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第79話 険悪な空気

 悩みのすべてが解決したわけではないが、自分が現状に不満を抱いていることを確信した翔は、とりあえず目の前の問題から解決していくことにする。

(アイツを探すにしても手がかりがないから不可能。親父さんからの電話の件も内密にってことだし、とりあえずは……)

 思考を巡らせた視線の先には、優と仲が良い翼、薫、綾奈の三人の姿。

 今まで、優としてしか三人と接したことがなかった翔にしてみれば、どう接すればいいのか悩んでしまう。

 ましてや、以前の翔が、優と一緒のとき以外に三人と仲良く会話しているところなど見たことがないので、神凪翔個人として仲が良いかどうかは、若干疑問に思うところだ。

「その上、無理やりキスをして優を傷つけたと思われているだろうし……」

 これまでに何度か、綾奈と視線がぶつかったことがあるのだが、ことごとく睨まれたところをみると、そう思われていると考えた方が妥当だ。

 これが、無理やりされた立場である優であったなら、多少、話はしやすかったのだろうが、今は無理やりした立場である以上、話しかけることすら勇気がいる。

 溜め息混じりに頭を抱える翔。

 どうすればいいのか、翔が考えあぐねている間に、会話がないまま四限目の授業の終了を告げる鈴が鳴る。

「どうするつもりなのさ?」

 項垂れている翔に、呆れ顔の衣緒と汐が弁当を持ってやってくる。

 どうやら、衣緒は翔の様子を観察してその心中を察しているようで、今朝から挨拶すらまともに交わせていない翔の不甲斐無さぶりに落胆しているご様子だ。

「とりあえず、昼食に誘って話してみる」

 汐の責めるような視線に、翔は苦笑いで答える。

 どう対応すればいいのかは分からないが、声さえかければそれが会話の糸口になると考えたのだ。

「翼、薫、綾奈。一緒していいか?」

 三人を見つけて、思い立ったら即、実行。

 後ろにいる汐と衣緒に視線をやって、『みんなで食べようよ』という意思表示をする。

「え?」

「薫……?」

 そんな翔の態度に、翼が目を丸めて、薫は眉を顰めた。

 二人の瞳に明らかな動揺の色が見えたので、翔は首を傾げる。

「……なんか変なこと言ったか?」

「あ、いや、うん。びっくりしただけだから。うん。適当に座って座って」

「どうぞ。私もいきなり名前を呼ばれるとは思いませんでしたよ」

 よほど動揺したのか。

 取り繕うような笑顔を慌てて作ると、二人は各々の感想と挨拶を述べてくれた。

 名前。

 隣の席へと腰を下ろしながら、翔は自分の失敗に気がつき顔を顰める。

 そういえば、アイツは薫や翼のことを名前で呼んでなどいなかったことを思い出したのだ。

 あれだけ平然さを心がけて話しかけたというのに。

 自分の迂闊さを呪いたくなってくる。

「あっと……。悪い。苗字の方がよかった?」

「ん〜……。私は別にいいけど。どっちかというと、名前の方が気楽だし。ただちょっといきなりだったからびっくりしただけ」

「私も問題ありません」

 視線を逸らしつつ答える。

 二人とも、昨日のことと翔の態度の変化に対して違和感は抱いているが、どう対応すればいいのか分からないのだろう。

 それは翔も同じで、昨日の件で気まずさを感じずにはいられない。それが相成って、妙な緊張感が互いの間に存在しているのだから、堪らない。

 ましてやそんな中、突然親しげに名前を呼ばれたら相手も困惑するに決まっている。

(はてさて。話しかけたものの、どう会話すればいいのやら)

 よくよく考えてみれば、優であるときは親友として接していた三人だが、神凪翔として彼女達と接するのは初めての経験だ。普段通り、というわけにはいかないだろう。

(アイツの真似って言っても、やりようがないしな……)

 昨日までの神凪翔は、ただでさえ、正体不明でなにを考えているのか分からない人物なのだ。久々に神凪翔として振舞うこととなった自分が、上手く演じられる自信などあるわけがない。

 どうしたものか。

 翔が唸りながら、視線を泳がせている時だった。妙に怒気を孕んだ視線を送っている人物と目が合った。

「綾奈……?」

 その視線に思わずたじろぐ。

 そういえば、綾奈だけは挨拶を返すことなく、無言だった。やはり、昨日の件が何らかの形で尾を引いていることは明白で、優として接している時とはまったく違ったその態度に翔は更に困惑する。

「えっとさ。綾―」

「……優さんは?」

 鋭い綾奈の問いかけに、翔は眉を寄せる。

「あ、えっと。優は……」

「すいません。少々、お仕事で海外へ行っています。たぶん、一週間ぐらいは帰って来れないかと」

 返答に窮していた翔を見かねたのか。会話に聞き耳を立てていた汐が助け舟を出す。

「ほ?仕事って?」

 翼が汐の言葉に首を傾げる。

 それもそうだろう。仕事と称して学校を休むなんてことは、今までになかったことなのだから。

「ああ見えても、優は七瀬家の長女だから。父親が海外の取引先との商談のときには、交渉のカードのひとつとして連れて行かれるの」

 予想されていた疑問に、前もって準備されていたであろう回答で答える衣緒。

 その声に、若干の怒気が込められている気がしたのは、なぜだろうか。

「へえ。そういえば、優は社長令嬢ってやつだもんね」

 衣緒の言葉に、納得したようにうんうんと頷く翼。

「でも、今まではそんなこと一度も……」

 よほど優が心配なのか。先程までの怒りが霧散している綾奈が不安げな瞳で疑問を口にする。

「家出して神凪家に居座った挙句、勝手に編入までしてしまっていたので。落ち着くまでは、お父様も控えて下さっていたのですよ」

 そういえば、優は想い人である神凪翔と添い遂げるために家を飛び出していった、などといった珍妙な設定であったことを、今更ながらに思い出す。

(まさかとは思うが、それも父親の耳に入っているんじゃないだろうな)

 仮にそうであったとしても、翔に確認する術はない。

 汐や衣緒に、父親から学校へ電話があったことを告げれば調べてもらうことは可能だろうが、その情報は本来、優は勿論ながら汐や衣緒が知るはずもないものだ。それを告げることは、つまりは担任である萩原の信頼を神凪翔が裏切る形になってしまう。

「家出してまで親父さんに仲を認めてもらうって凄いじゃん。なんだ。上手くいってるなら心配することなかったな〜」

「ハハハ。ソウデスネ」

 そんな不義理なことはしたくない。

 翔は、内心冷や汗を流しつつ、笑ってその場を誤魔化す。

「それじゃ……昨日のことは関係してないんですか?」

「優が休みってことに?ないない。確かに優と翔の雰囲気は変だったのは認めるけど。普段から変な関係なんだから大丈夫大丈夫」

 それでも、やはり本人の口からではないのが不安なのか。或いは、翔が挙動不審なのが気になるのか。

 疑いの眼差しを止めない綾奈に、『気になるなら帰ってきてから聞けばいいよ』と衣緒は笑い飛ばす。

「根が単純なので、寝て起きれば普段通りでしょう」

 当たり障りがないとはいえ、若干棘が感じられるフォローに、翔は眉を顰めながら弁当箱の中身を口へと運ぶ。

「……そう、ですか」

 しかし、その様子にどこか納得がいかない、といった様子の綾奈。

 それでも、これ以上の言及は無意味だと感じたのだろう。諦めたように深く溜め息を吐く。

(凄い落ち込みようだな……)

 肩を落とす綾奈をただ見ているだけ、というのは、中々に辛いものがある。

 だが、そうさせてしまったのは神凪翔という人物。

 今、翔として在る自分に、綾奈にかけられる言葉があるのかどうか。いくら考えてみても、その答えは出てくる気はしなかった。


本当に大変長らくお待たせしました(土下座)

今回の話が結構重要なところなので、最後までしっかり書き終えてから更新しようかと思っていたのですが、多忙になりそれすらも叶わないまま随分と空いてしまいました。

申し訳ないです。

勢いで職を変えると大変なことになr……(ザー)

今回の話の内容はかなりの難産ではありますが、もうあと踏ん張りといったところまでなんとかたどり着いてほっと一息。

されど、これ以上お待たせすることないようにがんばっていきたいところですorz

いぁ、ホントに待たせ過ぎだろう、俺orz


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