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転生したら、つるっぱげ  作者: 続けて 次郎


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第一巻・前半:頭皮は、世界でいちばん無防備だった

プロローグ:死ぬ瞬間というのは、案外あっさりしている。



頭上から落ちてきたのは、人生そのものみたいに避けようのない鉄骨で、

気づいたときには、僕の視界は一度、真っ白に剥げ落ちた。


──ああ、これで全部終わる。


そう思ったのに。


目を開けたら、そこには天井があった。

しかもやけに近い。

近すぎて、世界が僕の頭皮にキスしているみたいだった。


「……眩しい」


声を出そうとして、喉がひどく乾いていることに気づく。

まるで長いこと、言葉を使わずに放置されていた楽器みたいだ。


ゆっくり上体を起こして、違和感の正体を探す。

そして、触れた。


――何も、ない。


あるはずのものが、ない。

それは、突然歯が一本消えていたときの感覚に似ていた。

いや、違う。

歯は舌で確かめられるけど、これはもっと広い。

もっと、露骨だ。


僕は、恐る恐る頭を撫でた。


つるり。


指が、思想を失った氷の上を滑るみたいに、

何の抵抗もなく、目的地を見失った。


「……は?」


声が、間抜けな音を立てて落ちた。


鏡を探して、部屋を見渡す。

知らない部屋だった。

知らない木目、知らない匂い、知らない空気。


壁に掛けられた、丸い鏡。


そこに映っていたのは――

見知らぬ男でも、老人でもなく。


完璧なまでに、つるっぱげの僕だった。


生まれたての赤ん坊の頭が、

人生を諦めきった大人の皮膚を被ったみたいな、

そんな残酷な完成度。


「……転生、した……?」


頭皮が、世界に対して丸腰だった。




第一章:髪の毛は、前世の未練だった



転生後の人生は、思ったよりも普通だった。


名前は、

真壁まかべ すすき


嫌がらせみたいな名前だが、両親は至って善良だった。

むしろ、薄くなったのは僕の頭であって、家庭の愛情ではない。


問題はただ一つ。


――僕が、物心ついたときからハゲていたこと。


赤ん坊の頃は「個性」で済んだ。

幼稚園では「たまご」。

小学校では「反射板」。

中学では「未来」。


未来って何だよ、と当時は思ったけど、

今ならわかる。

あれは予言だった。


思春期というのは、

全身がアンテナになる季節だ。


他人の視線は電波みたいに飛び交って、

少しでも受信感度が高いと、心が雑音で壊れる。


僕の頭は、

受信どころか反射していた。


太陽光も、蛍光灯も、

人の悪意も。


全部、容赦なく。


体育の時間、

女子の「見ないようにしてる視線」が、

逆にいちばん痛かった。


優しさは、

時々いじめより鋭利だ。


「ねえ真壁くん、寒くない?」


そう言って渡されたニット帽は、

毛布みたいに重たかった。


被った瞬間、

僕は「守られる存在」になった。


守られるってことは、

同時に「欠けている」と宣言されることでもある。


帽子の内側で、

僕の頭皮は静かに泣いていた。




第二章:頭皮は、心よりも正直だ



高校に入って、

僕は一つの決意をした。


恋をしない。


これは誓いというより、

避難経路の確保だった。


好きになって、

見られて、

触れられて、

幻滅される。


その未来が、

すでに完成図として見えてしまうから。


僕の頭は、

希望を育てる土壌じゃない。

雑草すら根を張れない。


そんなある日。


図書室で、

彼女に出会った。


本棚と本棚の間、

光が細く落ちる通路。


彼女は床に座って、本を読んでいた。

髪は肩まで。

柔らかそうで、

ちゃんと「生きている」髪。


なのに。


彼女は、

僕の頭を一度も見なかった。


目が合った瞬間、

彼女は笑って言った。


「そこ、空いてますよ」


まるで、

僕の頭に何があるかなんて、

世界でいちばんどうでもいいみたいに。


その笑顔は、

直射日光じゃなかった。


夕方の影みたいに、

ちゃんと、輪郭を残してくれた。


――この人は、

外見で世界を判断しない。


そう思った瞬間、

僕の頭皮が、

少しだけ、温度を持った。




第三章:恋は、帽子を脱ぐ勇気から始まる



彼女の名前は、月島つきしま すみ


名前みたいに、

余計なものが濁らない人だった。


一緒に帰るようになって、

話すことが増えて、

それでも僕は帽子を取らなかった。


取れなかった。


帽子は、

僕と世界の境界線だったから。


ある日、

風が強く吹いた。


まるで世界が、

僕の覚悟を試すみたいに。


帽子が飛んで、

くるくる回って、

地面に落ちた。


時間が、

一秒だけ、止まった。


彼女は、

僕の頭を見た。


でも。


目を逸らさなかった。


笑わなかった。


悲しまなかった。


ただ、

いつもの声で言った。


「……冷えますね。頭」


その言い方が、

あまりにも普通で。


僕は、

泣きそうになった。

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