表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
派遣の人格  作者: 神村 律子
三日目
13/37

一致団結

 休憩室で昼食を摂った律子は他の部署の人達に長谷部をいじめて辞職させた派遣の女達という目で見られているのに気づいた。


 小松が言い返したのも結果的には火に油をそそぐ結果となり、律子達は射抜かれそうな敵意に満ちた視線に晒されながら、休憩室を後にした。


「まずかったですかね?」


 階段を降り切ったところで、小松が誰にともなく言った。


「そんな事ないと思うよ。あそこで反論しなかったら、それはそれで、また睨まれる事になったのかも知れないし」


 野崎が小松の細い肩をぷよぷよした右手で軽く叩いた。


「そうですよ。揉めたくはないですけど、誤解されたままの方が怖いですから」


 律子も同調して小松を励ました。


「ありがとうございます」


 小松は目を潤ませて微笑んだ。


(取り敢えず、良かったのかもね)


 長谷部がとんでもない事をしたお陰というのも変だが、それがきっかけで、律子達派遣組三人はお互いに理解し合えたのだ。


(雨降って地固まるって、こういう事をいうんだっけ?)


 ことわざの意味に自信がない律子は、声には出さなかった。


 


 作業室に戻って、長谷部の上司だった関が戻ってくるのを待っていたが、二時を過ぎても三時を回っても、関は姿を見せなかった。


(まさか、関さんまで逃げてしまったのでは?)


 律子が突拍子もない妄想を繰り広げ始めた時、ようやく関が戻って来た。しかも、ノートパソコンを持った社長の草薙と共に。


「遅くなって申し訳ありません」


 関はまず遅れた事を詫びた。そして、草薙に目をやった。草薙は関に頷いてから、


「まずは、皆さんに多大なるご迷惑をおかけした事をお詫びします」


 草薙が長い黒髪を揺らして頭を下げた。律子達はそれに会釈をして応じた。草薙は髪を後ろにやってから、


「クライアントとのシステムのすり合わせは、私がすぐに取りかかります。本来であれば、皆さんがいらっしゃる前に長谷部が調整しておくはずだったのですが、それすらされていない事がわかり、先方にお詫びの連絡をしていて、遅くなってしまいました。重ね重ね申し訳ありません」


「そうなると、システムの方はどうなるのでしょうか?」


 野崎が草薙に尋ねた。小松と律子も草薙をジッと見た。草薙は抱えていたパソコンをテーブルの上に置いて、


「幸い、クライアントのシステムと弊社のシステムをうまく連動させられる事がわかりました。よって、データのやり取りは、当初の予定通り、クラウドで行う事ができると思います」


 素早くキーを叩くと、年末調整システムを立ち上げ、律子達に画面を見せた。


「ホッとしました。それなら、納期に間に合わせられると思います」


 小松が画面を見てから、草薙を見て言った。草薙は一瞬微笑んだのだが、


「そうなるように全力を尽くします。システムの方はそれで大丈夫なのですが、問題は借りる予定だったパソコンの手配なんです」


 顔を曇らせた。小松は野崎と顔を見合わせた。


「午前中に申し上げたように、長谷部がリース会社に発注すらしていなかったので、今からパソコンを借りる手配を取っても、予定していた期日までにパソコンを借りられるか難しいのです。リース会社には、午前中のうちに問い合わせをしたのですが、まだ色よい返事をもらっていません」

 

 関が消沈した顔で言った。律子達もまた奈落の底に落とされたような表情になった。


「前年度はパソコンを十台借りて、それでも足らない状態になったのですが、それ以上の台数の確保は困難ですか?」


 小松が関に尋ねた。関は困ったような顔をして、


「何とも言えません。問い合わせをした段階では、五台なら回せると言われたのですが、それでは全く間に合わないのは、前年度のデータを見ても明白でしたので、もっと増やせないかと言ったのですが……」


 それについて、色よい返事がないという事なのだ。


「とにかく、社内で空いているパソコンをできる限り回すようにしてみます。データのやり取りは皆さんに専任していただきますので、取り敢えず、三台は大至急確保させます」


 草薙が言うと、野崎は、


「よろしくお願いします」


 神妙な顔で言った。


 草薙と関が作業室を出て行くと、


「長谷部さん、どういうつもりだったのでしょうか? 前年度も、それ程仕事がきつかったとは思えないのですが」


 小松がぼそりと言った。野崎は小松を見て、


「少なくとも、私達から見て、長谷部さんが過労死すれすれまで仕事をしていたようには見えなかったよね」


「見えないところで、クライアントに相当酷い事を言われたのでしょうか? 確か、郵送されたはずの書類がないと連絡したら、結局こちらで見つかったという事例がありましたよね」


 小松が溜息混じりに言った。野崎はテーブルに頬杖を突いて、


「その件に関して言えば、確かに何を言われても反論できない事態だったとは思うけど。でも、それくらいの事で、仕事を投げ出すなんて、新人でもしない事だと思う」


 野崎の言う事はもっともだと律子は思った。


(大丈夫かな?)


 そしてまた不安の虫が大きな声で鳴き出すのを感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ