植物に愛され過ぎた少女
そこは都心の賑やかさからはあまりにもかけ離れた場所。
そこは植物とあまりにも関係が深すぎる村。
そんな場所では不思議な花が咲いている。
人間に寄生する花。パラサイトにしては美しすぎるその花は、確実に人間の養分を奪い血を奪い、そして最後には寄生した場所の活動能力さえも奪う。
その分寄生する範囲は少なく、そもそもの花の量もかなり少ない。
だから、ある時までは皆寄生される前に対処していたから花に寄生される人間は誰もいなかった。
でもとある少女は違った。
花とともに生まれ、花とともに育ち、だれよりも花を愛すその少女は自分から花に寄生されることを望んだ。
彼女は自分の足を花に捧げた。
彼女の足はもう寄生されきって、一ミリたりとも自力で動かすことはできないような状態だ。
移動は全て腕の力で行うが、やはり一人では充実した生活なんて送れやしない。
それでも彼女は植物に命を分けたかった。
とある男は彼女についてこう言った。
「この世にあんなに美しい人は他にはいない。」
とある女は彼女についてこう言った。
「この世にあんなに可哀想な人は他にはいない。」
でも一人の男だけは違うことを言った。
「彼女もまた自分と同じ人間だ。」
彼女の周りの人間に対して、一言だけそう言った。
彼は彼女のことを偏見の目で見なかった。
彼女は初めて聞いたそんな言葉がとてもうれしかった。
彼女はすぐに、彼の人柄に想いを寄せた。
でも、彼女は動くことはできない。
今日も彼女は足に絡みつく美しい花を眺めながら、一人、彼を待つ
ところで。花が彼女、アザレアを寄生してから10年がたっていた。
8歳の時に花に足を捧げ、16歳の時には彼女は自分の力で足を動かすことはなくなっていた。
彼女が彼に出会ってからも5年近くたっていて、彼女と彼の関係はより親密なものになっていた。
毎日午後三時、ハイアと呼ばれる彼は必ず彼女のもとにやってくる。
雨風関係なく、必ず毎日やってくる。
そして一時間ほど他愛のない会話をした後、自分の仕事に戻っていく。
お互いに思いを寄せ合っている彼と彼女は、何を言わずしてもお互いの好意を理解していた。
そして誰よりもお互いのことを知っていた。
だから、二人でいることに違和感はなく、ただただ安心感が二人の心の中にはあった。
ある日彼は彼女に
「好きだ。結婚してくれ。」
といった。
彼女は悩んだ。
結婚するとなると、長く一緒にいたいものである。
しかし、花の寄生があるとそうはいかない。
臓器の部分まで花の寄生が進んでしまえば、彼女の命はなくなってしまうだろう。
人の平均寿命の半分も、生きることはできない。
足首から始まった寄生は、今はもう膝の少し上まで到達している。
今はさほど早くない寄生の速度も花が増えるにつれてどんどん早くなるはずだ。
だから彼女は植物か彼かを選ばなくてはいけなかった。
植物は彼女にとって、今までずっと一緒に生きてきた大事な存在だ。人生そのものなのだ。
そして彼も、親がいない彼女にとっては貴重で大切な存在だった。
だから、容易に選ぶことはできなかった。
彼女は悩みに悩んだ。
やはり植物も彼も大好きだった。
日に日に悩みは頭の大半を占めるようになり、彼を見ても彼女は笑顔になれなくなった。
笑いたくても笑えなかった。
笑顔すら見せてくれない彼女に、彼はとうとう愛想を尽かせたようにこういった。
「しばらく距離を置こう。」
彼は彼女の方を振り返ることはなく、まっすぐ前を向いて去って行った。
彼女は動けないから、その後ろ姿をじっと見守ることしかできなかった。
次の日から、彼は来なかった。
彼のいない午後三時は、彼女にとってとても寂しいものだった。
毎日続いた他愛ない会話がないだけで、彼女の心は半分以上が削り取られたような気持になっていた。
いつしか彼女は彼のいない午後が辛すぎて、彼のことしか考えられなくなった。
足に寄生する花なんてほったらかしでひたすらに彼のことを考えていた。
そして彼女はついに、行動することを決意した。
彼を探すために。
力のない腕を使って、衣服を整え外に飛び出した。
足は引きずられる。だから花も一部、ぶちぶちと千切れていく。
すれ違う人たちが彼女のことを変な目で見た。手を貸すことはなかった。
それでも彼女はお構いなしで進む。
彼がどこにいるかなんて知るはずもなかった。
狭い彼女の世界では、彼の家や仕事をしている場所を知ることはできなかったのだ。
彼女は自分が住む村のことすら、何もわからなかったのである。
彼女が外に出たのは彼女の真上に太陽があるときだったはずなのに、いつの間にか日は落ちていた。
やはり彼の居場所なんてわかるはずもなく、彼女は足を引きずっていた。
自分の家からほとんど出たことがなかった彼女には、外の世界は広すぎた。
諦めても帰る道すら彼女にはわからなかった。
だからその場から動くことはできなかった。
すると正面から、前々からきめられた運命のように彼がやってきた。
「アザレア…。」
彼女はありったけの想いを込めて言った。
「ハイア、私は貴方を取るわ。花じゃなくてあなたを取るわ。」
彼女がそういうと、彼は申し訳なさそうに笑った。
彼女に大きな悩みを抱えさせてしまったことを悔やんだ。
でも彼は、嬉しかった。彼女が永く生きることを望んでくれたのがうれしかった。
そのあと彼女は自分の手で、足に絡みついた花を切り、ぶちりと皮膚から離した。
彼女はたった一種の寄生植物のせいで、広い世界を知ることがなかった自分がとても情けなく思えた。
花は、抜かれた瞬間枯れ果てて消えてしまった。
そして不思議なことに足に刺さっていた花の棘による傷痕は、花が抜かれた瞬間消えてしまった。
それが、花にとっての彼女への感謝の気持ちだったのかもしれない。
今は愛を取ったにせよ、それまで10年間も一緒に生きてきた主への感謝だ。
もちろん、花が消えても彼女の足は動かない。
もう二度と動くことはないが、彼女を助けてくれる人はいる。
だから、彼女は大丈夫なのだ。
彼さえいれば大丈夫なのだ。
移動雑貨屋をしている彼は、彼女に広い世界を見せようとした。
今までは自分の住む村だけで移動していた彼だったが、彼女と一緒に行動するに当たりその範囲を大幅に増やした。
もう、今日いる場所には二度と戻ってこないような勢いでいろんな場所に行くことにした。
すべては小さな世界の彼女のため。
そしてやっぱり小さな世界の彼自身のため。
二人は大きな世界を知るために、今日も町を進む。




