表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/88

第73話 手紙によってもたらされた事実

「ラブレター、ですか……」

 窓から差し込む昼の陽光が眩しいのか。或いは、ただ目の前に広がる現実から逃避したいのか。

 以前にも見たことがあるような便箋の山に若干目を細めながら、優は、自分の机の上に置かれたお弁当を埋め尽くすように無造作にばら撒かれた手紙の束を凝視していた。

「元々、神凪翔という恋人の存在が抑止力となっていましたが、ここ数日でその抑止力が機能しなくなったことによって表面化した問題でしょう」

 眼鏡の縁をくいっ、と押し上げて、淡々と現状に至るまでの経緯を説明する小野寺薫の言葉を、優はげんなりした表情で聞き流していた。

 つまりは、今までずっと恋人だった翔と喧嘩別れしたことで、男性諸君が優と付き合うチャンスだと勘違いしたということだろう。

「でも、実際に最近までは、ラブレターなんて一日一枚あるかないかぐらいの状態だったからなー」

(そのラブレター自体、俺の手元に届いた試しがないがな)

 屈託無く笑う悟枝翼の、微妙に聞き流せない部分に心の中でツッコミを入れる。

 今更、それを声に出して言及すれば、やぶへびになりかねない。

「そうそう。俺なんて、下駄箱も監視されているからって、朝一番に登校して机の中に忍ばせてもなぜか発見されちゃってさ」

 先程から聞き耳を立てていたのだろう。ここぞとばかりに吉良が話に割り込んできた。

「発見される度に、なぜか三日三晩原因不明の頭痛に悩まされたりしたけど……。今はもういい思い出さ!」

「そうですね。失敗を糧に次こそはしとめます」

 吉良の言葉に、薫は同意するかのようにうんうんと頷いてみせる。

 薫が何をしていたのかはともかく、吉良自身が人知れず思い出にされそうになっていたことだけはよくわかった。

「ちなみに、転入してきた当初は沈静化に一ヶ月程度要し、モデルとして雑誌に載った時は沈静化の期間はそれほどかかりませんでしたが、校内でのラブレターの他に、全国からのファンレターや問い合わせ等への対応には少々骨が折れました」

 さすがにその全てを煙にまくわけにはいきませんから、と、薫は小さく溜め息をつく。

「そうそう。それで、手書きの返事を何種類か用意して、それをコピーして、そこにサインまでつけて全員に返信したりして大変だったんだから」

 翼が、その時の苦労を思い返すかのように、遠い目で当時の事を語りだす。

「さすがに全部同じ内容のお返事だと失礼だもんね……」

 どうやら、その物言いからして綾奈も手伝っていたらしい。

 三人は、自分に余計な苦労をさせたくないということで、内密に行ってくれていたことなので、その気持ちは素直に喜ぶべきものなのだろうが……。

 当の優はというと、あまりにも唐突の暴露に呆気にとられて、呆然と三人を眺めている。

 しかし、三人が語るそんな苦労話の中に、やぶへびになると分かっていても、さすがにツッコミを入れざるえない発言が多々ある気がするので、優は恐る恐る手を上げた。

「んと。ファンレターへの返信は手書きの返事でって……何?」

 すると、三人はさも不思議そうに顔を見合わせて首を傾げる。

「いや、だからさ。私は、そんなファンレターの返事を書いた記憶はないんだけど」

 そこまで言うと、三人は納得したように頷くと、示し合わせたかのように親指を立てて、各々なぜか誇らしげに問いに答えた。

「大丈夫です。筆跡鑑定すら欺く自信があります」

「サインも優さんに相応しいものにしておきましたから!」

「いやー、量が量だけに、コピーするのも一苦労だったよ」

 優が『がたん!』と、勢いよく机に突っ伏す。

「あ、あのね……。そんな誇らしげに言うことじゃないと思うんだけど」

 自分の知らないところで、まさかそんな裏工作が行われているとは。優は、今更ながら知らされる、予想だにしなかった爆弾発言に軽い眩暈すら覚えた。

「け、けど、そんなコピーの上に大量生産された返事なら、きっと今頃受け取った全員が気づいているはずだよね!」

 優は、自分にそう言い聞かせるように、『うんうん。きっとそうだ』と何度も頷く。

 この情報化社会と呼ばれる世の中では、そんな簡単な偽装工作がばれないわけがない。

「三人には言えないけど、今頃、ネット上では、その手紙の内容のすべてが、不特定多数の人々によって閲覧された挙句、誹謗中傷の嵐の中、晒し首の如く祭り上げられているに決まっている……。ああ、恐ろしきネット社会!」

「おーい。優、思いっきり口に出してるぞ」

「酷く偏った知識ですね。何か嫌な思い出でもあるのでしょうか」

 一向に進まない優の食事をよそに、翼達はすでに食べ終えた弁当箱を鞄にしまっていた。薫に至っては、食後のお茶を優雅に啜っている始末である。

「優さん、きっと大丈夫だと思いますよ?」

 綾奈が、地団太を踏む優の肩に手を重ねて優しく微笑む。

「綾奈……」

 幼さの残る立ち振る舞いだが、不安は勿論の事、疑問すら打ち消さんとするその笑顔は、まさに天使の微笑みそのものである。

「そう、だよね……。うん。きっと大丈夫だよね」

「はい。大丈夫ですよ」

 優が、綾奈の笑顔に釣られて頷く。

「……なんか、綾奈って、実はこのメンバーの中で一番怖い気がしてきた」

「奇遇ですね。私もです」

 自分達が、どれだけの詭弁・雄弁を用いても納得しなかった優を、笑顔一つで納得させてしまった綾奈に、翼と薫は畏怖の念を抱かずにいられなかった。

「とはいえ、納得して貰えたようで安心しまし、た……?」

 今のうちに話を纏めようとした薫は、何か不審な点に気がついたらしく、微妙に語尾を上げて眉を顰める。

「ん?」

 優がその視線の先にいる人物へと視線を移すと、なぜか優の机の真横で床に両膝をついている吉良がいた。

 その場にいた全員からの視線に気づいていないのか。吉良は心底悔しそうに呟く。

「馬鹿な……。額縁に入れて飾っているあの手紙が贋作だと……?」

 どうやら吉良は、そのファンレター返信偽造の不幸な被害者の一人らしい。ましてや、わざわざ額縁に入れて飾っているところを見ると、随分と重宝がられているようだ。

(そもそも、お前は俺に対してファンレターを出したのか) 

 重宝されている、というだけでも頭が痛いのに、見知った男からファンレターが送られていたとなれば、なんとも形容しがたい気分になってしまう。

「失礼ですね。元々存在しないものである以上、贋作とは言いません」

 優の、そんな心の機微を察することなく、愚かですね、と、告げる薫はどこか誇らしげだ。 しかし、それは誇らしげに言うべき台詞ではない気がする。

「それでも好きだー!」

「意味が分からないって!」

 訳の分からないことを叫んで抱きついてこようとする吉良を、優は力いっぱい殴り飛ばす。吉良はそのまま、優の隣の机を巻き込んで昏倒した。

「しかし、落ち着いたとはいえ、父の元へ送られてくるファンレターや問い合わせの対応に、更にラブレターへの対応となると人手が足りません」

「うん。さすがにちょっと大変かも……」

 薫の言葉に、綾奈が困った表情で相槌をうつ。

 すでにそこに至るまでに、当人が関与していない事を疑問視しないのはどうかと思うが、今更ツッコミを入れる気力も無い。こうなると、自分は素直に彼女達の案に従うしかない状態であることは、今までの経験で十二分に理解している。

 しかも、その大体が考えうる限り中での最良の案でありながらも、なぜか自分にとっては酷く疲れるものであることは……なんというか。必然と考えるには、少々気分が重くなるものだが。

「じゃあ、わたしにどうしろと……?」

 それでも、そうしなければこの事態は収まらないらしい。

 まるで死刑宣告を待つ囚人のような気分で、優は素直に諦めを口にした。


 お待たせ致しました!

 ここ最近よりは若干早めのアップです(´-ω-`;)ゞポリポリ

 いつも、サブタイトルに悩んでしまって、統一性のないものになってしまっていて、猛省中です。

 纏めたりしたときに、色々と手直しする必要があるなぁ、と痛感させられて(*゜∀゜)ガハッ∴;:*;:∵


 それと、ここで返信するのも可笑しな話ですが、いつもコメントやお手紙を下さって、ありがとうございます。

 やはり、読者様に直に感想を頂けるのは嬉しい限りです。勿論、修正や指南等も、頂く度に考える事があり、とてもありがたいです。

 現在も続きを執筆しつつ、それらを糧に頑張らせていただいておりますので、どうぞ暫くお待ちを!

 如月コウでした!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
http://nnr.netnovel.org/rank08/ranklink.cgi?id=secrets
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ