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吸血鬼な幼女様と下僕な俺  作者: K・t
第三部 海辺の町と潮風編
31/60

第四話 打ち捨てられた屋敷

イリスを追って暗い方へ暗い方へ。

でもアタリを付けた先は直進出来ず、迂回する羽目に。

 大きく道を迂回しなくてはならなくなった俺達は、複雑に入り組んだ路地を攻略中だった。この町では塀を高く作る習慣があるのか、たまたまそういう場所なのか、とにかく景色が一向に開けない。


「あー、こっちか?」


 それでもなんとか方向を見失わずに進むことが出来たのは、普段従事している特殊な職場環境のせいだ。


「なんだか、思い出しますね」

「そうだな」


 サスファが言い、自分も同意する。そもそも、住むところが既に迷路のようなものだ。同じような塔の群、似たような階段に部屋。迷いに迷って自室に帰れず愕然とすることもある。

 誰もが一度はする経験のため、迷子を見付けたら道を教えるのは暗黙の規則ルールになっている。


「俺なんか昔……。いや、やめとこう」

「え~、何ですか? 言いかけておいて、やめないで下さいよ」


 うっかり口を滑らせかけ、慌ててつぐんだ。


「聞かなかったことにしてくれ。お互いの身のために」

「はぁ……?」


 「身のため」とまで言われては追求するわけにもいかず、サスファは要領を得ないままに気の抜けた返事をした。それに、会話を曖昧のうちに打ち切ったのには別の理由もあった。


「やっと出た」


 ようやく迷路から解放されたのだ。家と家との間をすり抜けるような狭い通路から、大き目の通りへ出た。馬車でも走ることが出来る、ゆとりのある広さに安堵する。

 ここはいわゆる居住区なのだろう。ちらほら見かける人影も着の身着のままといった服装だ。表通りとは随分違っていて、まるで別の町に来たかのようだった。


「行こう」

「は、はい」


 方向から推理するまでもなく、右へ折れる。視界が開けてみれば、すぐそばに目的の建物が確認できていた。居住区の中ではその屋敷もまた異質だ。褪せた世界の中で、赤々と異様な存在感を放っている。

 他の民家の三つ分ほどはある敷地に、無雑作に生い茂る木々。落ち葉や常緑樹が建物から日なたを奪い、巻きついた蔓が隙間を埋めている。


「廃屋っぽいのに……。これは誰かが出入りしてるな?」


 鉄柵状の門に手をかける。南京錠は外されていた。きしきしと音を立てて門が奥へと弧を描き、錆の匂いが鼻につく。


「相当古い屋敷みたいだな」

「長い間、放りっぱなしになってるんでしょうか」


 手入れが行き届いた城に住んでいる俺達にしてみれば、入りたいなどと決して思わない場所だ。それでも、イリスが居る可能性がある以上、回れ右は許されない。頷き合い、入り口を求めて進んだ。

 赤い屋敷は、黒ずんだカーテンが締め切られていた。これでは中に一切の光が入らないばかりか、視線も遮断されてしまう。


「本当にこんなところにイリス様がいらっしゃるんでしょうか」

「入ってみないことにはな」


 断定して欲しいような、否定を望むような口振りだ。未知の領域を前にして足が竦んでしまったらしいサスファに曖昧な受け答えをして、玄関の段を上がった。

 靴の裏に感じていたものが、ふわふわと葉を踏みしめる感触から石の硬さに変わる。

 扉に彫られた花の彫刻に手で触れる。ざらっとした粉っぽさは、吹き込んだ砂だろう。それから扉を開く為の鉄輪を掴み、違和感に気付いた。


「ん?」

「どうかしました?」

「扉は汚れているのに、取っ手は綺麗だな」


 つるりとした金色の輪。長年の月日に、中身の素材が露わになってはいるものの、砂の不快感はなかった。誰かが近いうちに触れた証拠だ。


「入るぞ」


 鍵がかかっていないことは予想済みだ。開けると、ふわっと埃が舞い上がり、吸い込まないように上着の袖で口元を覆った。思った以上に射光がない。暗さにはなれているはずの二人の目にも、闇一色だった。


「うぅ、怖いです……。きゃっ」


 扉が閉まる音に驚いたのか、サスファが悲鳴を上げて腕にしがみついてくる。


「あのな。俺達が暗いところを怖がってたら仕事にならないだろ?」

「ち、違います。暗いのが嫌なのではなくて、……だ」

「だ?」


 呆れ顔で見つめるすぐ傍にサスファの顔があるのは感じるが、やはり可視には至らない。空気が動いたのは彼女が身じろいだからであった。何故だか息が上がっているらしい。


「誰かが」


 いるんです、と聞こえた気がした。


「お前ら、何の用だっ」


 知らないうちに、俺達は囲まれていた。ぼうっとした赤みのある光があちらこちらに生まれ、それらが灯りを携えた子どもであることに気付いた時には、四方を塞がれていた。

 正面の階段にも左右の通路にも、入ってきた扉でさえいつの間にか押さえられて逃げ道はない。


「何のって、ただ……」


 皆、この町の子らなのだろう。うっすらと窺い知ることが出来るその服装は独特の褪せ方をしており、この近辺に馴染むものだ。


「何の用かって聞いたんだ!」


 階段の踊り場にいた一人が再度声を張り上げた。


「出ていけ! ここはオレ達の秘密基地だぞ!」


 別の子が言い、他から「バラすなよ」と小声で責め立てるのが聞こえる。そのやりとりにやっと我を取り戻し、改めて口を開く。


「なぁ、ここにイリスって子と、ディーリアって子が来てないか? 俺達はその二人を捜してここへ来たんだ」


 子ども達がざわざわとお互いに囁き交わす。手応えアリだ。

 最初に叫んだのがリーダーなのだろう。階段から下りて近寄ってきて、一度に踏み込まれない距離で止まる。表情までは読み取れないものの、日焼けした肌や生傷だらけの姿がぼんやりと見えた。

 彼は大人相手にも全く動揺を見せず、何者なのかと問いかけてきた。


「俺はフォルト。こっちはサスファ。二人ともイリス様の家の使用人だ」


 打てば響き、波が起こる。それは不規則に弾かれ、闇に溶けて消えたが、返事をしたのはリーダーの少年ではなかった。


「フォルト!」


 耳に慣れた少女の声は頭上から降ってきた。見上げると、新たな灯りが空中に浮かんでいた。


「イリス様! 良かったぁ」


 サスファの、今にも崩れそうな安堵が零れる。ようやく暗さに順応してきた二人にも、二階から手すりごしに手を振るイリスの姿が確認出来た。


「あれ、サスファ、どうしたの?」

「何を呑気なことを言ってるんですか。捜したんですよ!」


 涙目のサスファと叱る俺を見下ろしながら、イリスが階段を駆けてくる。ランプを持ってディーリアがイリスの後ろを付いてきているのも、二人が踊り場に差し掛かった辺りで気が付いた。


『ごめんなさい……』


 謝るイリスを、ディーリアが庇うように前へ出る。顔が赤いのはランプのせいだけではないのだろう。


「イリスちゃんを叱らないであげて! 私が連れ出したの。もっと早く戻るつもりだったのに、遊んでいたら楽しくて……」


 すでに、子ども達から注がれていた警戒の眼差しは失せている。いくつもの灯りが音もなく近寄ってきて、俺達の傍へと収束する。合わせて十人程度だろうか。

 いずれも年端もいかない少年少女で、焼けた肌とやせ気味の体つきをしていた。


「お怪我はありませんか?」

「うん。ちょっと服が汚れただけ」


 サスファが膝を折り、抱きつくようにして体中を調べ、怪我の有無や体調の変化を確認している。ようやく笑顔が戻ったところで、ことのあらましを尋ねると、イリスがここへ来るまでの経緯を話し始めた。



『わぁぁっ』

『わっ。イリスちゃん、わたし、ディーリアだよ!』


 腕を掴まれて、暴れながら悲鳴を上げるイリスの力強さに驚きながら、ディーリアは声を張った。イリスが後ろを確かめると、そこには本当に宿屋の娘がいたというわけだ。


『……あれ?』


 サングラスを外してしげしげ眺めても、状況の説明が付かずにしばし混乱した。



「あの絵、みて」


 話が屋敷の中へ入ってからのことへ及ぶと、イリスはおもむろに踊り場へと上がっていった。玄関正面の肖像画を照らすと、そこには美しい女性が描かれている。


「奥様に似てますね」


 サスファが素直に感想を述べる横で、俺も一瞬息を呑む。


「二人とも、あの穴を見たんでしょ?」

「は、はい。……私達には入れませんでしたけど」


 ディーリアの問いにサスファが応えている。照れ隠しに頬をかくと、数人の子がくすくす笑った。大人が穴を通り抜けようとして引っかかってしまう、滑稽な様を想像したのだろう。


「イリスちゃんと二人でそこを抜けようとして、私がこちら側に抜け出た時、このキルイェに捕まったの」


 ディーリアは自分が持っていたランプを俺に手渡し、リーダーらしき男の子を顧みた。


「この子はキルイェール。みんなはキルイェって呼んでるの」

「ふん」


 キルイェは返事の代わりに鼻を鳴らした。尊大な態度もいつものことのようだ。


「お前が、そいつを連れてくるからだろ」

「いいじゃない。ウチの大事なお客様で、お友達なんだから」


 さっきまで叱られてしょげていたとは思えない口振りが微笑ましい。二人は気の置けない間柄なのだろう。友達の言葉にイリスは「えへへ」と嬉しそうに笑った。


「はー、とにかく何事もなくて本当に良かったよ」


 すっかり毒気を抜かれてしまった。俺はサスファに宿へ報告のために戻ってもらうことにして、自分は後ろ髪を引かれているイリスにもう暫く付き合うと決めた。


「ここならおひるでも遊べるねー。みんなに、ひみつきちを見せてもらったんだよ。フォルトにもおしえてあげる」

「くれぐれも気を付けて下さいよ」


 小さな手に引っ張られて階段を上がり、絵の前で足を止める。やはり、この絵はイリスの母親に似ていると思った。白い肌に紅い瞳。人間には珍しい色だ。


「描かれているのは本当に人間か……?」

「フォルト?」

「いえ、なんでもありません。それより、俺も一緒で良いんですか?」


 持ち主もなく、放置された屋敷。法的な云々はこの際置いておくとして、子ども達の遊び場と化している以上、大人が踏み入っていいのかと訝る。その疑問に答えたのはキルイェだった。


「その子の側にいないといけないんだろ。他の大人にバラさなきゃ文句は言わない。それに」

「それに?」


 先を促すのが、少しばかり怖かった。


「アンタは他の大人とは違う気がする」


 ぎくりとした。何も知らないはずなのに、イリスが吸血鬼であることも、俺がその一族に仕える人間だという秘密も、全て悟られているような気がした。


「大丈夫? 顔色が悪いみたい」


 子どものあなどれない勘に胸を突かれ、動揺が顔に出ていたらしい。ディーリアが覗き込んできた。


「あ、あぁ。ちょっと疲れただけだよ。あちこち歩いたからね」

「体力無ェなぁ」


 キルイェが馬鹿にし、子ども達がくすくすと笑った。うち解けてくると年相応の素直さが感じられ、少し安心した。

やっと合流出来ました。これで一件落着? いえいえ、まだまだ続きます。

少しずつダークな展開になっていきますのでご注意を。

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