26話 インタラクティブ
前回のあらすじ
不知火凌から【एकीकरण】を任された阿知輪晋也は国家機密と同時に自身の野望として軍事産業に参入を企てる。
【पागल】と【Dritte】の性能を【NEURON】に転用し老若男女が即戦力となるデータを得るためのスケジュールが埋まる。
一方《ハチノスツヅリガのレポート提出》で信じ難い現実を目の当たりにした秋岡樹は、荒牧陽祐・陣内元・越猪崇を部屋に招き詳細を語った。
柚留木美香の変貌は波紋を広げる。
北欧神話によれば、オーディーンは戦士の魂をグラズヘイムにあるヴァルハラ宮殿へ送ったとある。彼はそれを償いと感じていただろうか、それとも施しであったのだろうか……少なくとも不知火にとってソレは、義務であり施しである。
不知火凌は幸せとは何かを模索する人物であった。
幼い頃から優秀であった彼は、母の期待に応え、父を満足させ、先生と呼ばれる者を驚かせた。だがそれは幼少期だけの話である。何故なら子供は素直で残酷だからだ。集団生活において危惧すべきは嫉妬、排除される異物は弱い者だけではない。
強過ぎる者、目立つものは排除される。早くからその事に気付いた不知火は才能を抑える事に神経を使った。トップ争いを避け、自身の立ち位置を上の下に位置する為、そういったレベルの人間をサンプルとして友に選び、平和を獲得した。
決して目立たずミスもしない平和な生活を過ごす不知火に衝撃が走ったのは《文部科学省・科学技術・学術戦略官》として有明エンタープライズへ出向して間もない頃、システム開発部の千知岩孝典が死にかけていた事に端を発する。
【समझ】による脳波とデバイスの相互受信が、現実との区別を狂わせる仮想空間アースガルズを完成させていた開発部は、フルダイブゲームを幾つか試作して楽しんでいた。恋愛シミュレーション、ガンシューティング、剣と魔法のRPG、推理、格闘etc
その全ては完璧過ぎた。生身で風をきって空を飛び、手から炎を出し、冷たい銃を握りしめ、熱い爆風を掻い潜り、待ち行く人との会話と表情から真実を見抜き、卒業式に告白をして、唇の感触を知る。
千知岩はゲームというゲームに飽きてしまい、面白いゲームを求めた結果《無いなら作ればいい》との結論に達し、自作した渾身の恋愛シミュレーションにダイブした後、現実に帰る事を忘れ危うく死にかけたらしい……
「私が造った人工知能ミーミルは、この世の全てを学習する。どんな事にも答えてくれるし数値化もしてくれる。理想の世界?そんなモノの構築は既に実証済みですよ?」
不知火は歓喜に身悶えた。誰もが気兼ねなく自分をさらけ出せる世界が在る事に。其処には自身を遺憾なく発揮できる世界、個人の欲求が満たされる世界が存在していて、望む幸せを体感出来るのだ。
「素晴らしい! 人はもっと自由で平等であるべきなんだ。現実に蔓る理不尽と制約を除き、自らの責任で生き方を選べば、命に迷いは無い筈だ。誤魔化し合う事なく純粋な価値観で生きて行ける。それでこそ、可能性という進化の多様性が実現できる!地球に必要な人類の選別が出来るというものだ。」
不知火の構想を千知岩は面白がった。不特定多数の人間が想像する其々の理想の世界を見てみたい。其処に自分の想像に及ばない世界を垣間見たいと興味を覚えた。
対象者の理想は【समझ】で読取り、望む世界を人工知能ミーミルがモデリング、プログラムは人力でも構わないが、国が管理しているスーパーコンピュータの使用許可が降りれば、瞬時に全ての人を望む世界に沈めてみせると言い切った。
斯くして、奇才・千知岩孝典と、秀才・不知火凌は、先進国首脳会議で決定されたKWBを実践するための【国家機密एकीकरण】を傘に、人を望む世界にダイブさせる【グラズヘイム計画】を進めていった。
賢者ミーミルから知恵を手に入れた最高神オーディーンは、終末の日ラグナロクに備えワルキューレを使い戦士の魂を集める。
期せずして阿知輪晋也はワルキューレの役を務めていく。
➖国立大学付属高校・軽音楽部➖
ギター・ボーカル
磯貝亮太【芋貝】
ドラム
野田誠一【蛙】
2人は少々面食らっていた。爽やか風イケメンが突然部室を訪ねてきた事に加え、仰々しいプレゼンを始めたと思えば、掲げたタブレット画面には八代天満宮での【蛾】VS【グリア・シュワン】の戦闘場面が映し出されている事に。
「これは【कोकून】君達の【अंडा】と違い【पागल】を搭載している。【पागल】とは簡単に説明するとリミッターカット機能の様な物でね、普通、人間は本来の能力を3割程度しか引き出せていないんだ。体も脳も機能をフルに使えば壊れてしまうから無意識に制御してしまう。だが君達は【विशेष】だ、リミッターカットする事で各々の能力を最大限活かしても肉体への影響は極めて少ない。【グリア・シュワン】の脅威から身を護る為にも君達には必要な機能だと思うけど、どうかな?」
長台詞を言い切ると、鼻から息を吸い込み胸を張る。笑顔をアピールする阿知輪晋也は嘘はつかないが肝心な事を明かさない。そして、物理的にも精神的にも隙間に入り込むのが上手い。
「【विशेष】と【पागल】を合わせた時、必要になるのはスポーツや格闘技の技術とか知識より、自由な発想力なんだ。真価を発揮できるのは、君達の様な豊かな想像力と感性に溢れるアーティストなんじゃないかな?」
タブレットに映る戦闘の映像は【蛾の爆針毛】による無数の爆発の瞬間で終わっていた。
「何をするにもセンスが大事なんは、よぉ分かるで。」
「磯貝……あんまり調子に乗るなよ。」
パフォーマーの野田とリズム隊の磯貝は、思考のバランスがとれている。
「なんや誠一!【ベルトの奪取・日隠あすかの捕獲】が《QUEST》や言われた時、俺等向いてへんっちゅ〜て悄気とったたやないか。チャンスやで!」
「別に、目立つ活躍がしたい訳じゃない。」
対照的でありつつ、2人の意志はリンクしていた。稲葉・巻が倒され、有働の《QUEST》も邪魔されている。1年0組が【グリア・シュワン】の脅威に晒される中、非戦闘員であった柚留木美香の大幅な戦闘力の向上はキラーコンテンツである。しかし、阿知輪にフィニッシュブローは無い。交渉相手が首を縦に振る迄、手数で勝負をする。“カードは持てるだけ持っておいた方がいい”元営業主任、那知恒久の父《那知悠作》から教わった事だった。
「君達の協力に伴い私が出来るお礼は、防音設備と機材の揃ったスタジオの用意くらいでしかないけれど……」
「……それが《QUEST》であるなら断る理由はありません。」
阿知輪晋也は鼻から息を吸い込むと美しい姿勢で爽やかに笑顔を決める。それに釣られた野田誠一の涼やかな愛想笑いに磯貝亮太が豪快な笑い声で乗っかる。
「よっしゃあ!そんなら【ベルトの奪取・日隠あすかの捕獲】は俺等に任せてくれたらええ。なあ!誠一!」
後悔は先に立たない。ましてや彼等には後悔という概念すら持たせて貰えない。超低音波催眠【Zweite】が国家機密に疑問を抱かせない。事が順調に進んでスケジュールが埋まると、それに比例して阿知輪の心も満たされてゆく。有明エンタープライズ総務係長であると同時に国家機密【एकीकरण】執行委員・不知火凌の代理として得意満面。
「お疲れ様です漁火です。自律防御行動機能を【芋貝】、自律攻撃行動機能を【蛙】に実装して下さい。それと、不知火さんの事ですが……」
電話口で見せる歪な笑顔が、他人には決して見せない彼の素顔なのかも知れない。




