14.
前話まとめ。
マコト、カイと共に依頼を達成する。
「くっ・・・ひひ・・・ははっ・・・腹が・・・」
ツボにはまったのか、ベルムドは机に突っ伏して体を震わせて笑い続ける。
マコトたちが帰り、いつもの会合を行ったのだが、旅や依頼の顛末を聞き、それがカイが酔ったままにマコトの部屋で寝るという話に及ぶと、ベルムドはさも楽しそうに笑い出し、今も机に伏して笑っているのだった。カイはその辺りはぼかすつもりであったのだが、カイの話が終わろうかという時にマコトが、
「カイ、私ノ部屋・・・寝た」
と、ぽつりと呟き、それを耳聡く聞きつけたベルムドは、細かく話を聞き出すと、
「くくっ・・・村の娘に大層もてた割に、寝るときはマコトのような小さな子のところとは・・・やはりそうなのか」
そう言って笑い出したのだった。からかっているのが分かるだけに、言い返せば良い肴にしかならぬとカイは無言で酒を煽り、マコトはマイペースにぼやっとしながら酒を呑んでいたのだった。
季節は秋も過ぎ、冬になろうとしていた。アリアデュールの人々も装いを冬のものへと変え、外套をまとう者も増えてくる。この頃になると、魔物や獣の被害は少なくなり、それに伴って冒険者や狩人のする仕事も少なくなる。それに代わり、人々は冬を前に故郷へ帰る者や冬に備える村々への行商などの小さいまとまりとなるような動きは増え、護衛業を行う傭兵たちは稼ぎ時であった。
マコトは冬に依頼を請けなくても質素に暮らせばどうにかなるだけの蓄えを得ており、カイは戦争で疲弊した傭兵団の活動は春以降になる。そういった2人に対し、ベルムドは一つの依頼をしたのである。
「護衛?」
マコトがそう聞くと、
「あぁ。冬前に故郷に帰らねばならなくなってな」
と、ベルムドは言う。はじめは隊商にでもついていくかと思っていたらしいのだが、友人たちと行く方が楽しいだろうと依頼を振ってきたのである。
「帰郷ってことは、こっちには戻らんのか?」
意外そうにカイがそう言うと、ベルムドは苦笑しながら、
「いや、春前には戻るだろう。恩師が冬を越せぬらしくてな・・・孝行してやろうかとね」
と言ったのだった。カイはばつが悪そうな顔になったが、ベルムドは気にするなと笑う。それから旅の行程や準備について3人で決め、その日は解散となった。マコトはといえば、ベルムドが居なくなるのに気落ちしたものの、それが一時であると知り、帰郷の理由が理由だけに不謹慎だと思いつつも内心喜んでいたのだった。
旅の行き先となるのは、ベルムドたちエルフが多く住む大森林である。アリアデュールより北西に行き、アル・フレイ商国の国境を護る砦を抜け、さらに北西へ進んだ先にあり、その森林は獣人とエルフの部族によって作られた一つの連合国家によって支配された場所となっている。
3人は10日で準備を終え、馬車を使ってアリアデュールを後にした。マコトとカイは、アリアデュールに戻って2週間とせずにまた出かけることになったのだが、先の依頼で怪我もせずそう疲れるものでもなかったために特に問題も無く出立できたのである。
馬車での旅は、マコトにとっては初めてであり新鮮なもので、最初の2日ほどは馬車の揺れやそこから見える風景を楽しんでいた。だが、多少の揺れを抑える機能こそ備わってはいるものの、木の車輪では揺れは強く硬い木の床と合わさり、3日目にはへばり始めていた。
5日目になると、マコトは地面についていても揺れているような気分で、ぐったりと食欲まで減っていたのである。それを見たカイは、マコトに酒瓶を投げると、
「こういう時は酒を呑め。よく効くし、体も温まる」
そう言われたマコトは酒を呑むが、当たり前だが前より酷くぐったりとして、馬車の床に寝そべることとなった。
「むぅ・・・俺ならこれで良くなったんだが・・・船酔いとは違ったか?」
カイは訝しげに御者台から中を覗くが、ベルムドがマコトの頭を膝に乗せ、ゆっくりと頭を撫でてやっている。
「頭まで酒で詰まっている者とは違うだろうよ・・・なぁ、マコト」
「うぅ・・・」
ベルムドが、ゆっくりと頭を撫で介抱してやっており、マコトはしばらくの間小さく呻いていたが、酒がまわったのかそのまま寝入ってしまった。
「寝たか」
そうカイは言い、護衛とは言えぬような有様にため息をつく。護衛を含め、色々と初めてであるからやむなしかとも思ってはいるのだが、とてもではないが戦闘を行うことも出来そうにないマコトの状態が続くのは、少人数の旅では負担であり、そろそろ慣れてほしいとも思っていたのである。
ベルムドはさして気にしたようでもなく、マコトを膝に乗せたまま片手で器用に本を開いて読んでいる。たしかにマコトは護衛としては微妙ではあったが、もともと街に籠ってばかりのベルムドにとってはこういったことも楽しく、気の重くなるような故郷への帰参も気が紛れて良かったのである。
そうして、旅も10日を過ぎようかという頃になると、マコトも馬車に慣れ始めアル・フレイ商国の国境を護る砦に着くころには、カイに習い御者の真似事までし始めていた。
砦は、アル・フレイ商国の西にある丘陵地帯に作られており、北と南を大きな山脈によって塞がれているこの場所は、大陸西部へと抜ける唯一の場所である。それだけに大きな砦を有しており、厚みと高さのある2重の外壁によって囲われ、外部に多くの突起を持つ星形要塞である。
その外縁部の突起の一つが街道と重なり、堀との合間を橋で繋いで検問を行っている。マコトはその威容を誇る砦の姿に、どれだけ厳しい検問かと身構えていたのだが、アリアデュールの街とさして変わらず冒険者証の提示と個人認証を行う魔道具のチェックくらいで、後はざっと馬車の中を見回され、検問は終わったのだった。
「あれ・・・?」
そんなマコトの呟きをベルムドは聞きつけ、マコトが検問の緩さについて尋ねると、
「身分証と認証もあるし、出るだけだからね。商人のように荷物があるならもう少し検査もあるんだろうな」
と、教え、馬車の幌の隙間から森のあるであろう西を見つめる。マコトもつられてそちらを見て、豊かであろう森を想像する。未だその姿は見えない森だが、もう旅は終わりも近く4日もすれば森の入口へと辿り着くという。
(寂しいが、冬が明ければまた会えるだろう)
マコトはそう思いながらベルムドを見るが、彼女に向けて何か言うこともなかった。ベルムドがどういった思いで帰るのかは知らないが、故郷へ帰るということが悪い事とは思っておらず、その思いを邪魔するような事は言いたくなかったからである。
そうして、大森林と呼ばれる森林が現れ、森林の端を添うように走る街道を進む。大森林と呼ばれているだけあって、森は大きく木々も年月を経て太く大きなものが外縁部でも見受けられ、その森の深さを感じさせた。そうした森を横目に野営地を2回ほど使うと、ようやく街道から森へと入る道が増えて三叉路となった。
「着いたか。少し森に入ったら停めてくれ」
そうベルムドは言うと、カイは三叉路から森に入り馬車を停める。停めるとすぐに槍を手にした獣人たちが馬車を囲み、
「これより先は、クルール森林連盟の領域だ。何用でここに来た?」
と大声でこちらに聞いてきたのだった。獣人たちはいずれも屈強な肉体を体毛で包み、その上に鎧を纏う狼の頭をした者たちであり、素早く、そして整然と動く様は部隊としての精強さを窺わせるものである。
マコトは相手の威嚇に思わず槍に手が伸びたが、ベルムドが軽く制すると、
「エルフのベルムド・ツァルダだ。里に戻るためにここへ来た」
低い通る声で返事すると、一人馬車より降りたのだった。獣人たちはベルムドを確認すると、頷き合い、
「エルフの同胞を連れ帰り感謝する!これより先は我らが責任を持って里へと帰そう」
そう言ってベルムドの身を護るように隊列を組んだのだった。
「分かった。ベルムドは俺の友人だ、しっかりと届けてくれよ」
カイは獣人に言い、依頼に関する書類にサインを貰うと、馬車をゆっくりと回して森の外へ向い、三叉路を折れずにそこで停まった。そこでベルムドが左足を僅かに引きずりながら獣人たちとゆっくり森の奥に消えていくのを、マコトは無言で馬車の中から見送ったのだった。
ベルムドが見えなくなっても森を見ていたマコトにカイは、進むぞ、と告げて三叉路を来た道へと折れ、帰路へついたのだった。
ベルムドと別れてから3日、大森林から丘陵へと差し掛かろうという場所で、カイとマコトは設置されている野営地へと入り、夜を明かすこととなった。野営地にはすでに数組が野営をしており、2人はその端に馬車を停めると、少し離れた場所でカイは火を起こし、マコトは馬車から飼料を下ろすと馬に水と餌を与える。
「ありがトう」
マコトは、火の前でカイから干し肉と豆の入ったスープを受け取り、ゆっくりと食べ始める。そうして、カイが酒を呑み始めた時に、こちらに2人の男が近づいてきたのである。2人の男はマコトたちとは離れた場所で野営をしていた傭兵団の者たちのようで、酒を切らした2人がマコトたちに酒を売ってくれと近づいてきたのである。まともそうな輩ならば、共に飲んでも良いというカイではあったが、まともに名乗りもせず、横柄に腰を下ろし酒を欲しがる2人に舌打ちをし、
「マコト、一瓶持ってきてやれ。お前ら、一瓶だけなら売ってやるからさっさと戻れ!」
と言い、マコトが小さく
「うん」
と帰して馬車へと向かう。その声と体躯の小ささに女と見たか、
「何だ女連れか。酌でもしてもらいたいもんだな!」
と男の1人がいい、それに合いの手をもう一人がいれると下品にゲラゲラと笑い出す。マコトが戻りカイへ酒瓶を渡すと、カイはマコトへ近づこうとする2人を制し、
「面倒な奴らめ。これをやるから仲間と飲んでいろ!」
不快さを隠さず、相手に酒瓶を投げる。
「つまらんつまらん!どうせ女も大したことが無いのだろう!」
「そうだな!どうせ酒も不味かろうが、仕方なしに呑んでやろう!」
耳につく嫌な笑い声を上げながら、男たちはそう言い捨てて2人の前を去って行った。カイはもう一度舌打ちをすると、酒が不味くなると言いながら酒瓶を煽る。
マコトはといえば、
(ああいったらしい奴らもいるんだなぁ)
と、アリアデュールでは見かけることの少ない、下品で粗野な者たちを見て、呑気にそう考えていたのだった。
実際、アリアデュールは冒険者と傭兵のギルド本拠地であるために、野蛮な行いをする者たちはえらく少ない。実力者の多くは人をまとめるだけの理性があるし、冒険者のような個人であっても、野卑な行いが死に繋がり信用を失わせることくらい分かっている。そういった者たちが目を光らせるアリアデュールと、それを抱えるアル・フレイ商国では、野卑な者たちは生き難く外へ出て行ってしまうのだった。それだけに、アリアデュールから離れるほどに、アル・フレイから離れるほどに、そのような者たちは増えるのである。
カイは、あのような心根の卑しい者たちを嫌うが、同時にああいった者たちがいかにやっかいかを知っており、今回のやりとりでもう手出しをしてくることはないだろうと思ってはいたが、
(何も無ければよいが・・・)
と、気を揉んでいたのである。
その予感は外れることなく、夜も更けようかという時に問題は起きたのであった。
お読みいただき有難うございます。




