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転生したら、つるっぱげ  作者: 続けて 次郎


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2/4

第一巻・後半:頭皮は、世界でいちばん無防備だった

第四章:視線は、髪の毛よりも先に心を撫でる



帽子を飛ばしてしまったあの日から、

僕と月島澄の距離は、ほんの数ミリだけ縮まった。


それは、人差し指と親指の隙間くらいの距離で、

「近い」と言うには曖昧で、

「遠い」と言うには温度があった。


放課後、

並んで歩く。


彼女は相変わらず、

僕の頭を見ない。


正確に言えば、

特別なものとして見ない。


人は、気になるものほど見る。

事故現場とか、

傷口とか、

失敗作とか。


だから、

見られないというのは、

それだけで救いだった。


でも同時に、

怖くもなった。


この人は、

「知らない」だけじゃないか。


僕がハゲであるという事実を、

まだ処理していないだけなんじゃないか。


夕焼けの帰り道、

田んぼの水面が空を反射して、

世界が上下逆さまになる。


その真ん中を、

僕たちは歩いていた。


「真壁くん」


呼ばれるたびに、

胸の奥で、何かがひっくり返る。


「はい」


「帽子、今日は被らないんですね」


心臓が、

一瞬で乾いた。


来た、と思った。


世界が、

ようやく追いついてきた。


「……うん」


逃げ場のない返事。


彼女は、

少し考えてから言った。


「風、気持ちいいです」


それだけ。


評価も、同情も、

どこにもなかった。


僕の頭皮は、

風に晒されて、

初めて「外」と繋がった気がした。




第五章:ハゲは、集団になると弱い



人は、一人だと優しい。


二人になると、

確認し合う。


三人になると、

笑いを探す。


クラスメイトたちは、

ちょうど三人以上だった。


「あれ?真壁、今日帽子は?」


「つーかさ、

 思ってたよりガチじゃね?」


笑い声が、

僕の頭で跳ね返る。


反射した悪意は、

自分の顔を殴る。


それでも彼らは、

気づかない。


気づかないから、

笑える。


月島澄は、

その場にいた。


彼女は一瞬、

僕の方を見て、

それから彼らを見た。


「……それ、面白いんですか?」


声は小さかったけど、

静かに、刺さった。


空気が、

一度、止まる。


誰かが、

冗談だよ、と言った。


彼女は、

首を傾げた。


「冗談って、

 言われた人が笑うものじゃないですか?」


その言葉は、

剃刀みたいに、

無駄な部分だけを削いだ。


僕は何も言えなかった。


でも。


胸の奥で、

長いこと凍っていた湖に、

ひびが入った音がした。




第六章:触れられるということ



それは、

帰り道の出来事だった。


自転車のチェーンが外れて、

僕は道端で立ち往生していた。


彼女は、

何も言わずにしゃがんだ。


指が、

油で汚れる。


「月島さん、汚れるよ」


「大丈夫です」


そう言って、

彼女は立ち上がる。


その拍子に、

僕の頭に、

彼女の指が、かすった。


ほんの一瞬。


羽が触れたみたいに、

軽くて、

確かだった。


謝られると思った。


驚かれると思った。


でも彼女は、

何でもない声で言った。


「……あ、すみません」


それだけ。


僕の頭皮は、

雷に打たれたみたいに、

じん、とした。


触れられることは、

許されることだ。


そう、

初めて知った。




第七章:告白は、恐怖の別名だ



好きだと気づいたのは、

遅すぎた。


気づいたときにはもう、

逃げ道が全部、

恋に塗り潰されていた。


好きになってはいけない、

と思えば思うほど、

感情は増毛していく。


皮肉だ。


ある日、

彼女が言った。


「真壁くん、

 私、好きな人がいるんです」


頭の中が、

真っ白になった。


それは、

慣れ親しんだ色だった。


「……そっか」


声が、

やけに落ち着いて聞こえた。


彼女は、

僕を見て言った。


「その人、

 自分のこと、すごく嫌いなんです」


胸が、

締め付けられる。


「外見も、

 中身も、

 全部」


それは、

僕のことだった。


「……でも」


彼女は、

一歩、近づいた。


「私が見る限り、

 全然、そんなことない」


風が、

吹いた。


帽子は、

被っていなかった。


逃げ場は、

なかった。


「真壁くん」


呼ばれて、

逃げなかった。


「好きです」


世界が、

静かに、

肯定した。




第一巻・終章:頭皮は、愛を拒めない



「……僕は」


声が震える。


「ハゲてるし、

 自信もないし、

 たぶん、

 一緒にいると大変だよ」


彼女は、

首を振った。


「知ってます」


即答だった。


「全部」


それが、

一番、怖かった。


でも同時に、

一番、嬉しかった。


「それでも、

 好きです」


そう言って、

彼女は微笑んだ。


夕暮れが、

二人の影を、

一つに溶かす。


僕の頭皮は、

相変わらず無防備で、

相変わらず寒かった。


でも。


世界はもう、

敵じゃなかった。

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