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25 愛している

 窓の向こうの深い藍色の空には、星が瞬いていた。部屋の中は暖炉の優しい光に満たされ、揺れる炎が二人の影を伸ばしている。静寂の中、薪のはぜる音だけが響いていた。


 レナートの唇が触れた指先から、熱が伝わる。早鐘のように打つ自らの鼓動を感じながら、セラフィーナは震える唇を開いた。


「初めて会った日、わたくしは、レナート様がマリーアンヌ王子妃殿下のことが忘れられないのだと、そう理解しました。でも今は……違うのですね」


 レナートはセラフィーナの指先から唇を離した。視線は逸らさずに、セラフィーナをじっと熱を帯びたまなざしで見つめている。


「違う」


 彼の答えは揺るぎなかった。


「婚約者候補だった彼女を、愛していると思い込んでいた。そうあるべきだと思っていたから。でもきみと過ごすうちに、自分の感情はもっと、想像していた以上に、思い通りにならないものだと知った。きみのことは、目が離せなくて、小さなことで嫉妬して、心が乱れて、それでも独占したくて、どうしようもない。――感情的にならないように、ずっと自分を律してきたのに」


 かつて「血の通わない人形のようだ」と噂されていたというレナートの姿は、今の彼からは微塵も感じられない。彼の瞳は、生身の人間だけが持ち得る、情熱に満ちていた。


「でもそれでいい。きみが教えてくれたように、目に見えているだけが全てではないから。公の場では、サハロフ家の人間として完璧に振る舞う。きみを守り、決して手放さないためにも」

「レナート様……」


 彼のその真摯なまなざしに、セラフィーナもまた、自らの想いを口にした。


「わたくしも、自分でも思ってもみなかった感情に驚きました。レナート様がマリーアンヌ王子妃殿下と再会することが、不安でした。どうしてこんな気持ちになるのか、自分でも戸惑うくらいに」


 セラフィーナは視線を外して、これまでの彼女らしからぬ、弱々しい声を上げた。普段はどんなことでも、前向きに答えることができるのに。

 

「わたくし、嫌だったんです。マリーアンヌ王子妃殿下に、またレナート様が惹かれてしまうんじゃないかって」

「……なぜ、そんな気持ちになったのか聞かせてくれ。きみは、私のことをどう思っている?」


 彼の問いに、セラフィーナはうつむいてしまう。きっと耳まで赤くなっているだろう。彼の熱っぽい視線が肌に感じられ、とても直視できなかった。それでも、セラフィーナは精一杯、自分の気持ちを打ち明ける。レナートだって心からの気持ちを伝えてくれた。


「レナート様は、正直で、誠実な方だと思います。わたくしのことを大切に守ってくれて、それだけじゃなくて、こんな風に情熱的に気持ちを伝えてくれて――好きにならないなんて、無理です」

「セラフィーナ」


 甘やかな呼び声が、彼の唇からこぼれ落ちた。セラフィーナはその響きに胸を打たれ、思わず顔を上げる。彼の顔が、ゆっくりとセラフィーナの顔に近づいてくる。二人の間にあったわずかな距離が、急速に、そして必然的に縮まっていった。暖炉の炎が、二人の影を踊らせるように揺らめいている。


「きみが、好きだ。――きみは?」


 もう一度問われ、その一途な視線に、セラフィーナはあらがうことなどできなかった。胸の鼓動は激しく、体全体が高揚感に包まれる。


「――レナート様が、好きです」


 それを聞いた瞬間、レナートの瞳に喜びが広がった。まるで冬の湖面が、春の陽光を受けて融けはじめるように、抑えきれぬ喜びが静かに満ちていく。


「セラフィーナ」


 愛情のこもった呼び声が、再びレナートの唇から紡がれる。セラフィーナは至近距離で熱っぽく見つめられ、頭がくらくらとしていた。幸福感が全身を駆け巡り、まるで体が浮いているような感覚に陥る。

 

「きみに触れたい」


 レナートの声が、甘く響いた。それがどういう意味なのかを、セラフィーナはきちんと理解していた。もう、二人の距離はこんなにも近い。セラフィーナは小さくうなずいた。


 頬をかたむけながら唇を寄せるレナートに、セラフィーナは震えるまぶたをゆっくりと閉じた。彼のあたたかい唇が、優しく彼女の唇に触れる。それは誓いのようなキスだった。

 静まり返った部屋の中で、二人の吐息だけが重なり合う。セラフィーナの心に、泣きたいくらいの愛おしさがこみあげてきた。


 唇が離れ、レナートがそっとセラフィーナの瞳をのぞきこむ。そこには、深い愛情と誠実な光が宿っている。


「……セラフィーナ、ありがとう。きみのこれまでのことも、私のことも、諦めないでいてくれて。きみのその強さや優しさを、とても愛しいと思っている。きみと出会えて、本当に幸せだ」


 レナートの言葉は、セラフィーナの胸に深く響いた。胸がいっぱいになって、どうしようもなくて。言葉の代わりに、一筋の涙がセラフィーナの頬を伝い落ちていた。それは純粋な喜びと、深い愛情に満ちた涙だった。

 彼の言葉は、これから先も、きっとセラフィーナを勇気づけるだろう。いつかまた、再びつらいことがあったとしても、きっと諦めず、未来を信じて乗り越えられると思った。


「わたくしも、レナート様に出会えて本当に良かったと、心からそう思っています」


 レナートは、そんなセラフィーナの瞳を見つめ、慈しむようにほほえんだ。そっと涙を拭ってから、もう一度、ゆっくりと彼女の唇に口づけた。今度は、先ほどよりも長く、そして情熱的に。彼の腕が、自然とセラフィーナの腰に回され、彼女の体を彼の胸へと引き寄せた。セラフィーナもまた、彼の背に手を回し、その愛情を全身で受け止めた。


「セラフィーナ。好きだ――愛している」


 途切れがちな息の合間にささやかれたレナートの声が、セラフィーナの心を深く満たし、胸の奥に甘く切ない疼きを残した。暖炉の炎に照らされた二人の影は、しばらくそっと重なっていた。

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