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吸血鬼な幼女様と下僕な俺  作者: K・t
第三部 海辺の町と潮風編
34/60

第5.5話 サスファの驚き

サスファ視点。宿に戻った彼女もまた、一息つく暇もなく。

 サスファが宿へ戻り、ディーリア達の無事を伝えると、留守番をしていた宿屋の青年・ヴァロアも一息ついた表情を見せた。


「妹さんが無事でよかったですね」


 息を切らせて帰ってきた彼女が、カウンター横に設置されたこぢんまりとしたスペースへ腰掛ける。軽く食事が出来る、テーブルと椅子があるだけの空間だ。

 ヴァロアの、ティーカップを置こうとした手がピクリと止まった。サスファが不思議に思って見上げると、彼は苦笑混じりに「違うんです」と言った。


「兄妹じゃないんです」

「え? 違うんですか?」


 てっきり、宿を切り盛りする兄妹だと思っていたサスファは虚をつかれた。カップに手も伸ばさず、ぼんやりと青年の顔を見やる。言われてみれば二人はあまり似ていない。


「私は少し事情があって、ここに置いて貰っているんです」

「そう、なんですか」


 不躾だったと謝ると、彼は笑って許してくれた。それでも足りない気がして、サスファは自分も似たようなものだと弁解する。ようやくお茶の香りが鼻へ届いた気がした。


「私も、勤め先の皆さんが優しくして下さって、家族みたいな感じがしてるんです」


 それがたとえ人にあらざる者に仕える身であったとしても。言外に含んだ意味を飲み込むように、カップを傾けた。温かいそれが、ノドを通って胃を満たしていく。


「それで、二人は何処に?」

「ふふっ。町の子達と一緒に……。あ、場所は内緒って約束しちゃったので、教えられないんです」


 可愛らしいイリスの楽しそうな様子を思い出し、笑みが零れる。口元に指を立て、笑うサスファを彼も咎めはしなかった。それを許さなかったのは別の声である。


「いや、話してもらわないとこっちが困る」

「えっ」


 戸が開く音と、入り込んできた風に振り返る。ゆっくりと立ち昇っていた湯気が押されて建物の奥へとなびく。立っていたのはフードを目深に被った紫のコートの男で、彼が何者なのかに気付くまでに数秒を要した。


「ルーシュ様っ!?」


 慌てて立ち上がったせいで、がたがたっと椅子が倒れかけ、ヴァロアがそれを押し留めてくれた。


「よぅ、そこの兄さん……ヴァロアって言ったっけ? 早いところお嬢さんを連れ戻さないとマズイことになるぜ?」


 近寄ってくるのに合わせて、うっすらと鼻をつき始めた匂いにサスファはドキリとした。あまりに馴染んだ、血の香り。明るいこの宿には不似合い過ぎるものだった。


「まさか」

「あぁ、食事なら済ませてきた。そろそろイリスにも喰わせてやらないとな。ま、問題はそれだけじゃないがな。町の空気が変わったのに気付かないか?」

「空気、ですか?」


 何だろうと思って外へ出てみると、確かに違和感を覚えた。なんだろう、正体の分からない異質な気配がする。


「奴らが動き出したんだ。ったく、こんな昼間から始めやがって。ひとの迷惑くらい考えろっての」

「『奴ら』?」


 空気がふっと呼吸を止めた。かと思うと、次の瞬間、強い風となって吹き付けた。


「きゃっ」


 髪に砂埃が入り込んできて、サスファは異質なものの正体を悟った。この風は乾きすぎていて、潮の匂いが全くしないのだ。遠くに聞こえていた人々の喧噪も、今は耳に届かない。


「誰も、いない?」


 導き出される恐ろしい結論に半信半疑の思いでルーシュを見ると、彼は自嘲的に笑って言った。


「そんなにハラが空いてるのかねぇ?」


 サーッと音を立てそうな勢いで血の気が引いていく。これは闇の生き物の仕業だ。混乱しかける思考の隅で、本能が警鐘を鳴らした。


「死にたくなかったら、俺の傍を離れるなよ」


 一瞬目を離したすきに、ルーシュの表情はガラリと変わっていた。舌打ちしかねない、怒りを秘めた瞳でこちらを見ている。でも、その怒りの矛先は自分ではない。


「お前やフォルトは特に狙われやすい。そのことを忘れるな」

「え?」


 すっと近付かれたかと思えば、囁かれた。


「何百年と俺達に仕えてきたお前らの血は特別なんだ。……旨いんだよ」


 ノドの奧でひっと声が鳴る。


「おっと、呑気に喋ってる場合じゃなかったな。……で、何処にいる?」


 こちらに口を挟ませずに一気に語った彼は、再び楽しげな口調に戻って笑った。

人をからかってばかりいるルーシュですが、面倒見はかなり良い方。

でも、サスファはフォルトみたいに彼との接点がないので緊張しっぱなしです。

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