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派遣の人格  作者: 神村 律子
四日目
18/37

できる事をする

 業務への支障がどの程度なのかを話し合った関と律子達であったが、予定されていた研修期間が、長谷部の辞職で大幅に狂いが生じ、今月いっぱい何をすればいいのか、関にもそれ以外の管理職クラスの人間にも具体的にはわからなかった。


 一つ、それを検証する方法としては、前年の記録があったが、それも詳細には書かれておらず、最終的には今年度も参加している野崎と小松の記憶に頼るしかないという結論に達した。


「何を始めるにしても、システムが導入されない事には、検証すらできません。もちろん、社長がインフルエンザなのはわかっていますが、社長の他にシステムを作れる方はいらっしゃらないのでしょうか?」


 小松が関を見た。関は申し訳なさそうな顔で、


「草薙が一番その手の作業には精通しています。他の者も、ある程度はできる人間はいますが、草薙程早くこなせる者はいません。草薙が復帰するのを待つのが、一番効率がいいと言えます」


「そうですか」


 小松は予想はしていたのか、然程がっかりした様子はないように律子には見えた。


「とにかく、私はパソコンのリースの件を急がせるように交渉します。最悪の場合、パソコンを新規で購入する事も含めて、動くしかありません」


 関は、律子達に長谷部が使用していたパソコンを渡し、無数ある内容が不明なファイルに必要なデータが保存されていないか探すように頼むと、作業室を出て行った。


「神田さん、嫌になってしまったでしょ?」


 野崎が苦笑いして訊いてきた。律子はハッとして彼女を見ると、


「いえ、嫌になってはいませんが、何をすればいいのかわからなくなりそうです」


 小松が溜息交じりに、


「何をしようと思っても、システムがないと、クライアントが入力した申告書の確認作業もできませんから、来月に入力作業をするために来る人達も、何もできない状態になってしまうかも知れませんね」


「一番心配なのは、さっきも小松さんが言ったけど、住宅借入金等特別控除申告書ね。これだけは、本物がクライアントから送られて来るのだけれど、システムがないと一歩も前に進めないから」


 野崎はうんざりした顔をしている。律子も前年度の経験者が後ろ向きになって行くのを見て、ますます不安を覚えた。


「とにかく、今はできる事をしましょう。長谷部さんが使っていたパソコンのファイルはクラウドにもあるらしいので、そこからデータを拾って、中身を確認するしか、今はできる事がないですから」


 律子は反発されるかもと思ったが、提案した。野崎と小松は顔を見合わせてから、


「そうですね」


 異口同音に賛意を示してくれた。律子はホッとして微笑んだ。


 三人は手分けして、とは言ってもパソコンは二台しかないので、二手に分かれただけだが、長谷部が残した相当数のファイルの中身を調べ始めた。


 ほとんどが年末調整の業務に無関係なものだったが、いくつか関係資料が見つかり、それによって三人に少しずつではあったが、希望が見えてきた。


「この資料は修正して、もう少し具体的な方法を検討した覚えがあるから、改訂版があるはずね」


 野崎と小松も過去の資料を見て行くうちに記憶が呼び覚まされたようだ。その先その先と流れを思い出して、探していった。


 今年度から参加している律子にはその手段がないので、二人のように探す事ができず、苦労した。


「必要なコピー用紙の枚数や備品の数も残っているね。それから、前年度に圧倒的に不足していたものとかも、これを見ればわかる」


 野崎の声が明るくなって来るのを律子は感じた。


「前年度に実際に処理した件数もありますね。給与所得者の扶養控除等(異動)申告書が圧倒的で、次に給与所得者の保険料控除申告書兼給与所得者の配偶者特別控除申告書があり、住宅借入金特別控除申告書が続いています。それから、確定申告をするので、年末調整はしない方も少なからずいらしたようですね」


 律子が言うと、野崎が、

 

「扶養控除等申告書は人事にも直結するので、クライアント側も慎重に作らせています。家族構成に誤りがあると、年末調整だけではなく、社会保険料にも影響しますし、給与の中の手当も変わってきますから」


 それを引き継ぐように小松が、


「保険料の申告書が一番厄介です。生命保険料が複雑に分かれたのと、地震保険料と火災保険料の区分もありますから、多くの方が混乱して、誤った入力をしている事が多いのです」


 律子も自分で年末調整の書類に記入した時、保険料で一番頭を悩ませたのを思い出した。


 年金保険料と名前がついていても保険の区分は一般の生命保険であったり、介護保険だと思っても、一般の生命保険だったりと、素人には非常にわかりにくい構成なのである。


「だからこそ、できるだけ早くそこまで進みたいのにね」


 野崎は長い溜息を吐き、椅子の背もたれに寄りかかった。


 確かにそうだった。正確を期したいと思えば思う程、時間的余裕を欲するものだからだ。


(本当にできるのかな? 間に合うのかな?)


 また不安の虫が泣き始める律子である。

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