16話 装いも新たに
前回までのあらすじ
【एकीकरण】《QUEST》《不知火さん》を知った那知恒久に、稲葉公太巻恵市をけしかけたのは自分だと語る阿知輪晋也。【विशेष】殲滅の為とは言え、その行為に怒りを顕にする恒久を諌めたのは時任咲也。【विशेष】だけでなく《QUEST》もブッ飛ばすと真剣な顔を見せる。
二重スパイとして暗躍する阿知輪晋也
【Zuerst】【Zweite】【Dritte】
という言葉を残して柚留木美香を然るべき場所へ連れ去って行く。
赤と白と緑でコーディネートされた街に灯りが増え、カフェのBGM、ショッピングモールの中、信号待ちの車から、TVではアーティストが新曲として、日本中にクリスマスソングが流れる。
家族や恋人同士が目立つこの日、毎年、仏頂面なのは日隠あすか。家は日本舞踊の教室、家元である祖母の威厳は家庭内にも及ぶ。ケーキが駄目な訳でもプレゼントが駄目な訳でも無い。
Xmasという行事が、キリスト教徒でもない家族に縁を齎さないだけなのだが、あすかがそこに異文化を持ち込む事は、幼い日に挫かれた。
あすかが時任・恒久と一緒に居るとき解放感が堪らなく心地良いのは、家族と学校での生活では感じられない貴重な青春に他ならない。
「ねぇ!明日どこ行く?」
「週末Xmasじゃあ、どこも混んでっかんなぁ〜」
デリカシーの欠片もない時任咲也の台詞に、日隠あすかの怒りは即座に沸点へと達する。
期末テストの点数が良かったので、冬期講習前に3人で遊ぶ約束をしていた。日隠あすかにしてみれば、勉強して家族から勝ち得た大切な時間なのだ。時任咲也にとっては恒久がオマケでついてくるとはいえ、大好きな日隠あすかとXmasデート。浮かれに浮かれ色々とゆるゆるである。
気が抜けた瞬間、必ず隙が生まれる。一歩前を歩く時任咲也は犯したミスに気付いていない。
ーやばい!これ、やばいやつだ!!ー
日隠あすかの怒りに反応出来た恒久は焦り、瞬時にフォローに入る。
「日隠さんが言ってた映画は行こうよ。早めの上映時間なら、まだ席あるんじゃないかな。」
「なんだっけ?ベタな恋愛映画だよな。」
台無し。那知恒久の助け船は時任咲也を乗せ、怒りの炎より恐ろしい失意の渦へ送り込んでしまった。
「もぅ知らない!!」
「知らないって、あーちゃんが観たいって、あれ?」
時任咲也が振り向いた先には、既に2人の姿は無い。日隠は、恒久の腕を引っ張り走っていた。
デタラメに走った2人の息があがり、足が止まる。
「ごめんね、なんか急に。」
「日隠さんは悪くないよ。でも、咲也も悪気は無いからさ。」
大きく息を吸い、しっかりと“明日は3人で遊ぼうよ”そう言おうとした矢先、何がそうさせたか、目を潤ませた日隠が口を開いた。
「悪気がなかったら、何言っても良いの?」
「いや、そう言う訳じゃないけど。」
それ以上、恒久は何も言えない。
「ナッツンは優しいのにね……明日のチケットとっておくから一緒に行ってくれる?」
少し困った顔をした恒久。それを見て寂しそうな表情に変わりそうな日隠に対し、笑顔で頷く以外の選択肢は消した。
ーとりあえず日隠さんの機嫌をとらなきゃ、仲直りは無理だなー
帰り道が分からなくなった日隠あすかは、ひとまず恒久の家に寄り、明日の予定を立てる事に賛成した。
「お帰りぃ〜塾の先生なんてぇ〜」
「私立は上狙っていいかもって。」
慣れとは怖ろしいもので、玄関を開けて靴を脱ぐまでの会話に違和感は無い。しかし、日隠からすれば、玄関に手をかける前から飛んで来る声に、どうして帰ってきた事が分かったのか不思議でならない。そして追い撃ち。
「あら!お客さん?」
ーなんで分かるの?ー
恒久の母親という人は、玄関と神経が繋がっているかの様な反応をする。
驚く日隠の新鮮なリアクションが楽しくて、恒久の
いたずら心が擽られた。手招きをする恒久は人差し指を口に添え、静かにのジェスチャー。郷に入っては郷に従え、謎が頭を駆け巡る日隠は、言われるがままに恒久に肩を押され前を歩く。
「え!」「ぅわぁ!」
台所からヒョッコリ顔をだした母親と日隠が出くわす。ヘッドフォンをしている母親に驚く日隠と、目の前のまさかの女子に驚く母親。日隠の後で声を上げて笑う恒久。
「驚いた?」
「そりゃ驚くわよ。何、彼女?」
「お母さん!やめてよ、違うから。同じ塾の」
「日隠あすかです。はじめまして。お邪魔します。」
ーナッツンのお母さん若!ってか仲いいな。ー
リビングで明日の予定を決める恒久と、日隠と、ちょいちょい母親。時任が崩した機嫌はインパクト絶大な母親のお陰で見事に修復され、明日の予定は“あすかちゃん”“お母さん”と呼び合う母親と日隠のプランで埋まっていった。
不思議と“あすかちゃん”は“お母さん”に何でも話した。将来の夢、進路、恋愛、そもそも、ズケズケと何でも聞くから、というのもそうなのだが、お茶を濁す事なく、堰を切ったように話す“あすかちゃん”はいつもと違う笑顔で、それは先程までのギャップのせいとかでは無く、“お母さん”も又、いつもと違う笑顔だった。
恒久には意外だった2人の化学反応。それぞれの新たな一面を見た気がしたが、それは恒久の前に表れる必要がなかっただけの元来持ち合わせている性質で、母親と日隠は互いにそれを引き出し合う心地好い存在。
時任には悪いが居なくて良かったと思う。とてもじゃないが、聞かせられない話が多い。
母親が買い物がてら日隠を車で送ってくれる事になったので、その間に明日の予定を時任に連絡しておく。
《10:30夏休みに映画みた所で待ち合わせ》
電話をするか迷ったが、やめた。そして詳細を書いては消し、この一文に20分以上かかってしまった。
「凄いわねぇ〜夢はアメリカでチアリーダー、進路は第一か北高の英語科、好きな人はいたけど今は恋愛どころじゃないって!つーくん残念だったわね。」
「俺も、それどころじゃないから。」
日隠を車で送ってきた母親の第一声に疲れる恒久、息子を誂う母親の笑顔は、いつもの笑顔に戻っていた。
「車の中で余計な事喋ってないよね。」
「何?余計な事って。」
「いや、べつに、喋ってないならいいけど。」
「あすかちゃんみたいな可愛い子がお嫁さんに来てくれたら嬉しいって言っただけよ。」
「ほら!そーゆーの!」
ため息をつく恒久に、幸せが逃げると茶化す母親。
「なに?つーくん“あすかちゃん”の事好きなの?可愛いもんねぇ〜。」
「俺じゃないよ。」
「あぁ、そーゆー事……他人の心配してる場合?」
「どーゆー意味。」
「べ・つ・に」
母親は悪戯な笑みを浮かべ台所へ、恒久は某かの後悔を抱え部屋へ。
ー何?なんで笑ってるの?車で何話したんだ?そんな事より進路!いや、とりあえず勉強しよう。進路の話は明日帰ってからかな。ー
幹線道路を走る車中、後部座席から外を眺める姿を心配して運転席から声がかかる。
「スケジュール元に戻そうか?売り込みも大事だけど、体調管理も大事だから。」
「平気。マネージャーが辛いんだったら減らしてもいいけど。」
柚留木捕獲に失敗してから、松浦彩花は機嫌が悪い。柚留木を反乱分子と思えなかった自分、反乱分子と認めた自分、捕獲に失敗した理由、失敗について何の音沙汰も無い事、何もかも考えるのが嫌だった。考えたくないから、忙しくしたかった。そうしないと、苛立ちを抑えられず無意味に、破壊衝動に従ってしまう。
《QUEST》以外で【विशेष】の力を使ったのは、今回で2度目だった。
月刊誌とポスター等のスチールモデルが基本的な活動だったが、嫌がっていたウォーキングの練習に加え、フィッティングモデルとサロンモデルもマネージャーにはOKしていた。
最近の撮影はバレンタイン特集や春物。季節を先回りする松浦は、瞳に映り込む街の景色を滑稽に感じていた。
「ねぇ。明日ってXmasだっけ。」
「え?大丈夫ですか?明日はXmas、お休みですよ。27日に年末の挨拶回り行けば仕事納めですけど、やっぱり私ひとりで行きましょうか?」
「平気。街が賑やかだから、なんでだろって思っただけ。」
ーそっか、Xmasか、崇に電話してみよっかな。ー




