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吸血鬼な幼女様と下僕な俺  作者: K・t
第三部 海辺の町と潮風編
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第一話 任された届け物

空中散歩を楽しむイリスと生きた心地がしないフォルト。彼らの旅の目的は?

 届け物の仕事を頼まれたのは、大事な催しを数日に控えた忙しい時期だった。

 と言っても、イリスの世話係である自分には、その喧噪は当日まで半ば他人事に過ぎなかった。が、そのせいで人手が足りていなかったのも事実だった。


 イリスの父親である城の当主の秘書から、その命令は伝えられた。届け物は一通の手紙。白い封筒で、裏にはロウを垂らした上から当主印がしっかりと押してある。少々扱いに苦労する品だ。


「確かに承りました」


 しっかりと懐へしまってから詳しい話を尋ね、送り先が地上だと聞いた時には本当に驚いたものだ。

 この城は、いくつもの塔が連なって出来ており、その姿は地上のどこからも見ることは出来ない。建物は空高く浮かぶ雲の上にあるからである。


「な、何ですって?」


 しかし、ついでにと頼まれた用件の方が、余程俺に衝撃を与えた。


「だから、旦那様が“イリスも一緒に連れて行って、社会勉強をさせるように”と仰ったんだ」


 聞き返したいがための言葉ではなかったのに、秘書を務めるシリアは髪を払いながら同じ台詞を繰り返した。間違いなく、本題より重たい任務がオマケとしてのしかかった瞬間だった。


「ほんと? 本当について行ってもいいの?」

「本当ですよ」


 イリスは大喜びだった。城からほとんど出たことがなかった幼女は、突然舞い込んだ朗報に文字通りピョンピョンと飛び上がった。


「良かったですね」

「えへへ」


 何度も同じことを確認して、ちょっぴり自分の白い頬をつねって、夢でないことに笑みを溢れさせる。教育係のルフィニアにも手伝ってもらい、早速に準備を始めたかと思うと、俺を急かしてきた。



 そこで今に至る。地上に降りるには幾つかの方法があるが、自分が使える手段はこれだけだった。死ぬほどヒヤヒヤさせられるのが嫌だというのも、進んで従者が外界に出向かない理由の一つじゃないかと思う。


「あれはなぁに?」

「あぁ、あれはですね」

「ねぇ、こっちのは!?」


 腕の中で好奇心を爆発させているイリスは、キョロキョロと辺りを見回して説明を求めてくるだけでなく、手足をジタバタさせるから非常に困る。どれだけ注意しても無駄だった。


「っと、そろそろ町ですね。この辺りで降りて、あとは歩きましょう」


 足の下を景色が凄いスピードで過ぎていく。森を抜けて林を過ぎ、草原の向こうに人工の灯りがチラつき始めたのを見とめて言った。


「もうちょっとのってたら駄目なの?」

「他の人が見たら、びっくりしますからね」


 掴まっている方の手で縄を二回引っ張ると、空のブランコはゆっくりと下降しはじめる。そのまま人気のない街道のすみに着地すると、イリスを先におろし、再び縄を二回引いてコウモリ達を空へ帰した。


「はー、生きた心地がしなかった……」

「たのしかったねー!」

「そ、そうですね」


 久しぶりの大地は、心なしか暖かく感じられる気がした。自分が人間である証拠なのかもしれない。


「はやく行こ!」

「あ、待って下さい、イリス様」


 小さな手をしっかりと繋ぐと、彼女は走り出そうとばかりに強く引いた。その勢いに前のめり気味に付いていきながら、首を巡らせる。大丈夫、誰もいない。

 しばらく歩いて町へ近づくと、ふわっと何かが空気に乗って届いた。湿気たそれは、きっと潮の香りだ。


「何のニオイ?」

「ここは港町なんですよ。だから、町の反対側には海が広がっているはずです」

「うみ? ……うみ! 見たーい!」


 小さな鼻をひくつかせていたイリスは、海と聞いて瞳を輝かせた。はしゃぐのも無理はない。絵本で読み聞かせたことはあったが、これまで実物を見たことはなかったのだ。


「行ってもいーい?」

「お仕事が済んでからなら構いませんよ」


 潮風を受けても浸されることのないように、独特の染料が塗り込められた石の壁が連なる家々。軒先に下げられた灯りも今は吹き消され、月明かりにその影を映すのみである。

 昼間は活気に溢れる商店のテントもすでに畳まれ、大通りもひっそりとしたものだが、いくらかの店は夜でも煌々と火を焚き、油を注ぎ続けて客をもてなしている。


「良かった。宿は開いているみたいだ」


 俺は渡された地図を頼りに歩き、「それ」を見つけて思わず安堵の息を漏らした。

 表通りからやや奥、夜のざわめきを薄れさせるのには程良い距離に、宿屋はあった。厚い木戸の斜め上にはランプの火があり、夜中でも客を受け入れるという意思表示に相違なかった。


「あ、お客さん?」


 窓から明かりがもれないのは、二重のカーテンのせいだった。宿の中は予想以上に明るく、俺は目を細めてイリスのフードを更に深く被せてから、声のした方を見やった。


「いらっしゃいませ」


 長いカウンターがあった。その奥に鍵や書類を管理する棚が並び、人影がぽつんと一つ。光に慣れた瞳をしっかりと開く頃には、その人影をもはっきりと捉えることが出来るようになっていた。


 女の子がにこにこと微笑んでいた。歳はやっと十を越えたあたりか。柔らかな青い髪をツインテールに結い、暖炉の火が燃え移ったようなオレンジの瞳でこちらを見ている。この宿屋の娘だろう。


「おへや、あいてますか?」


 フードでくぐもった声で尋ねたのはイリスだ。夜中にも関わらず元気そうな少女は、ぎりぎりまで身を乗り出して、「はい、ありますよ!」と答える。ペンと名簿を差し出し、書き取る姿勢を取った。


「二名さまでよろしいですか?」

「あの、大人の方は……?」


 相手はまだ子どもだ。このまま手続きしてしまうわけにもいかないだろう。慌てて問いかけると、応じたのは少女ではなかった。


「ディーリア、まだ起きてたの? もう寝ないと」


 奥の、店員用のスペースらしき扉から出てきたのは背の高い男だ。こちらは二十代前半、つまり俺と同年代かやや下くらいに見える。肩下まで伸びた髪も印象的だが、纏うように身に着けているマフラーの長さが目を引く。

 赤い服に白のエプロン姿の、ディーリアと呼ばれた少女とは対照的な、全体的に色を抑えた服装だった。


「え~、いいでしょ? まだ眠くないよ」

「お客様、失礼しました。二名様でよろしいですか?」

「は、はぁ」


 呆気に取られていると、ディーリアが「その子だってまだ起きてるじゃない」とイリスを指さし、「人を指さしたら駄目」と男性に窘められる。

 それ以上食い下がっても無駄だと悟ったのか、彼女は口を尖らせながらも奥へと引き下がっていった。


「それではお部屋にご案内いたします。お荷物をお持ちしましょう」

「いや、結構です。持ってもらうほどの荷じゃありませんから」

「分かりました。ではこちらへどうぞ」


 涼しい目元の青年に連れられながら、俺は内心胸をなで下ろす。脇に抱えた小さな布袋の中身は、他人には見せられないからだ。


「こちらになります」


 受付カウンター横の階段を上がり、すぐ手前の部屋へと通される。ベッドが二つにチェストが一つ、小テーブルがある。ベッド上には窓があり、今はカーテンがぴっちりと閉められていた。朝には日の光が降ってくることだろう。


「明日の朝食は御入用ですか?」

「お願いします」


 ざっとした説明を受け、早々に出て行ってもらうと、俺はカーテンを開けて外を眺めた。今夜はやはり月が細くて薄暗い。去り際に手渡されたランプの灯りも、差し向けた枕元だけを照らしている。


「ふっかふか!」

「危ないですよ」


 ベッドにダイブして遊んでいたイリスも、外を見ると静かになった。夜目がきく彼女には、町の様子が隅から隅まで見えているのかもしれない。


「フォルト、いつまでこの町にいるの?」

「明日、届け物をしてきます。そうしたら夕方頃から町の中を見物して回って、夜には帰る予定ですよ」


 日の光に弱いイリスは、日中はあまり外へ出られない。出歩こうと思えば日が沈みかけた頃合いが一番良い。


「もうかえっちゃうの? つまんない」

「またそのうち来られますから、ね?」

「むー」


 雪玉みたいなふくれっ面を見ると、先ほど出会ったディーリアという少女を思い出す。子どもの駄々というものは、人も吸血鬼も同じらしい。そんなことを考えていた時だった。

 とんとんとん、という音が聞こえたのは。


『!?』


 落ち着きかけた心臓がドキリと跳ねる。それはノックの音だった。俺は再度イリスにフードを被せ直し、「どなたですか」と問いかけた。


「わたし、ディーリアです。お客さん、ちょっといいですか?」


 カウンターで奥へ引っ込んだはずのディーリアが、何故か部屋を訪ねて来たらしい。一瞬、素性を不審がられたのかと慌てたけれど、相手は子どもだ。考え過ぎだろう。


「寒くないですか? ホットミルクをどうぞ」


 招き入れると、彼女は言葉通りホットミルクを持ってきてくれた。暖かくて優しい香りが部屋に漂う。小テーブルに置き、ドアを閉めれば空気の流れも消えて、湯気がまっすぐ、三本並んで立ち始めた。

 カップが三つということは、「ご一緒したい」という意味だろう。どうせすぐに眠る予定でもなかったし、まぁ良いかと受け入れる。


「ありがとー」

「体が暖まるよ」


 触れてみると、ミルクの温度もちょうど良い。イリスが白いカップを両手で包むようにして飲むのを見守りながら、ディーリアも自分のミルクを一口飲み、唇を湿らせてから言った。


「二人は兄妹なの?」


 あえて砕けた言い方をしたのは、それだけこちらに興味がある証だろう。それにしても、いきなり踏み込まれたな。ここは慎重に返答しなくては。


「違うよ。こちらは俺が仕えている屋敷のお嬢様で」

「イリスだよー。よろしくね」

「よろしく」


 二人はカップで温まった手を握り合う。ここは嘘で塗り固めない方が良さそうだ。


「どうしてそんなものを被ってるの?」


 不思議そうに言って、ディーリアがイリスのフードの奥を覗き込もうとしたので、俺はさっと手で制す。


「い、イリス様は家のしきたりで顔をあまり人前にさらせないんだ。遠慮してもらえるかい」

「そうなの? ごめんなさい」


 正直、かなりドキッとした。今は瞳の上半分まで布で隠れているが、覗かれれば耳まで見えてしまう。


「お兄さんはフォルトさんていうのね。名簿に書いてあったのを見たの。キレイな字ね」

「ありがとう。君はディーリアさん、でいいのかな」

「ディーリアでいいよ。ねぇ――」

「っと、イリス様。ミルクを飲み終わったんですね」


 暗に区切りを付ける意味で呟く。話は明日にでも改めてと申し出ると、ディーリアも「分かった。じゃあまた明日ね」と出ていった。残ったのは甘いミルクの香りだ。


「お城のことは話しては駄目ですよ。それから、正体を悟られるようなことも」


 幼いイリスに分かるだろうか。彼女はこてりと首を傾げてから、「んー、わかった」と返事をした。……うーん、心配だ。


「ほかのことはお話してもいい?」

「そうですね……」


 彼女は家族や親族、そして従者以外の者と話した経験がない。

 ディーリアという自分と近い年の女の子と出会って、友達になれるかもしれないと期待しているのだろう。ディーリアの方も、それを望んで顔を出したに違いない。


「良いですけど、本当に気を付けて下さいよ」


 経験させるべきか、止めるべきか。俺には線引きが難し過ぎる問題だった。

地上にはしゃぐイリスと不安なフォルト。次回は頼まれた荷物を届けにいきます。

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