辺りは朱に染まり初めていた。

 今日は疲れもあるので、出発するのは明日にしようという結論に至った二人は、ギルドが管轄している休息所──かつて鉱夫達が利用していたのであろう寮の中で一夜を明かすこととなった。


 ガイアはギルドから支給された鍵で建物の玄関を開けてドアノブを捻り、慎重に内部へと脚を踏み入れる。

 その後にアスナも続き、僅かに埃が積もった空間を警戒しながら歩みを進めて行った。

 そして、途中で二手に分かれた二人は広い屋内を異常が無いか巡回し、再び玄関で合流する。


「合言葉は……"羊と牙狼"」


「"大嵐の夜"……あんたは本物ね」


 合流し、前もってガイアが決めた合言葉を確かめた後、二人は互いに結果を報告する。


異常無し(クリア)だ」


「こっちも異常無し(クリア)よ。後、調理場にこれがあったわ」


 そう言って、アスナは一冊の手帳を差し出す。

 表紙が色褪せたそれは、どうやら過去に訪れた人間がこの周辺で採れる季節毎の食料を記し、それを他人の為にと残したもののようだった。


 今の暦は11月。この異世界の一年は十六ヶ月に及ぶ為、今は"初秋"に当たる。

 二人はそこに該当するページを参考にし、周辺で採集を行った上で夕食を摂る事となった。

 そして、ガイアは再びアスナと分かれ、アスナが向かった方角と反対の方で食料調達を開始する。


(確か手帳の情報だと、この辺りに明日葉が……)


 明日葉を探し、草木をかき分けて鉱山の外周に広がる森を進むガイア。

 「地理掌握」の加護のお陰で帰り道には困らないため、ガイアは背の高いススキを遠慮無くかき分けながら歩みを進める。

 そして、一斉に視界が晴れ、急に開けた場所に出るが──


「っ!?」


刹那、開けた場所に踏み出したガイアの右足に、突然鋭い痛みが走る。

 ふとその足を見てみると、膝小僧の右脇の服が裂け、そこに出来た傷口から血が流れ始めていた。

 目で追ってみると、その軌道の先の地面には、一本の小さなナイフが刺さっている。

 あまりに突然の出来事に、ガイアは何が起こったのか理解が追い付かなくなる。

 そして──


「ぐ……っ!?」


突然その傷口が熱を帯びて激痛が走り、額に嫌な汗が浮かぶ。

 それはとても耐えきれるような物ではなく、思わずその場にうずくまってしまう程の激痛であった。


「あんなガサガサ音立てて……、アンタ、常識が無いにも程があるッスよ」


 不意に前方斜め上の方向から、聞き慣れない男の声が聞こえ、ガイアは激痛に顔をしかめつつその方向へと顔を上げる。

 すると、白いバンダナを頭に巻いた褐色肌とつり目が特徴の男エルフが、木の上からガイアを見下ろしていた。

 そして、男は不思議と重量を感じさせない身のこなしで地面に飛び降り、「そんじゃ」とだけ言って背を向けて立ち去ろうとする。

 しかし、ガイアは激痛に歯を食いしばりながらふらふらと立ち上がり、背中の得物をその手に掴んでいた。


「……えっ!? ちょ、立てるんスか!?」


 振り返って目に入ったその光景に、褐色エルフの男は目を見開いて狼狽(ろうばい)する。


「生憎……、俺は頑丈なもんでね」


 ガイアは汗を流しながら、敵と見なしたその男に言い放つ。

 ガイアが立ち上がる事が出来たのは、他でもない「異常耐性」の加護のお陰で毒の効能が抑制されているからである。

 しかし、その我慢もそう長くは保たないだろう。

 その証拠に、ガイアが感じているその痛みは、徐々に酷くなりつつあった。

 毒が回って自由が効かなくなる前に、あの男をやらなければならない。

 そう決意したガイアの行動は、速かった。

 大地を駆り、得物を構えてガイアは男に肉薄する。

 しかし、その男は驚き顔をしつつも、その一振りをひらりと避けてしまった。

 その後も何度も振るうが、どれもひらりと躱される。どうやら、前もって風の支援魔法でも使っていたのだろう。

 襲い来る激痛のせいで集中ができず、魔法が使えないガイアの攻撃では、その男に掠り傷一つ付ける事すら叶わない。


 そして、ズキン、と我慢の限界を超える激痛が走ったせいで足がもたつき、ガイアはそのまま前のめりに倒れ込む形で転んでしまう。

 そして、そんな激痛に(うめ)くガイアの隙を、その男が見逃す訳も無い。


「まぁ、それ致死毒じゃねぇですし、もう十分もすりゃ動けるようになるはずッス。

そんじゃ、俺はこの辺で。これに懲りたら、次からは用心する事ッスね」


 男はそう言い残すと、その素早い身のこなしで投げたナイフを回収し、木の裏に置いてあった籠のようなものを背負ってあっと言う間に姿を眩ましてしまうのだった。

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