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グリア 〜過ぎた世界の望まぬ形〜  作者: 海堂直也


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25話 企みを業とする人

神社に初詣に来た那知恒久なちつねひさ時任咲也ときとうさくや日隠びくれあすか。

おみくじ〈大凶〉をひいて気を落とす時任に声をかける柚留木美香ゆるぎみか

明るく元気だった彼女の雰囲気は、【Dritte】と呼ばれる洗脳の影響により気怠いモノにかわっていた。

1年0組の中で《QUEST》に対して最も反応の弱かった柚留木は【एकीकरणイキーカラン】を強く意識する余り自身こそ【एकीकरणイキーカラン】そのものであると認識し、人類の選別を始める。手始めに自分を“可愛い”と言ってくれた時任咲也を手中に収めるつもりだったが戦闘に発展。【グリア・シュワン】を相手に引けを取らない戦いを見せたが、ひとまず【イヌワシ秋岡樹あきおかたつき】に保護される。





圧倒的な戦力差を見せつけた【柚留木美香ハチノスツヅリガ】も、《蛾のレポート提出》を命じられていた【秋岡樹イヌワシ】も、被害者を出さずに戦闘を終えた【那知恒久グリア時任咲也シュワン】も、捕獲対象にされている事を知らない日隠あすかも、誰の顔にも喜びの表情は浮かばなかった。


だが1人、この状況に眼を輝かす者がいる。

「素晴らしい、あの柚留木でこの戦果ですか。」

不知火凌しらぬいりょうから【एकीकरणイキーカラン】を任された阿知輪晋也あちわしんやがモニターを嬉々として見つめていた。


「暴れさせるには充分だが制御するには多少の問題が残る。だがその程度だ。今の彼女は被験者達が自我を保てなかったレベルで【Dritte】を使用しているにもかかわらずだ。」


阿知輪から表情が消える。


【Dritte】は戦いの黒歴史。無論それは《計画があった・研究されていた》と云う歴史でしかなかった。古くは狩猟民族の儀式や祭りにもみられる《トランス・催眠・洗脳》の類。人が人を意のままに動かすなど不可能な事。しかし不知火は後世に、それは存在したと言わしめる歴史を残す事になる。有明エンタープライズが占いや性格診断アプリ開発で培った人格のモデリング、シミュレーションゲーム開発で培ったキャラ設定型自立思考AI、脳とデバイスの相互受信を可能にした【समझサマジ】、グリアに採用したダイレクトコネクト、其れ等をを合わせることで強制的に思考パターンをコントロールするシステムを有明エンタープライズ・システム開発部:千知岩孝典ちぢいわたかのりの協力を得て成功させた。


【Dritte】は人格を変えられる。


鼻筋に指を沿わせた不知火は、顔を天井に向けたまま続きを語り、目線だけを阿知輪に落とす。


「被験者達には人間性に偏りがある。攻撃的・暴力的・独善的な性格をしている者が殆どだ【पागलパーガル】を使用させる為に【Dritte】のレベルを上げる必要は無い。そもそも【Zweite】で充分事足りる実験だからな。そこの資料にあるとおり、単純なプログラムしか使用していない。」


資料に目を通すと使用されたプログラムは《現れたモンスターは倒す》という本当に単純な思考。【Dritte】の出力レベルは10%で【पागलパーガル】の性能を十分に引き出し《ストレス無し・行動は順調》と記されてある。出力レベルを15%に上げると、《ストレス有り・異常行動・大声を張り上げプログラムを連呼》と記されている。出力レベル18%《非常に大きなストレス有り・自傷行為・主に頭部》と記され限界を得る。


「単純なればこそ影響が大きく被験者の自我は崩壊した?」


「いや、同じ事をしても柚留木君は抵抗してみせた【Dritte】を跳ね除けたよ、出力レベル18%で目の前に現れたモンスターから逃げ出したくらいだ。【Dritte】の真骨頂は思考の変換、頭ごなしに単純な命令を下すより、自ら行動に移せる理屈を教えてこそ活きるというものだ。だから彼女には私の人格をプログラムさせた。イキーカラン思想による人類の選別と、ヴァルハラでの永遠の幸福が混同しているようだが、25%でようやく心身共にリミッターは外れた。【Dritte】によって生まれた自分の中の新しい常識、もう1人の自分との葛藤、消え入りそうな本来の彼女がどこまで頑張るか。上に報告する様なデータではないが、興が沸くというものさ。お前が見たがっている【एकीकरणイキーカランの先】とやらもな。」


不知火の顔に表情は浮ばない。阿知輪は手にした資料を揃えて不知火に向けて直す。不知火はそれを視界の隅に残し、鼻筋に沿わせていた指で髪を掻き上げ、珍しく両目と口を大きく開いた。


「既に言ってある筈だ、ミズガルズに興味は無い。私は人が求める幸せに興味があるのだよ。人の数だけ幸せがある。お前の幸せは【एकीकरणイキーカランの先】にあるのだろ?楽しみじゃないか、それがいったい何なのか。」

「人類が導き出した答えが果して正解なのか確かめたいってだけですよ。」


不知火が両手を広げて笑顔を見せると、阿知輪は再度資料を手にして軽く鼻から息を抜く。


「神の如き台詞じゃないか」

「今しがた神を委任されましたので」

「やはりお前は面白いな」


एकीकरणイキーカランの先】 阿知輪晋也が求めるのは現実の権力と富。柚留木の様な非戦闘員が充分に活躍出来る。それは、戦争というビジネスに必要な兵の確保を容易にした事になる。老若男女問わず、思想も問わず、訓練も無く、誰もが戦力になってしまう。国家機密として世界に先駆けて人口調整を成功させる事と同時に、阿知輪は軍事産業に参入する事を目論んでいる。


軍用兵器【पागलパーガル】を諸外国へ売り込むには【NEURON】への転用を成功させ、訓練経験の無い老若男女を利用し【पागलパーガル】の真の姿を引き出す必要と、不確定要素の残る【Dritte】が万人ばんにんに有効な人格プログラムである証明を急ぎたい。


リハビリ施設による【NEURON】の治験が間近に迫り、データの管理、製造ラインの確保、マーケット調査、販売ルートの確立etc、阿知輪のスケジュール帳が埋まってゆく。


この日を境に、阿知輪の癖は息を《吐く》から《吸う》に変わった。


➖秋岡樹の部屋➖


寮の中ではわりと広い秋岡の部屋には、陣内元じんないはじめが床に座りベッドを背もたれにしてスマホで戦国系RTSをプレイ。敵陣へ切り込んでは引き、追って来た部隊を左右から挟み撃ち。偃月えんげつ鶴翼かくよくの単純な繰返しだがタイミングは絶妙。それをサッカー部の荒牧陽祐あらまきようすけが椅子に腰かけ眺めている。


10,000対15,000で始まった合戦は、8,700対9,500にまで差を縮めた。


「凄いな、相手の方が強いんだろ?」

「総合力ではね。機動力を活かして相手の数を削れば勝機は見えてくるよ。」


ウイークポイントの見極め、攻守の切替、誘い込み、サッカー部ではボランチというポジションを務める荒牧に必要なスキル。ここからの勝利への戦局に釘付けにならない訳が無い。


2人がゲームに夢中になってくれるのは、秋岡には良い状況。話があると呼び出したが、気持ちの整理がついていない。柚留木美香の変わり様に驚いたのは、那知恒久・時任咲也だけではない。同じ1年0組である秋岡の方が、その変わり様に驚き、恐怖すら覚えた。


「もう少しで越猪も来るから待っててくれ」


仰向けに寝転がり天井に向かって声を放った秋岡は、手にしたスマホの重みでベッドに沈む感覚を味わった。



「ごめん、またせたね。」


妙な沈黙が漂う部屋に入室してきた越猪崇おおいたかしの手にはエコバッグ、中にはお菓子とジュース、彼なりの気遣いが空気に沿わない事は間々ある。


スマホの画面に勝利の文字を確認した陣内元は顔を上げるとお菓子をせがんだ。同い年ながら、その体格差は大人と子供。親戚の叔父さんに戯れている様にしか見えない。


荒牧が少々興奮気味に陣内の自慢をすると、越猪はそれに共感で応える。越猪はアメフト部では守備の司令塔LBラインバッカーを務めている。荒牧と同様、陣内がプレイする戦国系RTSに釘付けになった放課後を鮮明に憶えていた。そんな中、場の雰囲気が和やかになるほど、秋岡は自重に抗えなくなり、話も纏まらないまま声を放り投げた。


「まいったよ、柚留木だった。」


1年0組では解決していない《勝手な事》それを知る柚留木、その存在には大きな意味がある。視線が集まっている事は目を閉じた秋岡にも分かる、だが次の台詞は出てこない。


越猪は秋岡にジュースを差し出した。


「樹、これで良いか?」

「ああ、わるいな。」


差し出したジュースを受け取る為に体を起こした秋岡は《QUEST:ハチノスツヅリガのレポート提出》をボソボソと語り出した。


越猪・荒牧・陣内は、部屋に呼ばれた時点で只事では無い事は察していた。しかし、頭のキレる秋岡があからさまに困惑し、表情すら浮かべず語った内容は、部屋の空気に奇妙なエッセンスを混ぜた。


「本当に柚留木君なのか?」

「俺も、もしかしたら新1年生のビシェシュなんじゃないかと思ったよ、去年の今頃はアンダ貰ってたからな。」


神妙な越猪の顔を見ずに、秋岡は受け取ったジュースを手に遊ばせて眺めている。


「柚留木さんだって云う確証は?」

「あの時と同じ事を言ったんだ。そしたら、俺の名前を呟いたよ。」


半ば納得した様な陣内に対して、不満の色を濃くする秋岡。


「柚留木さんから何か聞けたのか?」

「いや。俺の事は分かってるみたいだけど、話が通じないんだ。」

「まぁ、相手が柚留木さんなら仕方ないだろ。」

「そうじゃないんだ、キャラが違うんだよ。」

「やっぱり別人なんじゃないか?」

「本人じゃない可能性なんか幾らでも考えたさ!別人としか思えないんだから!でも、間違い無く、あいつなんだよ。」


端的な荒牧に苛立つ秋岡は、弄り回したジュースを勢い良く喉へ流し込んだ。


「送った先で《ハチノスツヅリガのレポート提出》をする時、ビシェシュから戻ったあいつは、俺の腕に絡み付いて引っ張ったんだ、髪型も表情も別人だけど、同じなんだ、恋塚を遊びに誘う時と、仕草が……同じなんだよ。それに……」


「1度ダンスを踊ったレディの手は忘れない。」


越猪の表情は頼もしく明るい、荒牧は微妙な表情だが、秋岡はそれで納得した。


そして陣内は、以前教室で有働が口にした台詞“まるで次に誰が動くか楽しんでいるようだ”を 思い出し《稲葉・巻の勝手な事》それを知る《柚留木の変貌》《グリアの存在》に対して、国家機密【एकीकरणイキーカラン】以外の意志を感じていた。

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