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グリア 〜過ぎた世界の望まぬ形〜  作者: 海堂直也


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38話 新生活の始まりとともに過ぎ行く日々

前回のあらすじ


卒業式を迎えた那知恒久は、学び舎の屋上でビシェシュ2体と対峙する。手に入れたばかりの高い性能を持つグリアversion2。恒久は、その力を振るわずビシェシュを逃してしまった。秋岡樹・荒牧陽介は、陣内元・越猪崇と合流、歪んだイキーカランについて話し【阿知輪晋也:フェンリル】を当面の敵として認識。越猪崇は歪められたイキーカランを正す事を優先させる。一方で、有明エンタープライズの開発室では、国家機密を傘に理想を具現化させようとする3人の思惑が交錯していた。




屋上で新しい力を棒に振り、ただ立ち尽くしていたあの日から数日が経った。


「おはよう!」


晴れ渡る空に同化してしまいそうな声。特に約束した訳ではないが、最寄りの駅では見慣れぬ制服に袖を通した日隠あすかの姿があった。


「おはよう、日隠さん。」

「どぉ?」


見事なターンを決める日隠に硬い表情で「うん」としか返せない恒久。“似合う”“可愛い”という言葉は照れくさくて言えなかった。


「えー!もうちょっとなんか言ってよ。」

「え!あぁ、うん。入学おめでとう。」


日隠は、立ち尽くす恒久の顔を覗き込むと、頬に笑いをため、くるりと背中を向けてしまった。


ーやっぱりお母さんのいう通りだー


「え?なに?」


「なんでもないよ!」


そう言って振り向いた日隠は、恒久の左腕をしっかり掴んで「行こう」と言うや“なんでもない”を含んだままの顔を恒久に残し、肩を捻り上半身を向こうへとやる。足は半歩しか出ない。その後で、行き場をなくした2人分の重心が勢いよく改札口へ駆けてゆく。


ー日隠さん、こんなに可愛いんだもんな。咲也が好きになるのも当然だよな。ー


掴まれた左腕が伸びきるまで、恒久は日隠に見惚れていた。


➖時任家➖


そんな羨ましい展開になってるとも知らず、時任咲也は二度寝から跳ね起き、昨夜からの行動に後悔を重ね、人生で初めて自分を責める。


日隠あすかの制服姿を一目見る、その為に早々と布団に入ったのが運の尽き。目覚ましに勝ったのは良いが、05:30起床は流石に早すぎるので予定通り06:30までもう一度寝るか……それとも、寝過ごすくらいなら今?もしくは06:00には起床すべきか……考えながら目を瞑っているうちに時刻は07:14になっていた。


「咲也〜。あんた今日は早く出るんじゃなかったの?」 

「なんでこのタイミングだよ!それを知ってるなら早く起こしてくれよ。」


嘆きのような八つ当りをそこそこに、そそくさと着替え、母の呑気な「朝御飯は?!」というお節介を掻い潜り、バナナとロールパンを1つづつ手に取り「これ貰うね。」と言い残し先を急いぐ。


日隠あすかの制服姿を拝む。それは、時任咲也にとって何よりも優先すべき事項である。


―ちくしょう、せめて同じ電車使う学校選んでりゃ毎日会えたのに―


早起きして駅までの道を、新しい制服を着た日隠あすかと歩く。そんな時任咲也の妄想は先程までの夢の中では叶っていた。夢を現実にすべく必死に自転車を漕ぎ駅へ向かう彼を待っていたのは日隠ではなく、中3で初めて同じクラスになった男子2名。


「あれ?時任じゃね?あいつチャリで通えるからって八農にしたんだよな?」

「そんな理由で農業高校に行ったのかよ!」

「つーか、なんで駅に?」

「ってかさ。あいつ、制服、中学のじゃね?」


時任咲也は直感的で直情的。思い立った刻が吉の人。同級生に何やら指を差されていても、今は【あ〜ちゃん】しか頭にない。


「う〜ん、やっぱり行っちゃったのかな……なんで2度寝しちゃったかな……くそっ!明日は絶対に駅まで一緒に歩く!」


心の声が肉声になるほど悔やんだ。


会えない。


人が人に思いを募らせるには充分な起爆剤。時任咲也は日隠あすかが好きだ。勿論自覚もある。しかし、この瞬間、好きな相手から、恋い焦がれる対象に変わっていった。


“近所に住んでいていつでも会える。”そう思っていた日常は、そうしていた日常からも、卒業してしまったんだと、駅を背に自転車を漕ぐ度に込み上げてくる感情が、認めたくない現状をしきりに理解させようと襲って来る。


➖️第一高校➖️


最寄り駅から5駅で乗換えの為に降車する那知恒久と別れ、日隠あすかは更に4駅進み、予想通りなバスロータリーの人混みに辟易し、徒歩を選んだ。道中、これからの3年に思いを巡らせていると、景色の中に現れ受験の時とは違った雰囲気を感じる校舎に胸は弾む。


入学式を終えた生徒は教室へ移動、保護者は説明会や書類配布の為に体育館で待機となった。


「名前を呼ばれた者は返事と起立を」


担任教師が生徒を点呼し教室へ案内する。英語科やチアリーディング部の存在が、柔軟な校風を想起させるが甘い期待は何処吹く風、其処は偏差値の高い進学校、流石に校風は厳しそうだ。だが、日隠あすかは上機嫌。こんな雰囲気は日本舞踊の教室を営む家で慣れっこだし、何よりも、これから始まる生活への期待の方が勝っている。

 

ー全国優勝して、私も世界大会に行くんだ。NFLで、シアトルで、チアリーダーになるんだ。ー


残された保護者の中、数少ない父親だけの参加とあって、やや緊張気味の父:洋平を見つけた日隠あすかはニコリと笑って小さく手を振る。娘の笑顔につられ、ぎこちないながらも笑顔で頷く父:洋平。内ポケットから取り出したハンカチタオルで顔を2回押さえると自然な笑顔で娘の背中を見送った。


「日隠さん、お父さんイケメンなのね。」

「え?」


教室へ向う廊下で突然声をかけられた。その女子生徒は日隠とは違う制服で、美しく長い髪を揺らし日隠の耳元まで顔を近付けてきた。


「気を付けてね。」


そう囁くと女子生徒は何事も無かったかのように去って行った。その立ち居振る舞いの全てが美しく「誰?!今の誰!?」と騒然となるが、先頭を歩く担任教師の無言の圧力と眼力に蓋をされ、静寂は騒がしさを増す。


期待に膨らんでいた日隠あすかの“ときめき”は“ざわめき”テンポを変え、薄っすらと影が落ちる。


ー誰なの?何なの?ー


誰もが彼女を知るようになるのは少し先の事。今はまだ世間の認知度は低い。この場で彼女を認識しているのは【野田誠一のだせいいち】唯一人。


【日隠あすか捕獲】それは野田誠一には最良の《QUEST》。クリア報酬は、防音設備・録音機材・ドラムセット・アンプ、全てが揃った専用スタジオ。彼も【ZUERST】で選ばれ【Zweite】によって疑わないようになっただけで、眩しいほどに輝く夢を胸に抱いく青年であり、0組とはそうなのだ。


ー松浦彩花!?なんのつもりだ?!―


野田誠一は日隠あすかと反対方向へ歩みを進める松浦彩花を追い、松浦彩花は追わせた。


入学式とあって2・3年生の教室はどこもかしこも空いている。松浦彩花は適当な教室に入り、教卓へ位置をとった。対して野田誠一は後扉から入ってすぐの壁にもたれかかる。


「座ったら?」

「何しに来た。」


「日隠あすかを狙う人と話をする為。だから、座りなさいよ。」


もたれかかった上体を起こした流れで手にした通学鞄【कोकूनコクーン】を器用に扱い、椅子の背もたれを肩掛けで捕らえると必要以上に椅子を引き、机と離れた位置へ座りながら「譲らないよ。」と声を発する間、野田も松浦も視線を外さない。


「見当違いね、私は風紀委員よ。他校の女子生徒を付け回すのは品が無いから止めなさい。と、忠告しに来たの。これは本来の《QUEST》じゃない。遂行する必要はないわ。」


「わざわざ俺達全員の前で、不知火さんが出した《QUEST》だ、松浦の方が検討違いなんじゃないか。」


「そもそも其れがおかしいのよ。今迄そんな事は無かったし、ベルト奪取と日隠捕獲はイキーカランにそぐわない。これには他の意志が混ざっている。あなた、心当たりあるんじゃない?」


「あったら、なんだよ。」


「利用されるだけよ。」


「かまわないさ。」


「なによそれ」


互いに普段から顔には出ないタイプ。会話は静かに、それでいて重く、短く、凝縮され、爆発。


「……お前みたいに何でも揃ってる奴には解んないだろうな。夢を叶える為の環境が整うんだ、夢に一歩近づくんだ、喉から手が出るほど欲しいさ、手を出して当然だろう!邪魔しないでくれ!!」


「だめよ。」


「じゃあ、仕方ないな。」


見た目は色違い、だが、互いに手にした金属質なバックパックは似て非なる物。


उद्भवウッハブ


परिवर्तनパリバータン


野田誠一は【कोकूनコクーン】から、松浦彩花は【अंडाアンダ】から、それぞれ禍々しい靄に包まれると人を超えた存在へ変容する。

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