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グリア 〜過ぎた世界の望まぬ形〜  作者: 海堂直也


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28話 隣接する嫉妬

前回のあらすじ


執行委員代理から執行委員を狙う阿知輪晋也の密告で不知火と千知岩の進めるグラズヘイム計画を嗅ぎ回る公安調査庁に【姫蜂】の寄生。親友を失った恋塚涼子の心を埋める様に《QUEST》があてがわれる。《QUEST》は成功するが恋塚に達成感や満足度は無い。只、虚しさが付き纏うだけ。恋塚は柚留木に会う為に《中央病院》へ向かう。そこには那知恒久の姿。柚留木について問うが欲しい答えは何も知らない恒久。苛立つ恋塚の前に欲しい答え阿知輪が現れる。






➖国立大学付属高校1年0組➖


教室の空気は相変わらず重い。


真ん中の席では、越猪・秋岡・荒牧・陣内が【विशेषビシェシュ】に関与しているであろう国家機密【एकीकरणイキーカラン】以外の意志について意見を交わしている。


越猪としては全員の意見を聞きたい所だが、秋岡・陣内は4人の意見が纏まるまで待つ考え、荒牧はどちらも悪くないと云う考え。結局、越猪は多数決を尊重し待つ事にしたが、聞こえよがしに声は大きくなりがちで、目線は四方に飛んでしまう。


廊下側後の席では、その辺の話題は何処吹く風、越猪の気持ちを逆撫でする様にオリジナルの楽曲制作に夢中な軽音楽部の磯貝と野田。有働も話題から避けるようにマジックの練習。砂月は読書、八浪は食べるか寝るか増住を眺めるか、増住は松浦を静観、松浦は恋塚を気にかけていた。


恋塚涼子の雰囲気は暗い。


阿知輪晋也の言葉に納得せざるを得ないが腑に落ち無い。柚留木美香の件に関して無力である事に、余計な事を知ってしまった事に、足掻くことさえ許されない環境に、気分は沈み込んでしまった。


窓際の席に突っ伏して外を眺める恋塚。その前の席、今は空席の柚留木の席へ松浦が腰掛け語りかける。


「随分と静かなのね。」

「五月蝿いより良いでしょ。」


お互いに癇に障る言い方だ。


「良くないのよ。貴女のせいで辛気臭いのよ、教室。」

「八浪だって寝てるし、砂月さんだって充分辛気臭いでしょ?ワザワザ私に言わなくてもいいじゃない。」

「涼子の雰囲気が変わって、教室の雰囲気も変わったから言ってるのよ。」


言われずとも分かってはいる。だがそれは正解とは言えない。稲葉の病院送り、グリアの出現、教室の雰囲気は徐々に変化してきた。巻が居なくなって賑やかしさは失われ、柚留木を失い灯は消えた。1年0組を覆う雰囲気は起きている問題に等しく、恋塚涼子1人の問題ではない。


「馬鹿みたいに五月蝿い2人が居なくなって、私1人で、どうしろって言うの?」

「別に馬鹿騒ぎをして欲しいだなんて言ってないでしょ?この教室で未来を向いてないのは、涼子、貴女だけよ。」


英姿颯爽を掲げる1年0組は、各自方向性が違えども、己が目指すビジョンを持って疑わず邁進する仲間である。そして、ゆくゆくは其々の道でカリスマ性を発揮し、各業界を先導する。その為のカリキュラムも組まれているのが、中学生対象県下一斉学力テストに巧妙に仕組まれた心理審査【ZUERST】で選ばれた生徒【विशेषビシェシュ】なのだ。


だが、柚留木を失い、恋塚に再び浮上する葛藤。


ー結局コレが何になるの?ー


何も残らない、人は消えて亡くなる、なら、私にとって要らないモノなんか全部消えてしまえばいい。


柚留木に会う前に恋塚が出していた答えは呪いだった。


呪いの言葉は【परिवर्तनパリバータン】自分を一匹の虫に憑依させて恨み辛みの籠もった卵を標的に産み付ける。


《QUEST》は行うべき事、そこに達成感や充実感は無く、ましてや気分が晴れた事など無い。只、自分の中に薄暗い雲がどこまでも広がってゆく様な壮大な昂揚感に、只々、漂っていられた。


恋塚涼子にとって《QUEST》は、そう云う存在だった。


だが柚留木は違った。


大好きなエクレアを食べる時も、それを買いにコンビニに向かう時も、一緒に行こうと腕に絡みついて引っ張る時も、晴々(はればれ)としていた。【विशेषビシェシュ】としての諜報活動でさえ、おぼつかなく宙を舞う時でさえ、薄暗い雲に漂ってはおらず、そこを突き抜けて晴々(はればれ)としていた。


普通、底抜けに楽しそうな柚留木を幼稚だと笑う者が殆どだ。しかし、恋塚は憧れた。


《楽しむ》それは自身の中に相当な爆発力のあるエネルギーが無ければ出来はしない。


曇り空に呑み込まれて、いずれは自分も消えて亡くなる。そんな、のったりとした時間の過ごし方しか思いつかなかった恋塚は《楽しむ》に惹かれたのだ。


「未来なんて必要ない。」

「それでも必ず今は過ぎて行くのよ。」


虚無感を漂わせ塞ぎ込んでしまった恋塚涼子の天岩戸を開く松浦彩花の言葉に飾り気は無い。


「私は何を選んでいいか分からない。何を残すのか、残せるのか、結局全部失くなるなら、もぉ何も選べない……」


「なんでそんな事考えるのか知らないけど、あなた考え方が逆なのよ。何も残さない。それが1番美しくあるべき姿なの。全ては土に還る、残しちゃ駄目なのよ。生きた証なんてモノも要らないの、花は散るから輝く。そうでしょ?」


費やした時間や努力が無駄になるなら、虚しいだけだと思って来た恋塚には衝撃だった。ましてや現役高校生モデルとして活躍している松浦が、そんな風に考えるだなんて思いもよらなかった。


「あなたが美香の事好きだったのは、後先考えないで一生懸命な姿が好きだからでしょう?お陰で空気は読めないし、何かと危なっかしいけど、いつも輝いてたわ。」


何かと楽しそうな柚留木を心の何処かで羨ましく思っていた事に、松浦は声にする事で初めて気付く。


「必死だったんだよ、美香は、無邪気な自分でいたくて、なのに……」

「じゃあ無駄だっていうの?そうやって一生懸命輝いたって事実があれば、せめてそれだけでもあれば良いんじゃないの?虚しい、無駄だ、分からないって、涼子は一生嘆くの?」

「でも、どうすればいいのよ。得に何が出来るわけでも無いのに。」


自分らしく生きる、活き活きと輝く。それは容易なことでは無い。人は産まれてからずっと、成長と共にレッテルが増える。


〇〇らしく。


レッテルに埋もれるか、逆らうか、馴染んでゆくのか、そうやって人は何者かに成ってゆく。


引き出すべき才能、活かすべき潜在能力、人に備わったソレに気付くのは、運命的な出逢い。


自分に無い才能に出逢い憧れるのは、埋もれた才能を開花させる為なのかもしれない。


「貴女みたいな人はきっと世の中に星の数ほど居るわ。でも、涼子はビシェシュでしょ?そんな人達のカリスマになるのね。私には出来ないけど、他人に寄り添うの、上手でしょ?」


विशेषビシェシュ】とはヒンディー語で【特殊】を意味し【ZUERST】で選ばれた1年0組は、将来的に各分野で牽引者となるべく教育も受けている。だがそれは頭だけで理解されても意味がない。気持ちで理解して始めて意味がある。風紀委員以外の【विशेषビシェシュ】は【Zweite】と呼ばれている超低音波催眠により《QUEST》に疑念を抱かないが、人格プログラム【Dritte】と違い、元の性格や思考には影響が無い。


恋塚涼子にとって、松浦彩花が風紀委員である事は、催眠や教育とは違ったモノを植え付ける。


「私はきっと誰かに寄り添わないと生きていけないんだと思う。」

「そんなの皆同じよ。人は人の心の中でしか生きられないのよ。只……皆、上手じゃないのよ。」


恋塚は机に突っ伏して涙をこぼし、松浦は孤独を感じていた。


そんな2人を静観していた増住が、遠慮がちに歩み寄り、小さな声を発する。


「松浦さん、今日のスケジュール……雑誌のインタビューだけよね。どうかしら?その後……」


増住の提案は松浦の虚を突いた。


「香、あなた良いマネージャーになるわ。そうね、もう少し話をしましょう。」


冬のイベントを取り戻す様に女子会が開かれる。


増住は、クリスマスのお礼も兼ねて砂月を招待したが、シャワーと来客用布団が完備された道場へ逆に招待されてしまった。


恋塚と砂月が用意した鍋を囲み、松浦と増住が用意したスイーツを楽しみ、4人だけの空間に話が弾む。


「香は八浪の事どう思ってるの?」

「え?」

「あいつ、分かりやすいよね。いっつも増住さん見てるし。」

「え!」

「その服、凄く真剣に選んでました。」

「……」


チュニックより赤くなった増住が、必死に話題を変えなら喋り倒したのは言うまでもない。

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