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部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ  作者: 雲居 残月
ネットスラング編4

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第68話「神崎立ち」

 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、お気楽極楽な性格の面々が集まっている。そして日々、わが身を省みない気ままな活動を続けている。

 かくいう僕も、そういった自由人の一人だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンで、ネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。


 そんな、人類の役に立たない側の面々ばかりの文芸部にも、価値のある人が一人だけいます。ダメ人間の群れに紛れ込んだ、真面目人間。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。


「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」


 間延びしたような声が聞こえて、僕は振り向いた。楓先輩は、僕の席へと歩いてきて、ちょこんと横に座る。楓先輩は、眼鏡の下の目を、えへへと細め、首を少し傾けて、三つ編みの髪をゆらした。僕はその仕草の可愛さを堪能しながら、楓先輩の顔を見下ろす。小さくて可愛らしい先輩は、きらきらとした目で、僕を見つめている。


「どうしたのですか、先輩。またネットで、分からない言葉に出会ったのですか?」

「そうなの。サカキくんは、ネットに詳しいわよね」

「ええ、カンブリア紀ぐらいから、見つめ続けています」

「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」

「何でしょうか?」


 僕は知っている。先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、納得のいくまで書き直すためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。切っ掛けは、オンラインの辞書を使用するためだった。そのついでに、ネットも垣間見た。それがいけなかった。先輩は、インターネットに大量の文字情報があることに気付いた。そして現在、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。


「神崎立ちって何?」


 うわぁぁぁぁぁぁっ! 説明の難しい単語が来てしまった。いろいろな意味で、楓先輩への説明に困難が生じる言葉だ。


 ネットで使われている、神崎立ちという言葉を説明するためには、神崎かおりという女性の人生について語らなければならない。当時女子高生グラビアアイドルだった神崎かおりさんは、秋葉原のソフマップでの撮影で、非常に写りの悪い見返り姿を披露した。……ええと、写真写りが悪かったと言うべきだよね?

 ともかく、グラビアアイドルというには、ちょっとだらしない、締まりのない体だった。そして、美少女と言うのには、少し遠慮した方がよさそうな顔立ちだった。そういった諸々を含めて、神崎かおりさんは、ネット上で伝説のグラビアアイドルになってしまったのだ。


 元々、秋葉原のソフマップでの撮影は、グラビアアイドルの写りが悪いことで有名だ。スタジオでの撮影でもなく、フォトショップによる修正もない。そんな状態で撮影された水着写真が、そのままネットに公開されるのだ。だから、クオリティーに問題があるのは仕方がない。

 そのためソフマップでは、ほとんどのグラビアアイドルの写りが悪くなる。というか、商品として問題のある姿になる。まあ、登場するグラビアアイドル自身も、超一級ではないことが多いのだけど。

 そのため、「ソフマップで美人のグラドルは本物だ」と言われる始末である。秋葉原のソフマップは、ネット民にそう言われるような、超危険なマクー空間なのだ。


 神崎かおりさんは、そのソフマップで、グラビアアイドルとしては、かなりまずい感じの写真を撮影されて有名になった。その後、プライベートブログが発掘され、なかなかハードな人生を送っていることが発覚して、ネットの住人をドン引きさせた。そして彼女はアイドルを引退して、そのまま忘れ去られるかと思われた。

 しかし、彼女は戻ってきた。ターミネーターばりに。それも、衝撃のアダルト分野で。さらに妊娠、未婚の母と、ネット民をさらなるドン引きに叩き落とすハードモード人生を展開したのだ。


 やはり、神崎立ちを説明するには、そこまで語らなければ、そのすごみは分からないだろう。生きる伝説になっている本人のことを知っているからこそ、ネットの住人は、神崎立ちという言葉に、様々な思いを交錯させるのだ。

 だが、こういった背景を、どうやって、純真可憐な楓先輩に説明するのだ。神崎さんと楓先輩は水と油である。普通に生活してれば、決して交わらない二人の人生が、僕の説明で交差することになる。僕は、その危険な役を買って出なければならないのか。

 僕は、その恐れから、楓先輩にわずかに背中を見せて、神崎立ちの状態になる。


「どうしたの、サカキくん。何か不都合があるの?」

「えっ、いや、そんなことはありませんよ。えーと、神埼立ちですね」


 楓先輩が願うのならば、僕は火の中、水の中、どこにでも立ち入って、使命を果たさなければならない。それが、無垢な乙女にはハードすぎる、神崎かおりという女性の人生を語ることになってもだ。


「楓先輩。世の中には様々な人生があります」


 僕は、両手の指を組み、沈鬱な顔つきで、机の上に肘を載せる。そのあまりにも真剣な様子に、楓先輩は、ごくりと唾を飲み込む。


「そうね。私が想像も付かないような、様々な人生がきっとあるのよね」


 僕は頷き、鋭い視線を楓先輩に向ける。その射抜くような目に、先輩は身を引き締める。


「そう。人生は千差万別なのです。壮絶な人生、波瀾万丈な人生、そして、神崎かおりさんの人生……。神崎立ちとは、数奇な運命を歩んでいる一人の女性、神崎かおりという方の立ち姿なのです」


 楓先輩は、緊張した面持ちで身を乗り出す。僕は、まるで世界崩壊の秘密を語る科学者のような表情で、楓先輩と相対する。そう。これは危険な会話なのだ。僕は、すくっと立ち上がり、楓先輩に背中を見せる。そして、わずかに振り向いて、顔を見せた。その立ち姿こそが、ネットで神埼立ちと呼ばれる、独特のポーズなのだ。


「楓先輩!」

「う、うん……」

「神埼立ちとは、このような立ち姿のことを指します!」

「その由来は、どういったものなの?」


 僕は遠い目をする。そして、嵐の夜に、邪神の秘密を語るように、過去の出来事を語りだす。


「あれは西暦二〇一〇年の秋の出来事でした。写真製版による偶像崇拝。その対象であった、当時十六歳の神崎かおり氏が、一枚の映像媒体を世に送り出したのです。その記念式典が、秋葉原のソフマップにて執りおこなわれました。その時、神崎氏が写真に撮られたポーズこそが、この立ち姿、後の世に神埼立ちと呼ばれるようになったものなのです」


 僕は、背後に雷でも背負いそうな表情で、楓先輩に告げる。先輩は、その雰囲気に圧倒されて息を呑む。

 よし。楓先輩を幻惑しているぞ。この調子で、神崎かおりさんの人生を、世にも奇妙な人生として説明して、神崎立ちの説明の困難さを突破するぞ!


「ねえ、サカキくん。その神埼さんという方は、どういった方なの?」


 よし、かかった! これで、説明を押し切る! 僕は、自分の勝利を確信しながら口を開く。


「彼女はその後、偶像崇拝の分野から姿を消します。そして、二〇一二年の春に衝撃の復活を果たすのです。愛欲的電影の分野での活動を開始するのです。その後、妊娠、出産、未婚の母と、断続的にその足跡がネットに残されました。私たちは、そういった彼女の人生の歩みを目撃してしまったのです!

 彼女は過酷な人生を、強い精神力で、たくましく歩んでいます。そして今では、神崎かおり氏は、ネット界のレジェンドの一人として認知されているのです!」


 問題のある部分はぼかし、そこはかとなく美化しながら、神崎さんのことを僕は説明する。

 楓先輩は、僕の説明に圧倒されながら、その言葉を咀嚼するような表情をする。僕は、楓先輩の様子を、固唾を呑んで見守る。


「えーと、サカキくん。難しい言い回しが多くて、ちょっと理解が困難だったから、私なりに翻訳してみるね」


 駄目です! 翻訳なんかしないでください! そんなことをすると、一人の女性のアダルトな人生が、浮き上がってきます! 僕は、心の中でそう絶叫して、必死に抵抗する。


「写真製版による偶像崇拝は、グラビアアイドルということよね?」

「……ええ。そうとも言えますね」


 グラビアは、写真製版法による凹版印刷のことである。アイドルは偶像である。僕の遠回しな表現は、楓先輩の慧眼によって紐解かれた。


「難しいのは、愛欲的電影という部分ね。電影は、稲妻のことよね。愛欲的稲妻とは、どういうことかしら?」


 楓先輩は、唇に人差し指を添えて首を傾げる。

 その姿を見て、僕は心の中でガッツポーズを取る。よし! 言葉の罠に楓先輩は引っ掛かった!


 電影には、実はもう一つの意味がある。中国で映画のことを指す。この電影という言葉は、オタクの人ならばよく知っている。「お尻と言えば桂正和」という評価で有名な桂正和の大ヒット作「電影少女」。

 この「電影少女」は、ビデオガールと読む。つまり、オタクならば、電影と見た瞬間にビデオという言葉を連想するのだ。


 しかし、楓先輩はオタクではない。だから、この言葉のトリックには気付かない。僕は自身が仕掛けた謎にほくそ笑む。勝った。これで、僕は説明を完璧に終えて、楓先輩は核心にたどり着けないという、ミステリー小説も真っ青な状況が完成した。


「問題は電影よね。この言葉の意味を、私が間違っている気がするわ」


 どきっ。せ、先輩。そういったことは、熱心に考えなくてもいいと思いますよ。


「そうだ! 辞書を引けばいいのよね。サカキくんが、せっかく文芸部っぽく、文学的な表現をしてくれたんだから、きちんと読み解かないといけないわよね」


 ノ~~~~~~~~~~! 僕は、心の中で絶叫する。悲しいことに、この部室は文芸部だ。普段見向きもされないけど、きちんと辞書は置いてある。楓先輩は、棚からその辞書を持ってきて、電影を引いた。


「中国で映画のことだって。愛欲的映画? それに一番近い言葉は何かしら?」


 楓先輩は、少し上を見ながら考える。そして、徐々に顔を赤くしていった。


「も、もしかして。アダルトなムービーとか、ビデオとか、映像のこと?」


 目を白黒させながら楓先輩は尋ねる。

 ああ。その単語を言いたくなかったから、必死にがんばったのに。僕は、心の中で涙を流しながら答える。


「そうです。伝説のグラドル神埼かおりさんは、そういった分野に進出したのです。そういったことも含めて、彼女はネットの世界では、レジェンドであり、ウォッチ対象であり、有名人なのです」


 楓先輩は、ゆでだこ状態になり、頭から湯気を上げている。そして、僕に視線を向けてつぶやいた。


「そんなことを、詳しく知っているサカキくんって、エッチ……」


 ああ。僕だけじゃなく、ネット民のかなりの人が、神崎さんを知っていますから! 僕は、そう絶叫したかった。


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