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35.

前話まとめ。

帝国へ旅立ち、南部大都市であるナグルマルへ。

 カイがマコトと別れてどうなっていたか。それはマコトが谷に落ちるその時に遡る。


 カイはマコトと共に赤眼猿の襲撃を受け、マコトが崖に落ちる直前に行った砲の乱射による混乱を利用し囲みを破り、それから幾度か追いつかれることはあったものの逃げおおせることに成功していた。友人であるマコトを喪い、その原因を作った傭兵の一団を憎くは思うが、


(傭兵や武人ではないが、これも仕方ないことか)


という思いもあり、相手もそこそこ斃していたこともあってカイは積極的に仇討を行う気は無く、多くの傷を抱えながらもアリアデュールへと帰ってきていた。簡単な護衛依頼だと出て行ったカイが、多くの傷を抱え帰ってきたことに同僚などから驚かれることになったものの、カイは街の魔術師に治癒を頼み、自らは弔いと療養にと酒を呑んで、何時もよりは暗いものの相変わらずな様子を見せていた。

 それに変化があったのは、アリアデュールにカイが戻ってより2週間ほど経った頃だろうか。カイは夜な夜なうなされるようになり、夢こそ覚えていないが、毎日のようにマコトのあの叫び声のような砲声が頭に響き目が覚める。赤眼猿の爪から入った病が潜んでおり、今になって症状を出して、カイに熱と幻聴を与えたのだが、


(これは呪いか?マコトが俺を責めているのか?)


と、カイは昼夜問わず悲鳴のような砲声が頭に響くようになり眠れぬこともあって日に日に憔悴し、


(友の仇も討たず、激墳すらせぬ俺は情が薄いのか? 友の仇を捨て置いて何が義侠の士かということか)


ついには仇討ちを決意するのである。そうしてみれば、数日で熱も幻聴も引き、己の意と友への思いが責め立てこうなっていたのだと、気が弱っていたカイは納得してしまった。ベルムドと会い話をしたのはこの頃であり、その後、カイは自らが所属する団に迷惑を掛けてはならぬと団を抜け、伝手を使って情報を集め帝国へと赴いたのである。


 仇とするのは幾つもの支団を持つ大きな傭兵団で、その名は天行王龍団という。カイ自身も耳にしたことがあるだけでなく、戦場で対したことも肩を並べたこともある傭兵団であり、質こそカイのいた団より悪いが数の多さと連携に優れた有名な傭兵団の1つであった。ただ、天行王龍団の団長は「天雷一侠」の2つ名で知られる武人で、天から降る雷のような速く鋭い剣と一侠とつくように義士としても知られ、カイは自らの遭った行状と団長の噂がそぐわぬところがあり得心がいかず、


(仇を討つにも調べねばな。間違った相手を斃しては、こうまでした意味もない)


と、帝国を巡り、酒場で幾人もの傭兵と酒を交わし、得意の軽口でもって情報を得ていったのだ。そうしてみて分かったのは、その団があまりに大きくなったことで、手足と呼べる場所まで意思が伝わっていないということであった。故に、団長が居る場所に近いところであるほどに評価は高く民からも慕われ、離れるほどに評価は下がり民に怖れられていたのである。

 とどのつまり、統制の利かぬ末端に襲われたという事か、そうカイは結論付け、たとえ頭の意思が届かぬ末端であったとしても責は頭である団長にあるだろうと、彼らが拠点とするナグルマルにて待ち受ける。大立ち回りをしたところで団長に届くわけもないと、団長のいきつけの場所を探り出し、連日のように酒を呑みながら現れるのを待っていた。帝国に何かしらあったのか、団長を含め多くは戻っておらず、かなりの日をそこで費やしていたが、冬も入ろうかというその時期にようやく団長を含め街に戻ったという話がカイの元に舞い込んできたのだ。


 天行王龍団、その団長は30にも入ったばかりの男で、カイと同じくらいの背ではあるがより筋骨逞しく太ってはいないが厚みのある体つきであり、短く刈った黒髪と長であることに相応しい精悍な顔を持った人間である。カイの待つ酒場には、その団長が2メートルを超えるだろう大男と、その大男が侍らす女性2人を連れて入ってきた。カイが酒場の端より視線を向けるなか、彼らは机について酒を呑み始める。団長の風貌はカイが聞き及んでいたが、その団長はまるで大男に仕えているかのように敬い、


(貴族でも相手に連れてきたのか・・・こんな酒場に?)


と、偉い者を相手するにも内密で話すにも向くとは思えぬこの酒場で、大男を歓待するかのような団長の様子にカイは相手に向かうかを少しばかり悩むが、


(まぁ、機会を逃す手も無いな)


と、彼らの机に酒を片手に向かい、


「おたくは、天行なんたら団の団長さまかい?」


そう言い放ち、机に腰かけた。無礼な態度であったが、団長であるだけにこういった類の事には慣れており怒ることなく、


「天行王龍団ならば、私が団長のアレイルだ。それで、何用か?下らぬ話ならば後にして欲しいものだが」


そう答えると、カイは空いた椅子へと腰を下ろし酒を一口飲んでから、


「訊きたいことがある。1年前に大森林近くの野営地でお前さんのとこの団員が問題を起こしていないか?」


と訊いた。これにアレイルは、少しばかり顎を下げ考える仕草をしていたが、彼には憶えが無い。というよりは、大きな団だけに支団が起こした悶着などが全てアレイルに報告がある訳も無く、アレイル自身も大事以外の些事をいちいち憶えてなどいない。


「知らんな。何か言いたいことでもあったか?」


アレイルはカイにそう言い、


「あぁ。落とし前をつけてほしい。あんたは義侠の者だと言うなら、俺の連れの命を救い上げるかお前の命を寄越してくれ」


カイは、そこまで言うと両手を下ろしいつでも剣が抜けるよう体を整えた。


「何を言っている?私が殺した相手の事を言うなら、それは傭兵や戦場の倣いだろう。それに命を寄越せとは何様か」


剣呑なカイの様子にも動じることなくアレイルは答える。アレイルは、カイも傭兵だと当たりをつけ、傭兵同士や武人同士の諍いを当事者を超えて恨み持ち出すなど逆恨みもいいところだとこう言ったのだが、カイからすれば癪に障る言い様であり、


「けっ!団がでかいと驕るものだな!天の字を悪に変えた方が合いそうだ!」


と貶し、団まで貶められればさすがにアレイルの顔色も変わり一触即発の空気になった。


「待たれい!悪人でないなら剣を抜く前に、双方話をするべきだ! でなくば悪人として双方成敗せねばなるまい」


そこで大喝したのは、それまで様子を見ながら女に酌をさせていた大男である。


「目の前でやりあってるのは悪いが、あんたには関係ないだろう?」


「このお方に何を・・・無礼だと思わんのか!?」


カイがそう言って大男の言うことを無視しようとすると、アレイルは声を荒げて怒りを露わにした。


「何だ?お前、傭兵団の団長ともあろう者がこのお方とか、どこのお大尽だってんだ」


「うむうむ・・・このような酒場に陛下なぞ居ようはずもない。 我はただの渡世人のシゲンという者だよ」


アレイルの言い様にカイが訝しげに話すと、それに乗って大男、シゲンも頷きながら自らの名を名乗った。


 40がらみで、アレイルよりも逞しく彫像のような筋肉を持ち、青い髪を総髪にして厳ついが愛嬌のある目を持った顔の大男。渡世人のシゲンと言ったが、知る人はすぐにでも分かってしまうとおり、帝国の皇帝シグダール・アレク・グリンガムその人である。

 帝国でも大きな傭兵団であるために皇帝のこともその行状もアレイルは知っており、付き人と共に居た皇帝を街で見かけ、酒場へと誘い来たところでカイとやりあうことになったのだ。アレイルはこの騒動に皇帝を巻き込む気など当然無かったのだが、皇帝その人が首を突っ込んできたことで頭の痛くなる思いで、付き人もそうなのか1人はため息を深くつき、もう一人はこめかみを解すように手で揉んでいた。


 だが、この介入によってアレイルもカイも水を差され、2人は少し頭も冷えたのか話をすることになった。そうしてカイの話を聞いてみれば、確かにアレイルも悪いことをしたとは気付くし、カイもアレイルの態度が代わり、自分の話すマコトに対しても慮った言葉に感じ入り、


「あんたはいい男だ!だが、落とし前はつけねばならん」


そう言い、アレイルは、


「その人の墓前で頭を下げ、それをした団員の首を落とし、団を今一度見直そう。それでどうだろうか?」


と答える。


「あぁ、惜しい。残念だが、マコトの躯はかの山脈を切り割る谷の底、墓も何もどこにも無い。弔いも、俺が酒を掲げただけだ」


カイのこの言葉に和解が敵わぬとアレイルは知り、大きくため息をつくと、


「この首、くれてやる訳にはいかぬし、やりあうことになるが・・・。その者に2人で酒を捧げてからで構わぬか?」


「あぁ、そうしよう」


と、2人で酒を酌み交わし、死したマコトへと酒を捧げて呑み干した。

 それにシゲンも目頭が熱くなり惜しい惜しいと言葉を漏らす。実のところ、マコトが生きているために茶番となってしまっているのだが、この場に居るものがそのような事を知るはずも無く、義侠の士としての振る舞いに酔っていた。付き人たちが、これだから男は駄目だと彼らを生暖かい目で見ている中、2人は決闘の場所と時間を決め、シゲンは立会人として名乗りをあげる。


 こうして2日後、多くの見物人の見守るなか、街の広場にて決闘は行われることとなる。本来ならば傭兵団の団長が決闘ともなれば団員が黙ってはいないし街の兵も動くものだが、シゲンが立会人ということによって大きな抑えとなり滞りなく準備が進められた。

 天雷一侠とも言われるアレイルは街では人気が高く、決闘ともなれば見物客からアレイルへ歓声を相手に罵声をとなるものである。だが、アレイル自身によって、何故決闘が行われるのかを良く通る大きな声で喧伝されると団の悪行からの決闘ということに皆複雑な思いでカイに同情の視線を向ける者も多く、決闘の見物客にしては静かに見ているのだった。


 カイとアレイルの2人は道服を纏い腰に剣を佩いた姿で防具の類は身に着けてはいない。そうして向かい合う2人の横にシゲンは立つと、


「双方準備は良いな?」


と聴き、2人が応と答えると、


「死か、双方が剣をひくまでが決闘だ。関係無き者を傷つけたり、決闘を貶める行為をした場合は我が成敗する! 無論、他の者が手を出せば、我が討つ! では、始め!」



シゲンの合図で双方剣を抜き構え、相手の出方を見定めようとゆっくりと動き始めた。カイは白蛇剣の構えを取り、アレイルは剛山功法の六脈剣法の構えを取った。


 しばらく動きの無い状態であったが、カイが左右にうねるような軌跡を描く歩法始めると、一気にアレイルへと寄り、左右より下から斬りかかる「双頭這蛇」の剣技で果敢に打ち掛かる。アレイルはゆっくりと後退しながらも左右より襲い来るカイの剣を打ち破ろうと卓越した剣捌きでカイの歩法を崩して「双頭這蛇」を打ち崩すが、崩れたかと思うとするすると変化し、這いよるようにカイの剣は繰り出されまた防ぐといった攻防となった。

 アレイルは門主には及ばぬかもしれないがかなりの使い手で、カイよりは腕が数段上とも言える。だが、アレイルの使う六脈剣法は36式の型から成り整然としたものに対し、24式の基本型と派生64式の型からなる変幻の剣技である白蛇剣との相性は悪い。天雷と称されるアレイルの剣はカイと比べ圧倒的に速いのだが、先手を取られ防ぐ側に回ってしまったことで白蛇剣の変化に対処せねばならず、どうしても一歩遅れてから動くことになっていた。

 こうしていても仕方なしと、服を斬られ肉も浅くは斬られながらも一歩踏み込んだアレイルによってカイも肩を斬られ、双方より血が空に舞うことになった。


(やはり相手が一手も二手も上か!)


カイは己の剣閃を見極め反撃してきたアレイルに己との腕の差を見て舌打ちをしたい思いであったが、今剣を引けば攻守は入れ替わり、そうなってしまえばアレイルの精妙かつ雷光の如き剣閃によって切り伏せられるのは確実で、カイは攻め手を休めず剣を繰り出していく。そうして剣戟は続き、絡みつくようなカイとそれを迎え撃つアレイルという図は変わることはないものの、力量の差から剣による傷をカイは徐々に増やしていった。

 遂にアレイルの剣が正面よりカイを捉え、カイは咄嗟に避けたものの肩から胸までを袈裟がけに斬られ、少なくない血が迸る。それによって動きを止めたカイに、



「もうやめぬか? 我が名も団もこうして広く知らせたことで地に落ちた・・・そして、お前が死ぬことをその者が望むとも思えぬ」


と、アレイルは言うが、カイは始めたことを収めるにも何かしら結果が無ければ収まりも悪く、今止めるなど意味も無いと手を休めず、するすると近付き剣を振う。傷を負ってなお落ちることの無い武技はカイの修錬の深さを見せるもので、アレイルにも浅手ではあるがいくらかの傷を負わせた。それによってアレイルの心も定まったか、内気を剣に込め先ほどまでより遥かに鋭い刺突をカイへと繰り出す。


 必殺の突きに観客からわっと歓声が上がり、カイはその一突きによって肺腑を突き抜かれ胸と口から大きく血を噴き気息も乱れ、ついには膝を付いてしまう。

 誰もが決着だと息を飲んだその時、大きな声を上げ決闘の場へと駆け入る影があった。決着に気を取られたことで、そういった手合いを止める役であるシゲンも止めるのが遅れ、アレイルへと振られた錘の一撃は咄嗟に剣で受けたアレイルを大きく横へと跳ね飛ばし、その者はアレイルとカイの間でその槍を構えカイを護るかのように立ち塞がった。その横には誰も気づかぬうちに増えていた小柄な2人、リルミルたちが立ち周囲を警戒する。


 そう、槍を持ちカイを護る者こそ、ナグルマルへと入り情報をと動いたところでカイの決闘騒ぎを聞き、駆け付けたマコトであった。

お読みいただき有り難うございます。


男臭い話でした・・・。カイのことは、この辺りの話が来るまでに外伝的に書こうかとも思ってたんですが、手が間に合わず軽くまとめることに。

ということでカイさんようやく登場となりました。


今回は主役不在な話でしたが、次話は今日の夜か明日の朝くらいには。きっとマコトの出番が多い・・・はず。

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