第7.5話 ルフィニアの追及
ルフィニア視点もこれにて完結。あの時城で起こっていたこととは?ギャグオチです。
定時連絡が入らないことで俺達を心配したルフィニアは、不審な動きをしていたウィスクを追った。秘書である彼の行きそうな場所としては、ここ――ルーシュの部屋が挙がるのは当然だ。
案の定、書類の整理をしていた目的の人物を発見し、すぐさま問い詰めた。
「何を隠してるんです?」
並みの相手なら縮み上がる眼光に晒されて、相手は怯んだかに見えた。だが、そんな勢いで迫ってもウィスクの緩んだ表情を拭い去れるものではなかった。
「隠してるって、何をです?」
彼とて伊達にルーシュの右腕をやっているわけではない。きちんと向き直り、抱えた数枚の紙切れを落とさないようにしながら、逆に聞いてきた。その余裕たっぷりの姿には気圧されてしまいそうになる。
言い渋っていても仕方がない。ルフィニアは、定時連絡が途絶えていることを伝えた。
「遅くても昼には届くはずなのに……。何か知っているのなら、教えて下さい」
そう訊ね、先ほどは全く動じていなかった彼の顔が青いことに気がついた。
「確か、イリス様もご一緒でしたよね」
「はい。だから心配で。本当に何も知らないんですか?」
再度念を押す。すると、考え込んでいた唇から「実は」という言葉が零れた。
「兄さんが、今度のパーティーに面白い余興があると言っていたんです」
双子の兄の心の内が手に取るように分かる彼は、その口ぶりに引っかかりを感じ、詳細を聞き出そうとして口論へ発展してしまったのだという。
絨毯を運んだ時の騒ぎだとピンときた。聞き覚えのあったあの声は、シリアのものだったのか。
「余興って、何なのですか?」
「血の宴、としか答えてはくれませんでした」
吸血鬼のパーティーなのだから出て当然の単語だったが、なんともぞっとする響きにルフィニアも青くなる。
「何が行われるのかは分かりませんけど、もしフォルト達に関係があるのなら絶対に教えて貰わないと」
「でも、あのあと別れてから、兄さんの姿がないんです」
恐らくはその「血の宴」の準備でもしているのだろう。しかし弟にも明かさない余興とは、なんとも意味深である。
とにかく探そうということになり、共にあちらこちらを巡り歩いた。けれども、従者を見つけては訊ね、扉を見つけては開いたが、やはりどこにも求める人物の影はなかった。
最後に会場へ戻ってくると、さすがに疲れ果ててしまった。すでに準備は完了しており、人気は失せている。静まり返ったそこへ辿り着くと、二人は綺麗に並べられたテーブルの一角に腰掛けて休むことにした。
「……その余興には、旦那様も関わっているのでしょうか」
細かい刺繍が施された美しいクロスを指でなぞりながら、呟いたのはルフィニアの方だ。シリアはこの城の当主の側近だ。率先して動いているなら、指示を受けているのかもしれない。
「だとしたら最悪の場合、イリス様を危険に晒しているのは父親、ということになりますよ」
ウィスクは咎める口調で言った。それから体を強張らせる後輩を宥めるように、言葉を和らげる。
「いくら話し合っても、悪い方向へ行くだけです。まずは兄さんを見つけて、話を聞くのが先決ですよ」
「でも、シリア先輩は一体どこに……」
「呼んだー?」
ぎくっとしたのは、単に探し人の声がしたからだけではない。その声が、とんでもないところから聞こえてきた気がしたからだ。
「な、何か、聞こえましたよね?」
ルフィニアが言い、ウィスクも「えぇ」と頷いた。心なしか顔も強張っており、どういう表情をしたらいいのか決めかねているようだ。
「確かに聞こえました。……すぐ下から」
刺繍がうねり、白い布が翻る。テーブルクロスからのそのそと這い出てきた物体は、まさに二人が捜索していたシリアに相違なかった。
白っぽく汚れ、ほつれたり乱れたりしている髪と衣服を整えながら、よっと声をあげて立ち上がる。
「に、兄さん……?」
シリアの行動力は並々ならぬものがある。だが、今回はあまりにも突飛だった。
「二人で何やってるんだ、お茶?」
「な、『何やってるの』はこっちの台詞ですよ、先輩っ!」
頭を抱えたくなる。騒ぎの渦中にいる自覚はゼロのようだ。呆気に取られた分、その呑気さが気に触ってルフィニアはまくし立てた。
「ずっと探していたんですよ。一体、こんなところで何をしてるんですか!?」
「え、何って、パーティーの余興の準備。旦那様に頼まれて」
あぁ肩が凝ったなぁなどと言い、そこにあった椅子に腰掛ける。ルフィニアとウィスクはすでに驚きから席を立っており、見下ろす格好になった。
「じゃあ、やはりイリス様を陥れたのは旦那様!?」
「何かの間違いであって欲しかったのですが」
事態は最悪だ。今頃幼女がどんな酷い目に遭っているか知れたものではない。嘆きあっている弟と後輩に、しかし、シリアの反応は全く違ったものだった。
「二人とも、頭でも打った?」
「兄さん、とぼけるのはもうやめて下さい。全て分かっているんですから」
「見損ないました」
「ちょっと、何の話?」
ここまで来て口を割らないシリアに、ルフィニアは苛立ちを募らせた。瞳にはしっかりと侮蔑が生まれている。
「ですから、旦那様の命令で、イリス様とフォルトを地上に送ったんでしょう?」
「あぁ、ルーシュ様に手紙を渡すついでに、イリス様に外の世界を見せてやるようにって」
素直に頷く兄に、今度は弟が続けた。
「そして、そこで二人を消すつもりだった」
「はぁ?」
がたがたっ。座ったばかりの椅子を蹴散らすようにシリアが立ち上がり、三人はしばらくお互いを睨み合う。
「どうして旦那様がそんなことを。第一、消すって何だ? どうやって?」
「今、イリス様達がいる町は、吸血鬼に襲撃を受けているはずなんです」
『えっ』
寝耳に水の情報に、ルフィニアもウィスクに注目する。
「すみません。ルーシュ様に黙っているように言われていて。それに、何も分からない状態では、混乱させるだけだと思ったんです」
「そんな」
通りでイリス達のことを告げた時、顔色が悪くしたわけだ。ルフィニアは合点する一方で、体から血の気が引いていくのを感じていた。
「じゃあ、余興について珍しく追求してきたのは、疑っていたわけだ」
「ルーシュ様が、一応調べておけって言っていたからね」
「……悪いけど、こっちも驚いている側だ」
仕方がないと前置きして、シリアは話し始めた。
「あのな、余興ってのは、大量のグラスをそれぞれのテーブルに三角錐の形に積んで、上からワインを垂らす見世物なんだ」
「……え?」
「暗がりの中で下から明かりを当てて、血のように赤いワインを流す……。だから『血の宴』」
しんと静まる会場。先に反応できたのは、弟の方だった。
「旦那様の指示って」
「そ。グラスの準備と照明の調整。だからテーブルの下に潜ってたんだ」
「え~っ!?」
「じゃあ、勘違い……?」
もう何がなんだか。これではサスファのドジぶりを責めていられる立場ではない。
真実に迫る一瞬かと思いきや、ただの勘違いで人を悪者呼ばわりしただけだった。そのガッカリ感にルフィニアが激しく脱力していると、他の二人はそうではないようだった。
「まだ勘違いって結論は早いんじゃないか?」
項垂れていた顔を起こす。先輩従者は手を顎に当てて、何やら考えていたが、ふいに「一つ、気になることがある」と言い出した。
「準備はほぼ万端なんだが、ワインの準備だけは命じられていなくてな」
妙な話だ。グラスも照明も、ほぼ全てをシリアに任せているということは、事を密かに運びたいはず。それなのに、肝心のワインは別の者に用意させるというのは変だ。
「誰に頼んだのか、分からないんですか?」
「……確かめるのは難しいでしょう」
ウィスクが言う。何しろ城のトップだ。シリアは秘書だが、一従者に過ぎないのは他の人間と同様である。主が話したくないことを無理に割らせる力はない。
「ま、とにかく。今出来ることは一つだな」
何か手がかりがあるのだろうか。ウィスク達が注目すると、シリアは二人の手をしっかりと握って言った。
「全部話したんだから、準備、手伝って」
『……えっ』
みんながそれなりにシリアスしているのに、一人コメディーを演じさせられたルフィニアでした。次回、エピローグです。




