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派遣の人格  作者: 神村 律子
四日目
17/37

一安心だが……

 律子達は昼食後、会社が用意してくれた七人乗りのミニバンで総合病院へ行った。


 律子達は誰もインフルエンザに感染していなかったが、社長の草薙と一番会う機会が多かった役員達と秘書の女性が陽性で、自宅療養を余儀なくされた。


 律子達にとって草薙の出社禁止は痛かったが、長谷部から担当を引き継いだ関が陰性だったのにはホッとした。


「私達は会社に戻りましょう」


 関もホッとした表情で告げた。律子達はミニバンで会社に戻り、それと入れ替わるように別の部署の女性達が会社のマイクロバスで病院に向かった。


「貴女達が陰性だったので、彼女達も必要ないと思うのですが、大騒ぎされたので仕方なく行かせました」


 関はうんざりした顔で教えてくれた。


「そうですか」


 律子達は関があのおば様達に詰め寄られるのを妄想して、同情した。


 


 作業室に戻った律子達は午前中の業務の続きを始めた。


 資料のチェックはまもなく終わり、しばらくして関が来た。


「関さん、システムの方とパソコンのリースはどうなりましたか?」


 小松が尋ねた。すると関は、


「システムの方は草薙が出社できれば、すぐに取りかかれますので、何とか間に合うと思います。ですが、リースの方はまだ返事がありません」


 非常に申し訳なさそうに言った。小松は野崎と顔を見合わせた。


「皆さん方が使うパソコンは社内で確保ができそうなのですが、来月から来る作業者の使うパソコンが全く足らないのです」


 関は溜息交じりに告げる。


「あと何台あれば、足りますかね?」


 関が野崎に尋ねた。すると野崎は、


「システムがいつ頃使えるかによると思います。私達の作業が早く終われば、パソコンが空くと思います。そうすれば、それを作業用に回して、台数を減らすことができると思うのですが」


 そして、小松が、


「それでも、先方からの問い合わせメールを受けたり、こちらからのメールを送るためにも、最低二台はないと無理ですから、回せるとしても、一台ですね」


「そうですね」


 関は腕組みをして考え込んだ。そして、


「作業者の方々は、パソコンをどのような事に使うのでしょうか?」


 野崎を見て訊いた。野崎は、


「主に使うのは、私達が精査した申告書の内容の入力ですね。件数が件数ですから、入力のみとは言っても、最低三台はないと、追いつかないと思います」


 続いて小松が、


「昨年も一番苦労したのが、住宅借入金等特別控除申告書の入力ですね。桁数が多いので、ゼロの入力に誤りが目立っていました。二重チェックをしないと防げないので、時間的な余裕が必要です」


 今年から参加の律子には、不安材料にしか聞こえない。関は二人の話を頷いて聞いていたが、


「わかりました。もう一度リース会社に催促して、どうしても間に合わない場合を考えて、購入も検討します」


「購入?」


 野崎と小松が色めき立ったように律子には見えた。


「しかし、購入とは言っても、どう頑張っても一台が限度です。それ以上買うとなれば、クライアントに請負金額の増額を提案しなければならないのです」


 関は苦笑いをして言っていたが、会社とはそういうところだと律子はわかっている。あくまで、利益があるから仕事を受けるのであって、儲からなければ、断るのが当たり前なのだ。しかし、今回の依頼に関して言えば、原因はクライアントにはないので、断る事はもちろん、代金の増額も提案などできない。


「長谷部さんに請求できないんですか?」


 野崎が言った。律子にはその声が酷く冷たく聞こえた。仕方がないのかも知れないが。


「は?」


 関は考え事をしていたのか、野崎の問いかけにすぐには反応できなかった。


「こうなったのも、全部長谷部さんが無責任に仕事を投げ出して、会社を辞めたせいでしょう? それくらい、責任を取ってもらってもいいのではないですか?」


 野崎の声は荒々しかった。小松もそうだそうだという顔で関を見ている。すると関は、


「それは確かにそうですが、長谷部に賠償請求を起こしたところで、その結果が出るのは何ヶ月先、いや、何年先になるかわかりません。ですから、今現在の選択肢にはありません。間に合わないですから」


 冷静な口調で答えた。そう言われてしまっては、野崎も小松も引き下がるしかないだろう。


「では、給料から差し引くというのはどうですか?」


 諦めきれないのか、野崎が言った。しかし関は、


「それは法律で禁じられています。そして最高裁の判例で労働者に請求できるのは全損害額の四分の一であるとされています。全額は請求できないのですよ」


 そこまで言われては野崎も食い下がれなくなった。


「何れにしても、草薙は長谷部に責任を問うという選択はしないと言っていました。自分達が長谷部の事に気づけなかったのが悪いのだと」


 関は溜息を吐いて言った。


(草薙さんなら、そう言いそうだな)


 律子は初日に話した草薙の印象からそう思った。


「今度は自分がインフルエンザで迷惑をかけてしまっているので、皆さんには本当に申し訳ないとも言っていました」


 関は絞り出すように言った。

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