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グリア 〜過ぎた世界の望まぬ形〜  作者: 海堂直也


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23話 新年・刻は巡る


前回のあらすじ


混戦の中、八浪幸四郎やつなみこうしろうは誤爆により増住香ますずみかおりを戦闘不能にしてしまい自らも戦意を喪失。那知恒久なちつねひさ時任咲也ときとうさくやの救出に成功。


【グリア・シュワン】を取り逃がした有働和也うどうかずやは《QUEST》に拘るが、そこへ風紀委員の2人が現れ《QUEST》失敗を告げる。納得のいかない有働だが、文部科学省 科学技術・学術戦略官であり国家機密執行委員である不知火凌しらぬいりょうの代理というポストを得た阿知輪晋也あちわしんやが手配した部隊により現場は管制される。

屋上での戦闘はグリア・シュワンの勝利。

騒ぎが治まったショッピングモールでは、増住香へのXmasプレゼントを選ぶ八浪に声をかける松浦彩花。

普通とは何か、【एकीकरणイキーカラン】という計画が産んだ日常に神経を過敏に反応させる。



走り高跳び1m85cm。春の大会は5位。充実した部活を引退してから、信じ難い出来事を立て続けに経験した那知恒久。だが今はそれを半ば受け入れつつある。理解に追いつかない事を悩んでも仕方ない。そう割り切れるのも、同じ運命を背負った時任咲也と、事情を知る日隠あすかの影響が大きい。


しかして彼等は中学3年生、年末年始とはいえ高校受験に向けて勉学に……集中出来る訳もなく……


誰が言い出したか“困った時の神頼み”3人は元旦を避けて初詣に行く事にした。


待ち合わせ場所はいつものコンビニの駐車場。そこは避けなかった。恒久は、いつもどおり早めに到着、いつもと違うのは立ち位置。


手軽な護身として阿知輪から〈他人の視界に入る〉〈防犯カメラを意識する〉ようにと助言を受けた。【グリア】【シュワン】の性能は高いが、生身では【विशेषビシェシュ】どうこうの問題では無い。【विशेषビシェシュ】は基本的に隠密行動。明るみに出てはいけない。【विशेषビシェシュ】が嫌がる事、それは知られる事。人目につくというのは案外効果的な抑止力なのだ。



「あけましておめでとう!」

「あけおめ〜」

「お年玉、いくら貰った?」


何故だろう、時任咲也はブレない。


「そーゆー事聞く?テンション下がるわぁー。」「え?あーちゃん貰えなかったの?」

日隠家わがやは毎月のお小遣い以外、全部親が管理してんの!お年玉貰っても貯金されちゃうから欲しい物あっても買えないし、意味ないし。」

「えっ!マジ?貰ったお年玉使えないの?」

「マジ!最悪。」


日隠家では、日本舞踊西川流家元の祖母が、そうさせてくれない。信念と腹の座った年長者を説得出来る買い物など思春期にありはしない。


「でも貯金してくれるなら安心だね。うちは、お母さんが一緒に初売り行こうって言い出すから……」

「えー!初売り行きたぁーい!どこの?どこの?つーくんのお母さんに会いたーい!やっぱMOGO?」


日隠あすかのテンションを、時任咲也が下げて那知恒久が上げる、Xmasからのパターンに男子それぞれ別の意味で悪い予感。


「今日は無理だよ、お母さん午後から病院だし。」

「あ、そうか、ナッツンのお父さんまだ退院出来ないのか……」

「うん。でも今度、病院からリハビリ施設に移るんだ。早く仕事に戻りたいって言ってたし、開発の手伝いが出来るって張り切ってるみたい。」


恒久の父・悠作は、有明エンタープライズが業務提携している㈱Y.F creationが製作を担当する装着式アシストロボ【NEURON】のモニターとしてリハビリを受ける事になっていた。


「そっか、じゃあもう退院した様なもんだな!」

「サックン!デリカシー無さすぎ!」

「いいんだ、お父さん、本当にもぉだいぶ元気になったから。だからさ、早く初詣に行こう!」

「そうだな!早く行こう、甘酒と回転焼が待ってるぜ!」

「その前に〈おみくじ〉でしょ?」

「合格祈願じゃなかったっけ……」


模試が終わればいよいよ願書提出。模試の結果次第では志望校を変えざるを得ない。恒久は、そんな緊張感を抱えない2人を少々羨ましく思う。



➖【पागलパーガル】実験場➖


暗い雰囲気の殺風景な建物の中、それとは違う雰囲気の部屋で、マッサージチェアに沈み野菜ジュースを飲む不知火凌しらぬいりょうに、阿知輪晋也あちわしんやが新年の挨拶をすると、惚けたような顔と台詞が帰ってきた。


「そう言う時期か、だから私は苛ついていたのだな。昨日と大して変わらない今日を生きる者共が年末だ年始だと騒ぐのが滑稽でね。」

「自ら変化出来ないのが一般人です。変わり映えしない毎日の繰り返しの中、自分以外の要因に変化を求めるのは至極当然ですよ。」


「だからこそ世界は平和という退屈を嫌う……か。」

「【एकीकरणイキーカラン】が順調に進めば世界は満足するのでは?」


「満足するのは御偉方おえらがただけだろう?外交が順調でなければ折角のイニシアチブも諸外国には認証されんさ。」

「大人は面倒ですね。」

「長く生きると自分を曲げられなくなるらしい。」


不知火は立ち上がり、阿知輪を椅子に促す。


「前置が長くなってしまったな、本題に移ろう。此方での【पागलパーガル】の実験を終了する。」

「完成という事で宜しいのでしようか。」

「【पागलパーガル】そのものはとっくに完成していたさ。上が納得するデータが揃った、と云う意味だよ。」


デスクの引出しから手書きの資料を取出し阿知輪の元へ投げる不知火。


「【NEURON】への転用は頼む。」


それは国家機密【एकीकरणイキーカラン】を任せるのと同意。【NEURON】は既に装着式アシストロボとして医療機関に広く認知されており、国の認可が降りるのを心待ちにしている。


「宜しいのですか、不知火さんが直接指揮を取らなくて。」

「私は実験の後始末に忙しい。」

「ミーミルの贄ですか。」


पागलパーガル】の実験には受刑者を使った非人道的なモノが多い。その内容が明るみに出る事は許されない。


「文字どおり【पागलパーガル】完成の人柱となったのだ、ヴァルハラに連れて行ってやらねばならんだろう?私はオーディーンなのだから。」

「ミーミルも順調な様ですね。」

「そうでなければ【एकीकरणイキーカラン】を野心家に任せたりはしないさ。」

「野心など、ただ私は【एकीकरणイキーカラン】の先まで見届けたいのです。」


視線を合わせる2人に表情は無い。


「まあ好きにしろ、今更ミズガルズに興味は無い。だが余興は楽しませて貰う。ヘイムダルとフレイはブリージンガメンをロキから取り戻せるかな。」


不知火は人差し指を鼻筋に当てて、天を仰ぎロキと呼んだ阿知輪を見下ろす。


「【グリア】と【シュワン】から私が奪ったモノ……4人のドワーフが作った首飾り……」

「なんだ、もぅ忘れたのか?もう少し駒にも愛着を持たんと寝首をかかれるぞ。」


不知火がリモコンを操作すると、モニターには非人道的な実験の映像が流れる。【पागलパーガル】を搭載したアシストロボ【NEURON】全身型を装着した受刑者達は、まるで骸骨が貼り付いた様なビジュアルをしている。


पागलパーガル】とは①腹側視覚経路への視覚情報に関与し形状の認識を操作する事が可能。②痛覚を脳に送らない。


モニターに映された被験者達には、目の前の人間が、どことなく愛嬌のあるモンスターにしか見えていない。そして、痛覚の無い者同士が互いを潰し合う。本人達はVRゲームを楽しんでいる感覚でしかない。


そこへ【पागलパーガル】搭載【विशेषビシェシュ】狂気と特殊の統合。真の【एकीकरणイキーカラン】が現れるその姿は地獄の亡者を引裂く鬼。【Dritte】と呼ばれる洗脳が盗聴を主な役割としていた【ハチノスツヅリガ】を新たな姿に変えてしまった。


柚留木美香ゆるぎみかですか。」



「渡した資料には不完全な部分があるが、彼女の命の炎が完成に導いてくれるだろう。」


「使用頻度に対しての影響は柚留木で測れと?」

「大概の被験者は自我が崩壊してしまったのでね。」


「やはり【Dritte】は実用的ではないのでは?」

「実用的だよ。効率よく的確に人類を減らしてくれる。現段階で充分な成果だが、彼女の様に催眠に耐性のある者へ使用した場合、どこまで脳がもつか知っておくべきだろう?」


人類が産んだ戦争の歴史に隠された技術を掘り起こし利用する不知火に、阿知輪の表情が乱れる。


不知火は少々ほころんだ。


「私が望むヘイムダルの役目はギャラルホルンを吹く事だけだよ。世界など所詮は余興にすぎないのだから。」


「ラグナロクは近いと云うことで……」

「上が納得するデータは揃えてある、後は【NEURON】の普及率の問題さ【एकीकरणイキーカラン】の先を見届けたいのなら、各国にそのデータを信用させれば良い。」


国家機密は順調に進んでいる。不知火はその裏で、有明エンタープライズの技術【समझサマジ】と、システム開発部・千知岩孝典ちぢいわたかのりを手に入れ独自の計画を、阿知輪は国家機密の影で【グリア】【シュワン】を使い己の欲望を画策していた。



➖八代天満宮➖


時任咲也はブレない。引いたおみくじは大凶。


日隠あすかに気を使われ「ほらサックン。待ち人〈おとずれなし来る〉だって!」

那知恒久に慰められ「大凶なんて滅多に引けないし、これ以上悪い事ないんだから、かえってラッキーだよ。」


時任咲也はガックリと肩を落とした「いやいや、半吉の2人に言われてもテンション上がんないから。」


「らしくないじゃない元気だして。」


突然、時任咲也の顔を覗き込む女性に、困惑する3人。


「あれ?分からない?それともコッチの方があなたの好み?」


女性は悪戯な笑顔を浮かべ、おろした髪を高い位置で2つにしてみせる。

「あ!お前!」「柚留木さん……」「誰?」

驚く時任咲也と那知恒久、日隠あすかは混乱している。


目の前に現れたのは国家機密【एकीकरणイキーカラン】について教えてくれた柚留木美香ゆるぎみか。以前は明るく元気な印象だったが、髪を降ろし気怠い雰囲気に包まれた様相は別人。


「咲也君は私の事忘れ無いと思ってたんだ。」

「なに言ってんだお前」

「何って、私の事“可愛い”って言ってくれたじゃない。忘れたの?」


「え?なに?サックンの元彼女?」

「日隠さん逃げて!」


日隠あすかの肩を突き飛ばす恒久の目には柚留木の背中にぶら下がる金属質なバックパックが飛び込んで来ていた。


ーどうしてアレが?回収したのに。ー


अंडाアンダ】改め【कोकूनコクーン】を背負い、柚留木美香ゆるぎみかが呟く


उद्भवウッハブ



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― 新着の感想 ―
[良い点] 複雑な物語を、バトルや会話で少しずつ読み手に情報を開示していくストーリーテリングに引き込まれました。 アイデア満載の異形の能力や、各種格闘技の知識を駆使して描かれるバトルシーンはかっこよく…
[良い点] 三人の中学生らしい日常にホッとしたのも束の間、阿知輪さん達の話にゾワッとして、変わってしまった柚留木ちゃんの登場にヒエ~として。 新たな展開にドキドキしっぱなしです!
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