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グリア 〜過ぎた世界の望まぬ形〜  作者: 海堂直也


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36話 沈黙に漂う心音

前回のあらすじ


卒業式に思い返すのは、学生生活より、【विशेषビシェシュ】との対峙。自身の青春への不安を覚えつつ、恒久は卒業証書と新しいベルトを受け取る。開発者の一人である中知山和彦との会話の中、繰り返す葛藤と確固たる決意。争いや理不尽の無い世界を望む恒久の前に、荒牧陽祐が現れる。







「それは国家反逆罪、一発レッドで退場だ。」


恒久の前に現れた【विशेषビシェシュ】の風貌は金属質な狼男。


だが、荒牧陽介あらまきようすけが変容したのは


牧羊犬ボーダーコリー


全犬種No.1と呼び声高い知能とスタミナで、ヒツジの誘導技術にかけて右に出るものは無し。更に、驚異的な瞬発力・跳躍力・俊足を保持し、現在は《フリスビー・ドッグ》の名を欲しいままにしている。


荒牧陽介あらまきようすけはサッカー部所属、ポジションはボランチ。《ボランチ》とはポルトガル語で《ハンドル》や《舵取り》を意味する言葉で、サッカーではその言葉通りにチームをコントロールするポジション。攻撃、守備、両方の起点となる。


求められる能力は、広い視野と瞬時の判断力、前後半変わらず走り続けるスタミナと瞬間のスピード。


विशेषビシェシュ】は元々、人間の動きをサポートする医療用アシストロボット【NEURON】の発展器具、災害救助用にデザインされた多機能型強化スーツ。


विशेषビシェシュ牧羊犬ボーダーコリー】は、単体で広域の要救護者発見と二次災害防止に特化した、嗅覚と走力に優れるタイプ。


荒牧陽介✕牧羊犬=ベストマッチ


普通、恐怖を覚えるであろうその姿に、開発者の1人である中知山和彦は、食ってかかった。


「話を聞いていたなら分かるだろう?このまま歪んだ【एकीकरणイキーカラン】を進行しては、国家そのものの存亡が危うい。世界に対して信用を失うだけだ。今ならまだ間に合う。止めるべきだ。」


「【एकीकरणイキーカラン】はセレクションだ。選ばれる事、生き残る事に意味がある。あんたは俺にとって監督でも審判でもない。話に耳を傾ける義務は無いな。」


「くそぅ!文科省の犬め!解っているのか!?【विशेषビシェシュ】や【पागलパーガル】の存在が明るみに出れば、我々はただでは済まないんだぞ!私の立場はどうなる!」


憤慨をあらわに牧羊犬ボーダーコリーすがる中知山は、その身を軽く剥がされた勢いで壁に頭を打ち床に転がっている。


「立場……そんなもの、利用価値があれば保証されるだろ。」


そこへの捨て台詞に悪意は無く、淡々と発せられる声は、ただ《QUEST》に従順な【विशेषビシェシュ】の恐ろしさを想起させるだけだった。


synシン apseアプス


荒牧陽介あらまきようすけが入室した時点で既にケースに手をかけていた恒久は、躊躇なくその中身を装着。沈黙が支配仕掛けたその場に響くベルトからの音声は前の物と変わら無いが、グリアの見た目は攻撃的な雰囲気を携えていた。


「参ったね、コレは選手交代、だ!!」

 

期せずして中知山が作った僅かな死角と時間は荒牧には大きな痛手、凄まじい勢いで校長室を飛び出す【牧羊犬ボーダーコリー


「秋岡、聞こえてる?」

「ああ、聞こえてた。」


1年0組を覆う暗い雲《稲葉・巻の勝手な事》それを知る《柚留木の変貌》《グリアの存在》そして、《国家機密एकीकरणイキーカラン以外の意志》それらを晴らす為、陣内元じんないはじめが情報収集能力の高い二人を目と鼻として効かせていた。


「国家機密を利用して私服を肥やそうだなんて、図々ずうずうしいと言うか、太々ふてぶてしいと言うか……」


「馬鹿馬鹿しい、だろ?たった1人の我儘のお陰でグリアあいつは現れたのか?1人の私利私欲の為に柚留木は別人になっちまったのか??冗談じゃ無い!フェンリル、阿知輪とか言ってたな、優先して排除する。」


「そしたら陣内と越猪に連絡しといて。」

「ん?お前から話した方が伝わるだろ。」


「だろうけどさ、無理かも。」

「!?……追いつかれたのか。」



校内を駆ける黒い疾風は2つ。廊下、階段、教室を抜けて、屋上で交わる。



ー僕はグリアになれるなら、イキーカランを止めるー



激しい火花と金属音、戦いの狼煙は上げられた。



先制は牧羊犬。追い付かれる間際に身を翻し、グリアに尻尾を叩きつける。不意をつかれた攻撃に腕でガードするも、前に向かったエネルギーは横からの衝撃には弱く、グリアは弾き飛ばされる。


しかし、見た目程のダメージは無く、着地と同時に飛び出すグリア。


「まぁ、そうだよね。」


グリアの戦闘パターンは研究されている。ここぞという時に宙を舞い、強烈な蹴りが飛んでくる。牧羊犬の視界から消えたグリアは予定通り頭上に居た。


フリスビードッグにとって、それを捕獲するのは容易い。空中でバランスをとる為に広げたグリアの腕に噛み付き、頭を振って地面へ叩き落とす。


「さあ、どうする?」


牧羊犬は綺麗に、グリアは叩きつけられ転がる様に、着地後、間合いをとって動かない。


荒牧陽介ボーダーコリーは実際動けない。下手に動けば性能で勝るグリアに勝ち目はなく、広くとった間合いですら狭く感じている。ここまでの攻勢はデータどおりパターンに嵌ってくれたから、この次の展開がそうとは限らない。半身に構え、後に引いた左足に体重を乗せ、グリアを注意深く視界に捕らえるのは、この間合いを保つ為。


しかし、恒久は【विशेषビシェシュ】に対して苦手意識を持ってしまっている。


ーどうする?今にも襲い掛かって来そうじゃないかー


頭では倒すべき相手と認識していても、【野田誠一モウドクフキヤガエル】に負けた事実は覆せず、気持がブレーキをかけて動けない。


グリアversion2は恒久仕様にカスタマイズされ、腕の装甲・脚力のアシスト性能・が向上している。当然、【विशेषビシェシュ】より性能は優れており、この状況を打破するのは容易なのだが、それよりも容易に、前後左右は勿論、先程同様に宙を舞っても、俊敏な牧羊犬ボーダーコリーに噛みつかれ負けるイメージを作れてしまう。


“転ばぬ先の杖”・“石橋を叩いて渡る”


危険予測は安全を確保する上で必要不可欠な想像力。だが時に、ましてやあれこれ思案している場合ではない時には、唯一無二の成功イメージを決め打ちするのも安心と安全を約束する。ひいてはそれが一発必中の技と成り得たりするものなのだ。


「グリア、なぜまたベルトを手にするんだ?君が力を手に入れれば、僕達は戦わなければならない。イキーカランについては柚留木さんから聞いているんだろう?」


「だから僕はベルトを手にするんです。理不尽な恐怖を払う為に。」


「理不尽な恐怖?」


「何の前触れもなく、意味もなく、突然襲われて、それが理不尽以外のなんだって言うんですか!」


「君は何も解って無いんだね。健全な地球の為、洗練された世の中と人類の未来の為に必要な事だろ?運悪く《QUEST》の対象になったとして、運を掴めないのもセレクションから落とされる立派な理由さ。」


「運悪く……イキーカランは只の無差別殺人だって、自覚してるんですか!」


「いいかい、人類の未来の為に価値ある存在なら、そもそも《QUEST》の対象には選ばれないんだ。つまり、未来から、世界から、切られてしまったんだよ。」


「そんなの、何を基準に。」


「基準ね……君の存在は何の為にあるんだい?僕は所属しているサッカー部でPlayerプレイヤーとしてLevelレベルを上げてTeamsチームを勝利に導く為に存在している。勝利に貢献出来なければTeamsチームから除外されてしまう、それを決めるのは僕自身でもなければ共に頑張ってきた仲間でもない、陰ながら応援してくれる家族や友人知人でもない。」


牧羊犬はグリアに向い、緩やかに、滑らかに、間合いを詰め、“वपसीバップスィ”そう唱えると変容を解いて荒牧陽介の姿をグリアの前に曝す。


「監督だよ。」


精悍な顔つきで立ち向かう荒牧陽介に対し、グリアは戦意が削がれていく。それでも目の前に立つ男が理不尽の権化【विशेषビシェシュ】である以上、耳を傾けてはいけないと、必死に反論を思考する。


「僕はスポーツの話をしてるんじゃない!」


「監督に選ばれなければ存在理由は無くなる……同じだよ。社会には、この世には、監督がいる。僕等【विशेषビシェシュ】は選ばれた。勝利に必要なPlayerプレイヤーとしてね。【एकीकरणイキーカラン】は誰かがやらなくちゃならない。」


「だから、どうして、イキーカランなんて計画があるんですか!」


「歩むべき未来は人類の監督【スーパーコンピューター】が算出し【先進国会議】で決定してくれる。文明と環境の共存を望むには人類の数が多過ぎる。人口削減は急務。勿論これは一般に公表されないけどね。」


にわかには信じられない。しかし、恒久はこの突拍子も無い話を信じたくない・・・・・・と思える。


【蜘蛛:稲葉公太いなばこうた】の存在を目の当たりにし、戦えと言われ強制的にベルトを巻かれ、【蛇:巻恵市まきけいいち】に存在を否定され、【蛾:柚留木美香ゆるぎみか】からएकीकरणイキーカランの話を聞いた。


विशेषビシェシュ】という存在、それと戦う【グリア】という自分自身の存在、それ等が常識を壊し、受け入れ難い現実を認識させている。


「そんな事が許されていい理由なんて……」


「ないんだろうね。但し、放っておいていい問題じゃない。だから僕達【विशेषビシェシュ】が居る。チームの勝利の為には身を削る事もあるさ。例えそれが汚れ役でも。」


“グリアとは戦うべきじゃない”越猪崇が説いた言葉を荒牧陽介は思い出す。


ー那知君は僕等を敵だと認識しきれてないのか。なるほど。ー


あと一歩。踏み込めば拳の当たる距離まで間合いは縮まっている。それでも互いに見合ったまま、先程とは違った心境で動けずにいた。


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