エピローグ
そこそこ長かった第三部もおしまいです。
「あのあと、私達がどれだけ重労働を強いられたか! 大変だったんだから!」
「分かった。分かったって」
ルフィニアは息がかかりそうな距離で地団駄を踏み、冷や汗をかく俺からようやく数歩下がって、盛大にため息をついた。
「にしても、図太いねぇ」
父親の秘書の豪胆さに、ルーシュもくつくつと笑っている。
「そこで追求しないってのが、秘書の鑑というかなんと言うか」
際まで追いやられた俺は、ベランダにもたれかかった姿勢のまま飲み物の残りを飲み干す。強く握っていたせいで、折角冷えていたそれは温くなってしまっていた。
「幸いすぐに連絡が入ったから良かったものの……。心配したのよ」
「悪い」
結局、突き止めたかった真相はあちこちが穴だらけだった。どこで何がどう繋がっているのか、おぼろげでしかない。
「ま、こんなもんだろ」
「お前、色々と知ってて隠してるだろ」
「さーな。あいつは昔っからあぁなんだよ。なまじ力を持ってるから、飽きるまでやめない」
ルーシュの意味深な呟きを測りかねて追求しようとしたら、後ろでせっせとジュースを飲んでいたイリスの「ごちそうさまー」が聞こえた。
「フォルト、これおいしかったよ」
「よかったですね」
「こんど、ディーリアにも飲ませてあげたいなぁ」
そう言って笑う幼女の顔に翳りはない。イリスからディーリアへの友情には問題がないようだ。でも、逆はどうだろう?
事件のあらましを説明した時、懸念したのはそこだった。どうしても確かめたくて、ディーリアに「怖くないのか」と訊ねずにはいられなかった。
知らない大人達に捕まり、しかも外は血の匂いでいっぱいとくれば、恐怖に駆られても当然だ。けれど、少女はあっさりと首を横に振った。
『ううん。イリスちゃんと一緒だったから怖くなかったよ。友達だもん』
こちらが舌を巻かされてしまう。無知から来ているのではないことを、その真っ直ぐな瞳が証明していた。そうして二人は本当の友達になった。
「あ、あれみてー」
幼い声にはっとしてイリスの指先を追った。そこには一匹のコウモリが飛んでいて、口には何やら白いものを咥えているように見えた。
コウモリは羽音も立てずにこちらへまっすぐやって来ると、イリスの手にそれを落とした。白い封筒だった。
「ディーリアからだぁ!」
イリスは嬉しそうに叫び、友達から届いた手紙を見つめた。小さな贈り物ではあったが、彼女にはとても大きなプレゼントである。
「へぇ、手紙のやりとりなんてしてるんだな」
兄が言うと、妹は笑顔で頷いて俺にそれを預けてきた。今はパーティーの真っ最中だ。それに、今までにも何度か送られてきた手紙も、いつも自室で読むと決めていた。
開けたくてうずうずしているに違いないのに、ぐっと我慢している姿には周りの大人達も少し感激してしまう。
「えらいですね」
さらさらと手触りのよい頭を撫でてやると、えへへと笑った。そんな彼女の喜びの余韻が消えてしまう前に会場の灯りが消え、当主の声と共に最後の余興が始まった。
終
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
これまでで一番長くなってしまいましたが、なんとか終わらせることが出来ました。
お話の中でフォルトが言っている通り、まだあちこち書き切れていない部分がありますが、そこは改めて裏側を描いて、本当の終わりにするつもりです。
また読んで頂けると、本当に嬉しいです。




