問題山積
お昼休みを終えて、三人が作業室に戻ると、パソコンはまだ更新中になっていた。
「長くないですか?」
小松が溜息混じりに言った。
「そうね。でも、焦っても仕方がないから、他にできる事をしましょう」
野崎が言った。律子達は、上層部が懸念している責任の所在を明確にするマニュアルを検討する事にした。
「昨年も、障害者手帳のコピーを提出する件で、毎年出さなければならないのかという問い合わせが結構多かったんですよね。それを事前に防止するために、何故毎年提出してもらうのか通知しないと、また同じ事の繰り返しになってしまう気がするんです」
小松が問題提起をした。
「そうね。手帳には、更新期限があるものも存在するから、その点で毎年出してもらうしかない事をはっきり打ち出すしかないね。期限が切れていなければ、何も問題はないでしょうと反論して来た人もいたくらいだから、慎重に作らないと、まさに揚げ足を取られる事になりかねないね」
昨年の業務の経験者である野崎の言葉は、律子に重く響いた。
「住宅借入金の特別控除に関しても、借り換えをしている人が、その書類を提出するのを面倒臭がって、困りましたよね」
小松が思い出したのか、苦笑いをした。借入金を返済中に借り換えた時、借り換え以前より残高が増加していなければ何も問題はないのだが、残高が増加した場合、計算式を用いて、残高を按分しなければならないのだ。
こればかりは、申告者がきちんと借り換えの事実を書類で通知してくれないと、作業者側ではどうする事もできない。
「二年目の場合は、前年の資料を当たれば、わかる場合もありますが、計算式を書き残していないと、それも不可能ですからね」
律子が言うと、小松と野崎は頷いた。
「更に悪い事に、借り換えの場合、そういう計算が必要なのを知らない人もいるんですよ。大概の場合は、金融機関の担当者が説明をするのですが、意味がわからないと記憶にも残らないので、そんな事聞いてないと言われてしまうのですよね」
小松が言った。野崎が、
「借り換えをしているらしい事はこちらで書類を見ていて気づく事もあるのだけれど、その事を問い合わせると、去年と同じですとしか答えてくれない人もいるから」
うんざりした顔で言い添えた。
「もっと悪いケースもありましたよ。計算をきちんとすると、控除額が大幅に少なくなるのを知っているので、故意に気づかないふりをしていた人もいました。問い合わせをすると、そんな細かい事を言うのかと逆ギレされましたよ」
小松の話を聞いて、律子は驚いてしまった。
確かに、住宅借入金の控除は、所得控除ではなく税額控除なので、大きく納税額が変わってしまうせいもあり、申告者の抵抗も強い。
「まだ更新中ですよ。ちょっとおかしくないですか?」
パソコンを覗き込んだ小松が言った。野崎も立ち上がってモニターを見ると、
「そうね。長過ぎるかな。関さんを呼んでこようか?」
作業室から出て行った。
「もしかすると、OSが最新でも、パソコン本体が古いせいで、うまく起動しない可能性がありますね」
律子が言うと、小松は、
「それかも知れませんね。この機種、少なくとも最新ではないですよね」
パソコン本体の裏側を覗き込んだ。
しばらくして、野崎が関を連れて戻って来た。
「まだ更新中ですか?」
関がモニターを見て、腕組みをした。
「この機種、何年か前のものですよね? そのせいで最新のOSと不整合があるという事は考えられませんか?」
小松が尋ねると、関は、
「それはないと思いますが、草薙が作ったシステムと他のソフトが適合していないのかも知れないですね。一度、システム以外のソフトを外して、一つずつ確かめるしかないでしょう」
その言葉に、三人は思わず顔を見合わせてしまった。
(また足踏みなの?)
律子はまた不安の虫が泣き始めるのを感じた。
「場合によっては、仕事を分担してこなしてもらうしかないかも知れません」
関は申し訳なさそうに告げると、更新を強制終了して、インストールされているソフトを一つずつ削除し始めた。
「これではないようですね」
更新が始まったが、なかなか終了しない。関は同じ作業を繰り返した。最終的に不整合を起こしているのは、システム自身の可能性が出て来た。
「何が悪いのかは、草薙に調べてもらうしかないですね。明日から出勤しますから、申し訳ありませんが、今日は他の作業を進めてください」
関はそう告げると、作業室を出て行った。
「振り出しに戻ってしまった感じですね」
小松がまた溜息混じりに言った。
結局、その日はパソコンの作業はできないままで、三人は作業を終え、退社した。
律子は家に帰り、雪のお守りをしてくれている母親に愚痴をこぼしたくなったが、叱られるだけだと思い、何も言わなかった。
母親が帰ってからしばらくして、夫の陽太が帰宅した。
「なるほどねえ。まあ、仕方ないんじゃない?」
軽くそう言われて、ムッとしてしまったが、確かにそうなのかも知れないと納得する律子だった。




